神社の裏手にある寂れた鳥居の向こう側。そこに私の傘がある。黒い傘だ。蝙蝠傘と呼ばれる傘だ。昨日ひどい土砂降りだったから、いつものお気に入りの傘ではなく、こっちの無骨なやつを持っていったのだ。果たしてその選択は大当たり。お気に入りを使えなかった私の気分はともかくとして、大きくて無骨な傘は私と私の荷物をまとめて、無事濡らさずに送り届けた。ここでは新調したばかりの革靴のことは考えないようにする。
しかしそんな無骨な蝙蝠傘は、今や鳥居の向こう側。そして、昨日の私はずぶ濡れで、家路を辿ったわけだった。昨日の朝に降り出した滝のような大雨は未明にかけて降り続き、帰路に傘の共はなく。朝にはあれだけ死守したワイシャツも、ネクタイも、全部全部が濡れ鼠。髪のセットは諦めていたが、なにもここまで徹底的に洗い流さずともよかろうにと天に唾を吐きたくなった。どうせ土砂降りに返されるからやめたけれども。我ながら賢明だった。何にせよ今日は晴れたのだ。ものの見事に日本晴れ。であればもういい。濡れ鼠も幸にして、風邪を引かずに済んだのだから。
神社の裏手にある寂れた鳥居の向こう側。青い空によく映える、赤色の。その足元に、私の傘が転がっている。
私は石段を駆け上がって、少し弾んだ息のまま、昨日の雨粒を残して湿った石畳に膝をついた。にいにい、にいにい、小さな声が、蝙蝠傘から漏れている。
ああ、全く参ったことだった。私の部屋はペット禁止。とはいえこの小さいのを見捨ててゆくことは、私にはできやしなかった。
かくして私は誰にも言えないふわふわでちびっこい二匹の秘密を抱えて、雨上がりの帰路を辿るのだ。ひとまず駆け込んだ動物病院の待合室で、不動産屋に電話をかけたのは言うまでもない。
「誰にも言えない秘密」
立ち上がって大股で三歩くと壁に触れられる。普通の歩幅だと六歩くらい。触れた壁に背を預けてずるずると身体をずり落とし、床にぺたりと座り込んだ。真正面の窓からは夜の空と街灯のあかり。月は見えない。
電気を消した部屋の中は薄暗いけれど、何がどこにあるか、全てを知っているから別にそれでも良かった。だってほんの数歩で全てに触れられるのだから。なぜなら、ここは私の、私だけのお城で、私だけの宝箱なのだ。
「狭い部屋」