「快晴」
今日は飼い犬の一周忌
__ポロが死んだ、という連絡を受けたのは大学生活に慣れ始めた頃で、はじめはただの夢だと思っていた。いや、思いたかったのだ。日に日に弱っていく姿に目を当てられなくて、それと私の大学入学と入寮が重なったのもあって逃げるように家から出て行った。
現実は非情なもので実家に帰った時には変わり果てた姿での再会となり、暫く立ち直れなかったものだ。
でも、今は大丈夫。心の霧は晴れたから。手向けの花を片手にポチの墓へと足を向けた。
「遠くの空へ」
何ら変わりのない紅に染まる通学路で、昔からの親友サヨリが重々しく口を開いた。
「ユウちゃん、私引っ越すことになったの」
「引っ越し?どこに?」
「海外だよ。お父さんの仕事の都合でそうなったみたい」
その話はあまりにも突然なもので、ただの冗談なのでは無いかと思ってしまうけれど彼女の表情がそれを否定している。ずっと隣にいるのが当たり前だと思っていたばっかりに、気持ちの整理がつかない。でも2度と会えないわけじゃない。連絡を取り合う手段はいくらでもあるし、いざとなれば会いに行くこともできる。この雄大に広がる同じ空の下にいるのだから。
「誰よりもずっと」
__ミラ本社
雲を貫いてはるか上空にあるこの建物は、手を伸ばせば星の一つくらい掴めそうだと思えるほど、ここは天から近い。
「ここに来るのは、久しぶりね」
あの時の事件以来近寄ってすらいないかつての仕事場に懐かしさを感じるのと同時に、辛い記憶も鮮明に思い出してしまう。中々研究テーマが決まらず、生きる意味を見失っていたあの頃だけど皆んなで過ごす日々はとても充実したもので、刺激的であった。あの時、たまたま別地で仕事をしていた料理人は助かったけれど、その人以外は2人のインポスターを除いて全滅。その引き金は、私の上司であり、恋愛感情を抱いていた、鈴のような声で話す女性だった。
“インポスターを撃ち抜くクルーを産み出す”
という研究テーマの元、薬の制作に打ち込み続けて数十年の時が経った。まだ誰も研究したことのない、未開の研究分野ということもあって毎日が試行錯誤の日々ではあるけど、少しでもいい結果が出るのはとても喜ばしいことだ。今まではインポスター達にされるがままであったが、これからは違う。
テラスへ出ると、ひどく冷たい夜風が吹き込んでいた。あの事件が起こるまでは、料理人のあの言葉の意味が理解できなかった。でも今なら….
「貴女ともっと生きたかった」
ベリル、誰よりもずっと愛しているわ