いつも自分よりも他人を優先する君は
とても強いです。
いつも優しい君が他人の我慢を肩代わりしていることを僕は知っています。
怒りや不満を溜め込んで、どれだけ疲れていても。
自分自身よりも他人の手を取る君のことを僕は知っています。
君は「大丈夫」と言うけれど。
本当は辛くて、逃げ出したいと思っていること。
僕だけは知っています。
この世界では真面目さや優しさは、不利に働いてしまうから。
君が他人に尽くすことを狡く使う人もいるものだから、僕は君の代わりに怒ります。
自分が優しく出来ないからと、君を「偽善者」と言った人もいましたよね。
その日ばかりは君は「悔しい」と大粒の涙を流していたのを覚えています。
「人を恨み生き続けるなんて、いけないことなのかな」と
そんな日ですら、君は自分を犠牲にしました。
酷いことを言われた人を嫌ってもいい。
もう話したくないし、会いたくもない。
連絡を絶ってしまってもいい。
恨んだっていい。
君を大切にしない人間のことなんか、君の人生の時間を使って思わないでください。
少しでも君が君らしくいられる時間を僕は守りたいと思っています。
「大好きな君へ」
2024年のひな祭りに頭に浮かんだのは。
花より団子というけれど真っ先にイメージしたのは三色団子と桜餅だった。
子供の頃に実家に八段飾りが飾られたのは、ほんの数回だったのだろうけれど、祖母が買ってくれた雛人形の姿は三十年経った今も鮮明に覚えているのだが。
ここ数年は激務に追われ、仕事のことばかり考えているせいか。春の風物詩や行事の大切さなど、二の次だった。ストレスの溜まっているのせいか、食べ物馬鹿になっている。
今日はたまたま休日であり、久しぶりに庭先に出た。疲れて家事をするのも怠すぎるのに、今日は何故か外に出たくなった。こんな天気のいい日に、外に出ないのはもったいない気がして。
裏庭にある遅咲きの梅が咲いているのは知っていたが、花を見る余裕も無くなっていたことに気がつく。
花満開である。時々風に吹かれ、花弁を散らしながらも一生懸命に春を告げる姿は久しぶりに心が癒やされた。何処かの誰かが「花を見て何も思わなくなったら、疲れている」と言っていたけれど。その言葉どおりならば、私はまだ自分の思うほど心は荒んでいなかったし、疲れていなかったようだ。
疲れているのは身体の方で、PMSと仕事での疲労から体力を消耗していたんだろう。
それに、先週急逝してしまった友人の葬儀に出たことで心に余裕がなかったのもあった。
人生何が起きるかわからない。
長寿大国と云えどちゃんと80、90まで生き抜くことが出来ることの有難み。
当たり前が当たり前ではなくなる事もある。
毎日仕事行くのが嫌だと思う日常も突然無くなることもある。
寒さに耐え力強くかつ、控えめに咲く梅の花に勇気をもらい。私も生きることをもっと頑張って大切にしようと思う日になった。