森の奥に住む画家は“ギフト”を持っている。
自然の力を借りて色──絵の具を作り出すのだ。雪解け水の白銀、樹木から得た琥珀、黒い薔薇から絞る深紅。ある令嬢が遺した首飾りの紺瑠璃。
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宗教画や華やかな貴族たちを主題とし、緻密な計算の上で描くのが主流の中、彼女はただ一人それに逆らった。
自然の猛威と生命の躍動、そこに生きる人々のありのままの生活。 頭に負った傷が原因で、作風が変わったと本人は言う。しかし、迷いのない豪快な筆遣いは色褪せなかった。
先で述べた紺瑠璃を使った絵画『ネモフィラが散る夜に』は若くして亡くなった令嬢自らが頼み込んだことに由来する。淡い恋は無惨に散らされ、残ったのは深い悲しみと恨み。
流した涙が花を染め、雨に変わった時には──。
いつしか彼女の絵は、彼女自身や画風、その在り方から圧政に対する反抗の象徴となってしまった。これを危惧した権力者たちによって多くの絵画が焼却処分されたが……。
以下、パーヴェル・イグルノフの手記からの引用である。
『燃え盛る炎の中に絵画が投げ込まれた。貴重な文化的財産が灰と煙に還る中で、彼女の絵だけは傷一つ付かなかった。炎は術者でも制御できず、皆が恐れる中、夜が明けるまで広場を照らしていた』
生家との確執や他国からの身柄引き渡し要求など様々な圧力に晒されてきた。しかし、彼女の夫セントヴァリス公ヴォルドの庇護、ブレヴォリス大公国の牽制もあり、彼女は圧力に妨げられることなく最期まで活動できた。
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『レーギュルスの大号令』
ツェスカ王国の建国記念日である11月17日、歴史上最大の流星群が観測された。夜空から絶え間なく降る星に人々は恐れ慄き、その門戸を固く閉ざした。事実、セントヴァリスの広場には激しい轟音と地響きを伴って隕石が落ちた。
しかし、その翌日、彼女はまだ熱を持つ隕石に刃を入れ、それを砕いて絵の具にしたのだ。当時において用意できる最大のキャンパスに書き込まれた流星群。
加工の手順を記したメモ、題名を決める際の夫との手紙、絵の具を含めた道具も寄贈されており、描く彼女の背中が鮮明に思い浮かぶのではないだろうか。
当時の街の空気をそのまま切り取った、と言わしめるほどの迫力に貴方達も息を呑むだろう。
『白狼の画家 エディア・アルヴィン』
お題
星のかけら
耳の奥 ちりんちりんと 涼やかに
甘やかな声 この身は手毬に
君の声が今も頭から離れなくて
声聞くたびに手毬のように転がされてしまう
お題
Ring Ring……/「り」
短歌に訳を追加
鏑矢は頬を掠めて敵を貫く
見知らぬ御方背中合わせで
『反撃の狼煙』
お題
追い風
※短歌アプリ57577にも掲載済み
「寒いね」
マフラーに埋もれながらそう嘆く君。既に指先は冷え切っていて、感覚が麻痺しているのではないかと心配になる。けれど、君は自由で。こんな寒い中でアイスに釣られてしまっていた。
「今日も頑張って生き抜いたから」
たっぷりのクリームもいいが、ほろ苦いカラメルも悪くない。引き換えにカイロと金を握らせた。
夜風に首を狙われながら、今日も俺達はアイスを味わっている。
「甘美なる誘惑」
お題
君と一緒に
おぎゃあ、おぎゃあ。
とある城の一室。十月十日を経て、待ち望んだ産声が響き渡った。
その数日後の話。
ロランスはその腕の中に我が子を抱いていた。
自分と同じ黒織の髪、夫とよく似た青紫の瞳。均等に取り込まれた特徴に、不思議な気分になる。
母に会わせてあげられなかったのが残念で仕方がない。若くして夫を失い、王家に翻弄され、後ろ盾が無い中で奮闘していた姿が目に浮かぶ。
祖国の戦乱が収まる頃には、母はもう長くなかった。それでも、私が嫁ぐまでは気丈に振る舞っていた。
「貴女たちに降り注ぐ厄災は、全て持っていくわ……母として、それくらいしかできないけれど」
急激な体の変化、思うように動けない苛立ちと痛み。母が腹を撫でてくれたその日からそれらは和らぎ始めた、けれど。
「ありがとう……そして、幸せになるのよ」
きゃっきゃと無邪気に笑っている。
この子は私と同じ道を辿るのだろうか?
それとも……違う道を歩むのだろうか?
「陛下」
「調子はどうかな?ロジェは随分とご機嫌のようだが」
為政者とは違う、父としての家庭の顔をしている。ロジェも父に会えたことで、より嬉しそうに声を上げる。
「無理する必要はない。やるべきことはあるだろうが、この子と触れ合う時間を何よりも大切にしてくれ」
「……もちろん」
「そうだ、昼御飯を持ってきた。私がロジェをあやすから、ゆっくり食べるといい」
裾野に広がる街。市井の人々は新年を祝う催し物で賑わいを見せている。その根底にあるのは変わりない平和な日常。
「ん、おいしい……」
しかし、いつもと味付けが違う。先程、厨房が騒がしたがったが……陛下の仕業だろう。
「陛下!見つけましたぞ!まだお話は終わっていませんよ!」
家族が一人増え、城内もひときわ賑やかになった。大陸にはまだ燻る戦火があり、いつか再び燃え上がるだろう。
「待って、その、ほら、ロランスの穏やかな顔に免じて許して」
「何を仰って……申し訳ありません。食べ終わり次第向かわせます」
「そんな!」
今はただ、勝ち得た平穏を享受するだけだ。
『穏やかな昼下がり』
お題
幸せとは