レモンティー

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6/4/2024, 2:51:24 PM

「ねぇ、狭いのって嫌じゃない?」
上京したての僕のワンルームにあがりこんだ君が言う。
「案外、広すぎるより落ち着くものだよ」
強がって言ってみたけれど、やっぱり手狭に感じてしまうのは事実で。もっと広い部屋なら、君に「一緒に住まない?」と勇気もだせただろうにって思うよ。いや、広くても言わないか……うん。

「極端な話さ……、棺桶より全然広いじゃん?」
「えーー?よりにもよってそれと比べるのー?湿っぽくてやぁーよ」
冗談っぽく聞こえてくれたみたいで良かった。
僕は別方向に勇気の舵を切って、これから…何日後だろう。君と些細な言い争いをたくさん、わざと繰り返して嫌われようと思うよ。
心配しないで、僕は君を心から酷く言うことは無いよ。
全部僕自身に浴びせたい言葉ばかりを、君に言ってしまうと思うから。君は真に受けないで。

「キッチンも狭すぎて、正直ご飯作る気になれないからさ、外食しよう?」
「んー、どこ行く?」
スマホで周辺の飲食店を調べ出す君の横顔を、あと何度見られるんだろう。もう緩和ケアぐらいしか残されていない僕の病状は、君には伝えない。君にはちゃんと僕を嫌いになってもらって、別の人と付き合って、幸せになって欲しい。僕と付き合っていた時間が抜け落ちるように忘れて欲しいんだ。

3/13/2024, 2:09:33 PM

ずっと隣で、それでいて遠くに感じる鈴の音があった。
それは決まってまぶたを閉じている時に聴こえてくる。
10年前からずっとのことなのに、恐怖は感じない。
むしろ聴けば穏やかになれる。

それはきっと、いつか自分の膝元ほどの近さになるまで続くのだろう。じわりじわりと近づいてくる、そんな予感がする。

死神でないなら、なんでもよかった。

でも、ちょっと酷だとも思う。
10年も前に亡くした愛猫がお迎えに来るだなんて、考えもしない。

もし、私のこの愚かな考えが正しいと証明されるのなら、私はきっと向こうに行っても愛猫とともにあるんだろう。

あの目つきの悪いサビ猫が、私を迎えに来る。
なんて私は幸せ者なんだろうか。
怖がるはずの死を楽しみに待てるだなんて、なんて幸せなんだろうか。