生まれ育った国も、地位も、家族も何もかも失って。私は唯一の従者と街へ来た。
優しい人だなんて言うけれど、私から見れば彼女はひどく残酷な人だ。
昼と離ればなれにされたこの世界で同じ夜生まれの彼女が傍にいることだけが安心出来て、不安になる。
君に喰い殺される夢を見た。
私の言葉に彼は凍りついたように固まった。その拍子に彼が齧っていた林檎は手から滑り落ちるように落下した。そんなに衝撃的だったのだろうか。
未だに凍りついたまま動かない彼の代わりに林檎を拾い上げる。林檎は四分の三ぐらい残っていて、破棄するのは勿体無く思ってしまう。まぁ、川で洗えば良いか。
私が彼の名を呼ぼうと口を開こうとすると、彼は正面から僕に抱きついてきた。抱きついたままぎゅうぎゅうと力を入れてくるからお腹回りが痛い。
「喰わないぞ」
どこか拗ねたような姿は見た目相応の子どものようだ。頭に狼の耳が生えていなければ。
「喰わないからな」
念を押すようにそう言えば、彼は私から林檎を奪い取った。背中を向けた彼は話は終わりだと言わんばかりに距離が離れていく。
君に喰い殺される夢を見た。
そのギラギラと獣のような瞳を正面から向けられて、喰い殺されるのも悪くないと思ったと言えば彼はどんな顔をするのだろう。
もしも、過去に戻れたら、俺はおまえに会わない世界を選びたい。
「でも、きっとおまえのことだから何度過去に遡っても俺に向かって手を伸ばしてくるんだろうな」
彼がどういう意図でそんな話をしてくるのか僕には分からない。ただ、息を吐くのも苦しそうな顔をして、自身を嘲るように笑っている。
「僕は✕✕✕に出逢えて良かったよ」
心からの本心だった。それに、彼は僕が手を伸ばしてくると言っているけれど、手を伸ばしてくれたのは彼のほうだ。
なんの説明もなく異世界に落とされ、女じゃないという理由で国を追い出された僕を掬い上げてくれたのは彼のほうだ。