【飛べ】
穏やかに静かに流れる清流に足を濡らして揺らして、川の流れに任せる足をずっと見ている
「もう…嫌だ」「もう………嫌だ」
呟いた声が川に落ちる落ちる……落ちる
私はずっと水面を見ている
「あっ…魚」
足の間を魚が通った
私は思わず立った
ここでは無いどこかへ行きたかった
魚の行く方へ魚の行く方へ
川の中にある石から石へ
飛べ飛べッ!私
魚を追いかけて
飛べ飛べッ!行けるところまで行けるところまで!
いつの間にかポロポロ涙を溢しながら
もうそこには居ない魚を追いかけていた
私は川の真ん中にある石に立ち
右手の拳をオデコに当てて泣いた
両手で顔を覆ってしゃがんで泣いた
ワンピースの裾が濡れている
どんどん濡れちゃえばいい
全部濡れちゃえばいい
そんな日があったっていいじゃない
自分でもどうしてこんな事しているのか
分からない日があったっていいんだ
【Special day】
階段を降りていつものように冷蔵庫から冷たい水を取り出し、キッチンの真後ろにあるダイニングテーブルの椅子に座って日差しが降り注ぐ日曜のリビングを理沙はぼんやり眺めながら
水を一口飲んだ
そこにサテンの表は黒色、裏は赤色の膝まであるマントと子供の頃買ってもらった先端は星で肘まである金色のステッキを持って祖母と母と叔母が真顔で
父はマントだけでステッキは無くちょっと間抜けなような顔で
ダイニングテーブルを挟んで現れた
私は顔と声にならない口元だけで「何?」と言った
寝起きの頭では夢と判別し難いほどの
殆ど夢であろう気持ちで見た
祖母が「理沙ちゃん、おはよう 17才のお誕生日おめでとう」やっと理沙は理解した
理沙の誕生日の為に朝から楽しませてくれようとしているのだ、突拍子もない家族なので理沙は「おはよう」とニンマリと笑って返事をし
水をもう一口飲んだ
祖母は「理沙ちゃんにお話があるの
これはね、17才になったら伝える習わしが家にあってね」と話し出す
劇でも始まるのかと理沙は身の置きどころに困ってるような父の姿を見てニヤニヤしていた
家族で自分を喜ばせてくれるのは心から嬉しい
劇は続く
「理沙ちゃんも何となく家って変だなぁ、と思った事は何度かあるでしょ?」
そんな事は何度かどころか慣れすぎているので
軽く肘をついてうんうんと頷いた
「それなら良かった」と祖母は満面の笑みを浮かべた
その間、母、叔母、父は誰も話さずに私を見ていた
「理沙ちゃん…理沙ちゃんは魔法使いの国の経理課の家系に産まれたの
そんなお買い物は落とせません、とかいう
そういうお仕事」
劇にしては凝った内容になった
魔法使いの国の経理の家系とは……
単に魔法使いじゃないんかいと心の中で笑った
「理沙ちゃん、ここまで大丈夫?」と祖母は
私に尋ねる
私は右手でOKと作った
「理沙ちゃんはこの家系を継いでいく使命があるの、だからパパの様に理解のある男性と結婚してね」と祖母は父を見て微笑んだ
父は照れくさそうに笑った
「パパは血が繋がっていない人間だから
マントは着けられてもステッキは持てないの」
『これはいつまで続くんだ?』と心の中で思っていた『そろそろ終わりか?』と思った瞬間
祖父が少しの煙と共にプレゼントを抱えて現れた
私は立ち上がった、祖父の登場だけはどうやって身につけたのか知りたかった
「え〜お祖父ちゃん凄〜い…」とパチパチと拍手した
それから祖母は薬草入の大福を作るのが恒例だと言って、祖母、母、叔母と私は
大福作りに取り掛かった
祖父と父はリビングのソファで談笑している
薬草と言ってもヨモギだ
私達はヨモギ餅を作る
私はこっそりと母に
このサプライズは祖母の提案かと尋ねた
母は「理沙これ覚えてる?」とおでこに両手の人差し指で小さくクロスした
私は「覚えてるどころか集中したい時やってるよ〜」と跳ねるような声で言うと
「それが初めて理沙に教えた魔法界の誓いなのよ」と母は涼しい顔で言った
Special day過ぎる17才の朝だった
【揺れる木陰】
小学生の頃の通学路に友達と下校の
丁度分かれ道の所に大きなどんぐりの木があった
小学生の私達には巨木であるその木は
夏になると濃い緑の葉をざわざわとざわわと
大きく揺らした
木が手を伸ばして揺れているように感じた
その木の下に立っても木漏れ日も通さないほど
葉が生い茂っている
一本でジャングルの怖さみたいな存在で
1人でその木の下に立ちたくなかった
あれから引っ越しして
大人になってその木を見に行った
写真に撮りたかった
「あれ?あんなに小さく葉はスカスカだった?」
小学生の頃に思っていた巨木は全く印象を変えていた
私が大人になっただけじゃなく
あの頃は巨木の全盛期だったのかな?
私は懐かしく会うつもりだった友人が
昔の面影が薄すぎてまるで別人という感情で
その木と私と青空で写真を撮った
【真昼の夢】
いつからだろう
この追われるような怯える感覚は…
怯えてるんじゃなく感覚が微かにするだけ
微かに匂い立った風に揺れる洗濯物と青空
こんな平和な日常に心穏やかにいられなくするのは【真昼の夢】と言う名の非現実空想
ちょっとバイトの入れ過ぎで現実と非現実の境があやふや………そんな事はありはしない
現実の私はシッカリと風邪薬を一瓶開けたと答えられる
どうしても飛びたいのに飛べなくなった私には
真昼の夢なんて可愛らしいは無くて
次にやって来るのはクスリの副作用によるものです
【二人だけの】
二人だけの時間をください
アナタの時間を私にください
写真の角をつなぎ合わせるような
ささやかな人生を送りたいの