おぎゃあ、おぎゃあ。
とある城の一室。十月十日を経て、待ち望んだ産声が響き渡った。
その数日後の話。
ロランスはその腕の中に我が子を抱いていた。
自分と同じ黒織の髪、夫とよく似た青紫の瞳。均等に取り込まれた特徴に、不思議な気分になる。
母に会わせてあげられなかったのが残念で仕方がない。若くして夫を失い、王家に翻弄され、後ろ盾が無い中で奮闘していた姿が目に浮かぶ。
祖国の戦乱が収まる頃には、母はもう長くなかった。それでも、私が嫁ぐまでは気丈に振る舞っていた。
「貴女たちに降り注ぐ厄災は、全て持っていくわ……母として、それくらいしかできないけれど」
急激な体の変化、思うように動けない苛立ちと痛み。母が腹を撫でてくれたその日からそれらは和らぎ始めた、けれど。
「ありがとう……そして、幸せになるのよ」
きゃっきゃと無邪気に笑っている。
この子は私と同じ道を辿るのだろうか?
それとも……違う道を歩むのだろうか?
「陛下」
「調子はどうかな?ロジェは随分とご機嫌のようだが」
為政者とは違う、父としての家庭の顔をしている。ロジェも父に会えたことで、より嬉しそうに声を上げる。
「無理する必要はない。やるべきことはあるだろうが、この子と触れ合う時間を何よりも大切にしてくれ」
「……もちろん」
「そうだ、昼御飯を持ってきた。私がロジェをあやすから、ゆっくり食べるといい」
裾野に広がる街。市井の人々は新年を祝う催し物で賑わいを見せている。その根底にあるのは変わりない平和な日常。
「ん、おいしい……」
しかし、いつもと味付けが違う。先程、厨房が騒がしたがったが……陛下の仕業だろう。
「陛下!見つけましたぞ!まだお話は終わっていませんよ!」
家族が一人増え、城内もひときわ賑やかになった。大陸にはまだ燻る戦火があり、いつか再び燃え上がるだろう。
「待って、その、ほら、ロランスの穏やかな顔に免じて許して」
「何を仰って……申し訳ありません。食べ終わり次第向かわせます」
「そんな!」
今はただ、勝ち得た平穏を享受するだけだ。
『穏やかな昼下がり』
お題
幸せとは
1/5/2025, 4:58:41 AM