「ねえグルーシャさん、これ見てくださいよ〜」
怪訝そうにわたしを見るグルーシャさんに気付かない振りをして、丁度手に持っていた雑誌の記事を大きく見せる。
「何これ? 新アトラクション? これどこなの?」
「イッシュ地方にあるライモンシティの遊園地ですよー! ほら観覧車が有名な」
「ああ。で?」
「相変わらず冷たいですね、この新しいコースター、凄く人気なんですって! ドキドキハラハラ!それにスリル満点! 行きたいなぁ」
パルデアにはイッシュ地方のような大型遊戯施設はあまりなく、だからこそ余計にガラルのシュートシティやシンオウのコトブキシティのように発展していてライモンシティのような煌びやかな街にわたしは強い憧れを持っている。いつか行ってみたいなぁ。
「何言ってるの、イッシュならあんた行けそうじゃん。ブルーベリー学園に近いし」
「そうなんですけど! 留学中ってなかなか遊びに行けたりとか出来ないじゃないですか」
「まあ、確かに」
ブルレクであったりリーグ部であったり、何だかんだとやる事が多くて留学中はイッシュ地方を回れず仕舞い。それがかなりの心残りだ。
「第一ぼくは無理だよ。有給が取れない。それに絶叫モノは好きじゃない」
検討の余地もなく一蹴されガッカリ感が全身を覆い、(無理な我儘だとは分かってはいるが)発散出来ないモヤモヤをグルーシャさんに当ててみる。簡単に言えば単なる八つ当たり。
「えー! ちょっとは考えてくださいよ!愛が足りない!絶対零度トリックの名が廃りますよ!」
「バカ言うなよ、訳分かんないし。 ……まあコースターは無理だけど、スリルは味合わせてあげられるよ。着いておいで」
そう手を差し出され、迷いなく掴む。このナッペ山にそんな、ドキドキハラハラなスリル満点な場所あったかなぁ。
「どう? ドキドキハラハラしたでしょ? ナッペ山名物、アルクジラ滑り」
「ちょっと!可笑しいですよこれ! アルクジラ滑りなのに何でわたしだけグルーシャさんのハルクジラ滑りなんですか! スリル通り越して最早恐怖ですよ!」
わたしの全身雪まみれを見てグルーシャさんは楽しそうに良い笑う。いかんせん全く腑に落ちない。確かにアルクジラより大きなハルクジラにしがみついて雪道を滑るのはなかなかスリルがあって楽しかったけれど。
「もうー! こんな筈じゃなかったのにー! 面白かったですけど!」
「楽しかったんならいいじゃん。 でもハルクジラ滑りは今回きりね」
そうハルクジラをモンスターボールに戻しながら話す。確かにハルクジラが勢いよく滑れば周りの木々も、それこそパワーの問題で雪が全部雪崩てしまっちゃうかもだし。危ないよね。
「はーい。……でもやっぱり遊園地にも行きたいなぁ」
やっぱり諦めきれず恨みがましくグルーシャさんを見る。だってグルーシャさんとそんなデート出来たら絶対楽しいし憧れる。
「まだ言ってるよ……。 じゃあ、新婚旅行で連れてってあげるから。それでいい?」
「わかりま…… え! ちょっ! いましっ、新婚……!? ええ!」
一瞬流しかけたがさらりとグルーシャさんは飄々とそれを話しながら去っていく、そんな未来の約束。
「だから、早く大人になってよ。 待ってるから」
「!」
ハルクジラ滑りより、話題のコースターより。一番グルーシャさんの言葉がドキドキハラハラのスリル満点だった気がする。言葉を噛み締め呆ける事しか出来ないわたしは相変わらず雪まみれな冷たい現実を受け入れる。
pkmn sv [スリル]
「もう一度、やらないんですか。スノボ」
ジムの倉庫の整理中、それを手伝ってくれているアオイから発せられた一言。急になんなんだ? と思ったがアオイの目の前にはぼくが昔使っていたスノーボードが鎮座してあったのに気付く。そういえば、アオイには掻い摘んでしか話した事がなかった、と今更気付く。
「もうやらないよ。まあたまに足の調子のいい時があればやるかもだけど」
それもこの山だけだけどね、と付け足すと不足そうな顔。
「どうしてですか? ほら、ブルーベリー学園の、ポーラエリア! あそこでも出来ますよ」
念押ししてやらせようとしてくるアオイに苦笑い。スノーボーダーの夢を潰えてからあえて見ないようにしていた。向きあうと成し得なかった夢の残骸が突き刺さって動けなくなるから。全てはぼく自信の弱さ。
「わたし、何だかんだで見た事ないんですよね。グルーシャさんが滑ってるところ」
ボードに触れながらアオイは淋しそうにそう語る。その姿に一瞬息を飲む。
「……昔の動画とか、探せばいくらでもあるだろ」
「いや。それはそうなんですけど」
煮え切らない態度、言いたい事があるならはっきり言えば良いのに、と少し語気を強めてそれを伝える。
「何? はっきり言えば」
「その、グルーシャさんの知らない所で、勝手に昔を探るのは良くないなって……。でも、グルーシャさんが空を舞う姿は一度見てみたいと……。古傷に触れてしまったらすみません」
「……」
そう言って頭を下げるアオイに言葉を無くす。そんなの、気にしなければ良いのに。けれどそうぼくを気遣ってくれるアオイの優しさが心に染み渡る。
「……翼を無くしたから、昔のようにもう舞えないけど、」
「え」
ボードに近付き、今度はぼくがそれに触れる。何よりも大事だったぼくの宝物。今も色褪せていないのに忘れようとしていたぼくの弱さ。
「あんたが……応援してくれるなら、また頑張れるかも」
「も……! もちろんです! 何ならわたしが一番のファンになって熱苦しいくらいの応援をします! 絶対!」
あまりにも熱く強い瞳でそれを告げるものだから。思わずもう一度空を舞える気がしてつられて笑う。
夢に溢れたあんたを見ると、無くした翼の代わりをもう一度見つけられそうな気がするんだ。新しい夢と破れた代わりの希望を。だから、もう一度。
「最近全然滑れていないから、上手く出来ないかもだけど、見る?」
「……! はい!」
pkmn sv 飛べない翼