skymaple

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1/9/2024, 3:41:35 AM


身体が受け付けなくなっても
わたしは紅い液体をのむ

失われたものが なにか
わかりきっては いないけれど
わたしは紅い液体をのむ

階段をひとつ
踏み外したような空気が
わたしの脳を襲っても
わたしは紅い液体をのむ

しあわせだった
わらいあっていた
なにものもおそれていなかったころのわたし

刻まれた血潮をたどるように
海原からグラス一杯のワインを探す波は
すぐに見失い
わたしを除け者にする

そうだとしても

わたしはなぜ紅い流体をのむのか

波に漂うボトルメイルは
割れることなく
一度大航海をして

わたしの血潮にたどり着くだろうか

わたしはそれを願い
紅い流体となる



『紅い流体』

11/14/2023, 4:20:50 AM

 八月十四日。

 今年もベランダに、死にかけの蝉がやってきた。
 二〇秒。高く高く身じろぎもせずに、コンクリートのベランダに、はいつくばるようにして、高らかに鳴き、そして動きを停めた。

 猫が、命が尽きるのを見届けるかのように窓ぎわで息を潜め、その距離十センチ、鼻先には厚く、室外機でさらに熱くなったガラスの向こうには、暑い外気。

 ここは七階なぜここへ?
 土へ落ちればいいものを。
 緑に紛れればいいものを。

 なぜここへ。
 わたしになにをしてほしいのか。

 動きを停めてから、完全に命が尽きるまで、一日はかかるのだ。
 埋めてあげようと手を伸ばすと、決まってこのセミは、最後の力を振り絞って暴れる。
 かわいそうで、ただ、完全に命が尽きるのを、わたしは猫とともに、ベランダの内側でひっそりと、息を潜めて待つのだ。

 猫はまだ見ている。ぴくりとも動かない。ぴくりとも鳴かない。瞬きもせず、厚いガラスの向こうの、茶色い塊を見つめている。

 その蝉は、左の翅が破れていた。
 ここへたどり着くまでに、どこかにぶつかったのか。
 思いは遂げたのか。
 ただ生まれ、地上にあがり、そして鳴き、そして死ぬ。
 ひと夏というにはあまりに短いその鳴き声は、蝉は命を謳歌できたのか。

 尽きる直前までの高らかな歌は、煩いほどに猫の髭をはりつめさせた。
 ベランダに死に場所を求めているとは思えない。
 わたしに何か伝えたいことがあるのだ。そう思うことにしている。

 埋めるのはあした。

 満足したのか。
 最期まで鳴けたのか。

 猫はまだ蝉を見ている。
 二度と動かない蝉を、今はいたわるようにして、寄り添う。

 蝉はわたしに寄り添い、明日、土に埋める仕事を与えた。

 ひと夏の感謝。
 来年もきっと会おう。
 わたしはそう伝えることにしている。

                   --ベランダの蝉

11/13/2023, 12:22:21 AM

のんだの のんでないの?
5秒まえのわたし
あたまがかゆくてむいしきに
こりこり掻いてしまうみたいに
なかみがいたくてむいしきに
ぽりぽり飲んでしまう薬

びょうきをしてから あたまがうっすらぼやけていて
なにしてたかよくわすれるけど
あれしたいこれしたいいつできるかなって
あたまがいっぱいがんばっているから
心ころころ転がって
ここにあらず

ふたつぶの痛み止めは
にかいも飲んだらふーらふら
ごみぶくろをのぞきこみ
のんだの のんでないの?
10秒まえのわたし

二階にとことこ走るねこ
追いかけていっしょにねそべって
きづいたらくすりはおきざりで

めがさめたら目の前で
きみのくるくる澄んだ瞳が
わたしをのぞき込んでいた

濁ったきもちも少しだけ
とことこ晴れてくそんな午後。

じかんがぐすり
ねこぐすり


                 --くすりのじかん

11/12/2023, 7:30:43 AM

あたし翼をなくしたの

そう言ってぼくに背中を見せたきみは、

きれいな肩甲骨には自由自在にへこむくぼみがあって

ぼくはきみをずっと裏返して見ていたくなる。

園芸用のスコップには、

小さな苗を小さな鉢植えに寄せるための

それは小さなスコップがあって、

それがぴったりな大きさだ、

なんてことを考えながらぼくはきく。

なくした翼はどうしたの?

さあ、なにしろいたくて、いっぱい血が出たから、

いたみをふさぐことに、あたし夢中になったから、

消えたつばさがどこへ行ったかなんて、

ぜんぜん覚えてないんだもの。

柔らかいはだに、爪を立てたい気持ちに蓋をして、

口を開いて、心を探る

傷なんか一筋だって、ついてない。

見えないの?

見えないよ。

変ね。でもまあ、いっか。

翼がもげた傷なんて、じぶんにはみえるわけはないんだから、

きみはきっと嘘をついている。

でも絶対そうだとも、いいきれなくてぼくは、

肩甲骨のくぼみに指を3本はわして、

痛かったねときみを抱く。


--DIMPLE on the BACK.