聞き覚えのある歌が娘の口から聞こえてきた
「かなり昔の曲じゃない?」
そう娘に聞いてみた
「うん、最近また流行ってるんだよ。サビの歌詞がいいんだよね〜」
と娘は答えてまた歌い出す。
さっきからサビの部分を何度も繰り返して歌っている。
ずっと聞いていると確か、そんな会話を自分が学生の時にしたような…と急に思い出した。
授業が終わったあとの講義室で、親友とイヤホンを分け合って聞いた。親友が「このサビがいいの‼︎」とリズムに乗りながら教えてくれた。そんな情景が再び思い出された。
娘も友達とそんな会話をしてるのかもしれない。
そう思ったらなんだか心が温かくなって、私は親友にランチのお誘いラインを送ってみたりした。
あなたが出張でいない時
1人でご飯を食べて、ゆっくりお風呂に入って寝る支度をする。そして、もう寝るだけになった時、あなたが置いていった上着を羽織ってみる。
もちろんあなたが家にいて、抱きしめてくれる時の安心感とドキドキは比べようがないほど幸せを感じる。
でも、安心感と少しの寂しさはこれでしか感じることができない。
お仕事を頑張っているあなたへ
汚したり、シワになったりすることがないようにするから、この時だけは許してね。
いつもと同じアイシャドウで、違う塗り方をしてみた。
少しいつもより派手な気がする。
でも誰も気づかない、気づくはずもない。
それでも私だけが昨日の私と違うことを知っている。
いつもと同じように仕事に行って、残業して、帰ってくる。なんにも変わらない日常だけど、今日の私は昨日より倍以上可愛い気がする。
時間をかけて化粧をした後、入学式以来のスーツに手を通す。
鏡の前でくるっと回っておかしくないか確認をする。
今日は大学の卒業式。でも卒業するのは私ではない、ずっと片思いしてた二つ上の先輩だ。
私は式典の手伝いを頼まれて特別に参加することができる。先輩の最後の姿を見ることができる。
嬉しいはずなのに鏡に映った私の顔はちっとも嬉しそうではなかった。
何か行動しなければ後悔する。この恋をキッパリ終わらせて次に進めるようにする。そう自分にも友人にも誓った。それでも何かできる気も、次に進める気もしなかった。
どうして2年はやく生まれなかったのか。
どうしてせめてあと一年はやく生まれなかったのか。
去年からそう思わない日はなかった。
高校生に比べれば2年の違いなんてすぐに埋められると思っていた。でも近くにいられても、2年同じ大学にいられても2年の差は埋められなかった。
今日、先輩が卒業したら彼はもっと先に行ってしまう
どんなに追いかけてもきっと届かないくらいまで行ってしまう。
後悔してもいい、結ばれなくていい
お願いだから…
今日だけは、今日だけでいいから待ってほしい
ただ君だけ
大学生の時、片思いしていた人と偶然居酒屋で出会った。
サークルの先輩だったけど、2年の差は思っていた以上に大きくて、あの頃は遠くから見ることしかできなかった。だから先輩が私の名前を覚えているはずもなかったが、朧げな記憶からなんとか見つけ出してくれて無難な話してくれたのはとても嬉しかった。
2人ともお酒が入っているからかすんなりと話は進んで行って、いつのまにか出掛ける予定が成り立っていた。
酔っていたこともあり、夢と現実がよく分からなくなって当日まで信じられなかったが、家まで車で来てくれた時に流石に現実だと認識した。
その日は特に何事もなく終わって、でも取り止めのない話もお互いに楽しかったから次の予定も決まった。
3回目の時、流石に何かあるかなぁ、あってほしいなぁと思いながらおしゃれなバーで待ち合わせをした。
扉を開けて先輩を見つけた時、何か思っていたのとは違う空気を感じた。明らかに先輩の表情は暗く、なぜか少し悲しそうだった。
どうしていいのか分からず、つい大学の時の癖で
「お疲れ様です」
と声をかけた。
すると先輩は少しだけ微笑み、
「おつかれ」
と返してくれた。
違和感を感じつつも私は席について近況報告を始めた。
先輩に言葉を発させたら何か崩れるような気がしたから、意地でも喋り続けた。
でも2週間前にも会って話したばかりだからそこまで言うこともなく、1人語りは途切れてしまった。
なんとかして次の話題を…と言葉を絞り出そうとした時、先輩は重い口を開けた。
「海外…海外に転勤になった」
そう言った先輩は私の方を見ずにただグラスだけを見つめていた。
私は海外への転勤は今後の出世、キャリアアップに繋がると居酒屋で再会した時に言っていたのを思い出した。
本来ならば先輩にとって喜ぶべきことなのに、たった2ヶ月でこんなにも悲しそうな話に変わってしまうのかと思うと同時に、そうさせてしまったのは私のせいなのかもしれないと嬉しいはずの悲しい予想が出てきてしまっていた。
大学生の時から好きだった、憧れてた、もう二度と会えないと思っていた先輩。
そんな先輩ともしかしたらの未来を描いてしまった私の罰かもしれない。そう思ったら私の返す言葉は一つしか見当たらなかった。
「…そうですか。寂しくなりますけど、頑張ってくださいね。応援してます!」
我ながら酷すぎる答えだったと思う。こんな誰も救われない言葉があっていいものかとも思った。でもこれが私にできる最大の先輩への愛情表現だった。
私の言葉を聞いた先輩は少し止まったあと
「そうか…。ありがとう」
とまた私に微笑み返した。
私が見たかった先輩の顔はこんな悲しい顔じゃない。私を見て幸せそうに笑う先輩を見たかった。
そんな叶いもしない願いにそっと蓋を閉じて、私はバーを後にした。いつもは送ってくれる先輩も、この日だけはその優しさを見せてはくれなかった。むしろ送らない選択は優しさだったのだと思う。
そして私は先輩の卒業式に封印した恋心を、2ヶ月だけ開いて、また閉じてしまった。
おそらくもう開くことは二度とない。
そもそもこんなに苦しくなるくらいなら開けなければよかった。
でも、叶わないと分かっていても先輩だけを見つめていた私が存在していたことだけは、私は認めてあげたいと思う。