自分の眼球に、貴方が映っているのすら信じられない。流石、モデルだ。男性的な身体付きであり、所作はガサツでありつつも、淑やかさが滲み出ている。
「ちょっといいですか?」
「ん?どうした?」
断りも入れず、髪に触れる。
「ゴミが付いてましたよ」
嘘だけど。事前に手にしていた毛玉を見せる。
「ありがとな!」
パチリと瞬きした後、眩しい程に感謝を伝えようとする表情に、目が釘付けになりつつも視線を逸らしたくなる。そんな顔を向けられていい人間なのかと、自問しながら。
さらさらな感触が手から離れない。指先を見つめながら考えても考えても、答えは出なかった。
「美しい」〜答えなんてとっくに〜
目に入るもの全てが。うすく、あわく、色づいていく。瞬きをする度に、めいども、さいども、高くなっていくのを全身で感じた。
遠い空が光に染まって。しょっぱい海の匂いが鼻をつんと擽る。目を瞑れば、潮の満ち引きが聞こえる。少し肌寒いくらいの涼しい風が肌を撫で、時々緊張で汗をかいた脇には半袖の隙間から侵入する。第一ボタンを開けたシャツの首元にはいつも着けたネックレス。からっとしていて冷たい空気に冷やされて、胸元が寂しい気がしたが、そんなものは直ぐに消えていった。
夜明けが、来る。
何度も見た夜明け。そんなに気に留めてもいなかったけど。偶に、途轍もなく恋しくなって、探し回った。
いつかは来ると理性では分かっていても、なんとなくだけど。自分だけは永遠に夜が明けなくて、暗闇に取り残されて一人、居なくなる気がしたりして。そんな絶望かも願望かも分からないまま淡々と光り輝くナニカを眺めていたた。
そんな、太陽。真正面から浴びたら焼き殺されてしまうくらいに強烈な。掴めそうで、掴んでいるようで空を切っていた腕を、やっと掴めた。
今日は、いつもとは何もかもが違う。無抵抗に、それが世界の摂理であるように、真っ黒に染まっていた自分は、それに触れてやっと白くなれた。気がした、だけかもだけどね。真っ白に、とはいかなくても。今日、今この瞬間が一番、限りなく白に近づけたのは分かった。
首輪も、足枷も、後ろに突きつけられていたものも取り払って今此処に居る。それだけで充分だった。
「もうそろそろ、夜が明けますね」
これ以上ないくらいに幸せで、苦しそうで、泣きそうで…。
近づいて、触れてしまったせいで多少、濁ってしまったかも知れないけど。
手を取ると、優しく、力強く握り返されて。いつも通りに歩く。薄明の中、境界線へと。
太陽は、嫌いだから。
「空に溶ける」〜Dawn cancel〜