鳥が飛んでいる。青空の下を。どこまでも続く空の下を。
駆けるように飛んでいる。羽ばたいている。一羽か、それとも群れかは分からない。
どこまでも澄んだ青空の下を滑るように飛んでいる。舞うかのように。遊ぶかのように。
小さな雀も大きな鷲も。青空は等しく抱擁する。雄大な青空の元には誰が向かうのだろう。
大地の嘆きも悲しみも、気にすることなく、気に留めることもなく、ただ青空は抱擁を広げるのみ。
白雲の鎖を、雨の黒雲も何もかも、青空の抱擁を止めることはできないのだからーー
ーー鳥を見るたびに、彼女は思いを馳せる。あの鳥はどこへ向かうのだろうか。
昔のイカロスのように、太陽に焼かれて終うのか。それとも、青空のその先へ向かって行くのだろうか。
その答えは、誰も知ることはないーー。
夏が過ぎ、秋が深まる頃。その時は訪れる。寒くなるがゆえにやってくる。
半袖の季節から、長袖の季節へと。移ろうがゆえにやってくる。
衣替えの時がやってくる。衣類の入れ替えの時がやってくる。
薄手の生地から、厚手の生地へ。防寒を重視したものへと。
毛布の時がやってくる。秋が深まり、冬の始まり。それを象徴するかのように。
生命の眠りゆく季節に備えて、温もりを保つ。
寒さから身を守るために、厚着をする。
冬の時を目覚めている者にとって、それは必要なこと
。冬の寒さを乗り切るために。春の暖かさを夢見ながら。
衣を替えてゆく。寒さの日々を快適に過ごすために。
彼女は泣いていた。友人が彼女に寄り添っている。慰めるために。
彼女は泣き止まない。恋が破れたショックは大きいから。
声が枯れるまで彼女は泣き続ける。涙の湖を作り出すかのように。
彼女の願いは叶わなかった。ずっと彼の側にいられると思っていた。
友人たちと三人で。それなのに彼は去っていった。
彼女の元から。友人の元から。一方的に別れを告げて。行方をくらませた。
ネットでの繋がりは厚くなことが難しい時代に。
彼女は涙を流し切った。頬には涙の痕が残っている。友人は彼女のことを慰めてくれた。病弱の身なれど。
声が枯れるまで泣き喚いた後は、目の前のことに目を向けることができる。
今度は自分が友人の身を助け、支える番だーー。
始まりはいつも決まっている。隠れ家に籠もってから、ランプを点ける。
そしてノートを開き、物語を綴るのだ。ただただ適当に書き散らすように。
お題の有無は問わず。ただ自由に思うがままに書き散らす。
金木犀の香りが満ちる中で。薄暗いランプが照らす中で。
今宵はどんな物語を書き走り描くのか。その筆は何も知らない。
書いている本人にすら分からない。知ろうとしないのか、それすら未知。
昔の曲のパロディーをショートストーリーにするのかしないのか。
架空の殺人犯罪の独白をするのかしないのか。
何らかの叫びを書き紡ぐのかもしれない。
それは誰も知らない詩。名も無き歌。まだ産まれていない声。最後の旋律。
しかし、始まりはいつも決まっている。隠れ家で産まれてくることはーー。
とあるアパートの一室で男女がゲームをしている。テレビゲームで、どうやらレースゲームをしているようだ。
彼がプレイする黒い車を追いかけるように、彼女がプレイする白い車が追走する。
ギリギリのすれ違い。ゴールまでは後少し。僅かな差で勝敗は予想できない。
追い抜きの連鎖。直線のダンスのよう。白熱していく二人。
ゴールが見えてきた。差は彼女がプレイする白い車が先んじている。このままでは彼女の勝利だ。
ふと、彼の脳裏に一つの作戦が思いつく。卑怯な手段。それは現実の彼女の脇腹をくすぐること。
そうすれば、追い抜かされている差は逆転できる。しかし、それはできない。
そうすれば彼女からの仕返しが待っているに違いないから。絶対にやるだろうという確信が彼にはあった。
結果として、彼女がプレイする白い車がゴールした。喜ぶ彼女とほっとする彼。
どうしてほっとしているのかと聞くと、脇腹をくすぐろうとしていたことを話す。彼は正直者なのだ。
話を聞いた彼女は理由を聞いて納得する。もし、脇腹をくすぐられたら必ず仕返しをすると自分でも思っていたからだ。
そうしなかった彼を見て、彼女は彼の頭を撫でる。恥ずかしそうに笑う彼。
結果としては彼は負けたが、それでもいいと思った。ご機嫌な彼女を得ることができたのだから。
損して得取れとは、こう言うことかもしれないと彼はそう考えるのだったーー。