始まりはいつも決まっている。隠れ家に籠もってから、ランプを点ける。
そしてノートを開き、物語を綴るのだ。ただただ適当に書き散らすように。
お題の有無は問わず。ただ自由に思うがままに書き散らす。
金木犀の香りが満ちる中で。薄暗いランプが照らす中で。
今宵はどんな物語を書き走り描くのか。その筆は何も知らない。
書いている本人にすら分からない。知ろうとしないのか、それすら未知。
昔の曲のパロディーをショートストーリーにするのかしないのか。
架空の殺人犯罪の独白をするのかしないのか。
何らかの叫びを書き紡ぐのかもしれない。
それは誰も知らない詩。名も無き歌。まだ産まれていない声。最後の旋律。
しかし、始まりはいつも決まっている。隠れ家で産まれてくることはーー。
とあるアパートの一室で男女がゲームをしている。テレビゲームで、どうやらレースゲームをしているようだ。
彼がプレイする黒い車を追いかけるように、彼女がプレイする白い車が追走する。
ギリギリのすれ違い。ゴールまでは後少し。僅かな差で勝敗は予想できない。
追い抜きの連鎖。直線のダンスのよう。白熱していく二人。
ゴールが見えてきた。差は彼女がプレイする白い車が先んじている。このままでは彼女の勝利だ。
ふと、彼の脳裏に一つの作戦が思いつく。卑怯な手段。それは現実の彼女の脇腹をくすぐること。
そうすれば、追い抜かされている差は逆転できる。しかし、それはできない。
そうすれば彼女からの仕返しが待っているに違いないから。絶対にやるだろうという確信が彼にはあった。
結果として、彼女がプレイする白い車がゴールした。喜ぶ彼女とほっとする彼。
どうしてほっとしているのかと聞くと、脇腹をくすぐろうとしていたことを話す。彼は正直者なのだ。
話を聞いた彼女は理由を聞いて納得する。もし、脇腹をくすぐられたら必ず仕返しをすると自分でも思っていたからだ。
そうしなかった彼を見て、彼女は彼の頭を撫でる。恥ずかしそうに笑う彼。
結果としては彼は負けたが、それでもいいと思った。ご機嫌な彼女を得ることができたのだから。
損して得取れとは、こう言うことかもしれないと彼はそう考えるのだったーー。
秋晴れの空の下でしたいことは、コスモスの花を探すことだろう。
純潔や愛情を意味する赤いコスモスを中心にした花束を造りたいから。
黄色とチョコレート色のを数輪ほど差し込んで。
その意味が分かるかな。分からなくてもいい。
2色のコスモスの花の色が表す花言葉。それは幼い恋心と恋の終わり。
恋の病を終えれば愛になる。だから、恋の終わりを意味するチョコレート色。
幼い恋心を終えたら、大人の愛の時間になるのかもしれない。
もう一つ。チョコレート色のコスモスの花言葉は移り変わらぬ気持ちだそうだ。
赤とチョコレート色の2輪の花を貴方に差し出すのは、私が貴方に抱く愛は移り変わることが無いと言うこと。
その2色のコスモスの花を貴方に捧げよう。私の愛の気持ちを込めてーー。
忘れたい。なのに、脳裏にこびり付いて、剥がれない。
かつての場所で言われてきた陰口。言われのないもの。
ふとした瞬間に思い出す。思い出される。トリガーは忌まわしくも不明と来ている。
しかも、言ってきた本人たちはそのことを忘れている。嫉妬に狂いそうになる。
忘れられるなら忘れたいのに。それができないのに。できる者はできに者のことを知ろうとしない。欠落した盲人の配慮は慰めにもならない。
嗚呼、だがしかし、私は知っている。彼らの末路を。
彼らの望んでいた未来は、私がいること前提で構築されていた。
だが、私は彼らの元から去っていった。前提が崩壊したのだ。私の不在が彼らの望んでいた未来を狂わせた。
私は聞いた。私の不在がもたらした影響と連なる者たちを。
私は見た。連なる者たちの集まりに参加することで。
私の不在影響はデータとして遺されている。調べた者は認めざるを得ない状況に置かれた。
彼らの望みは叶うのか。それは、私は知らないし、どうでもいい。
ただ、今の私に分かるのは、彼らは転職することはできない。冷めゆくぬるま湯に浸り続けるしかできなくなったと言うことだけ。
忘れたいのに忘れられない。そうさせた者たちを遠くから嘲笑うだけだーー。
彼女の朝は窓から入るやわらかな光が射し込み始めてから始まる。
時計を見て、身支度をし出勤する。休みの日はいつもより長く寝ている。
そんな日常がこれからも続く。そのはずだった。
病魔の蔦が彼女を蝕んでいた。気づかずに。しかし、確かに。
異変が生じ、病院で診察された。その結果、精神の病であるうつ病であることが分かった。
いつもの日常の急変。それでも日差しはやわらかな光を放っている。
今の彼女の日常は薬を飲むことから始まる。やわらかな光が射し込むなかで。
彼女の日常が変わったとしても、日常の日差しは変わらない。ただ、やわらかな光のまま。
人は変わりゆくもの。自然は変わらないもの。ただ、それだけなのだからーー。