新しい名前

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3/20/2024, 10:38:59 AM

あ、これ夢だな。


と、母に名前を呼ばれ、笑いかけられて気付いた。
辺りを見渡す。

自分の絵が飾られている展覧会。ついさっきまで
居心地の良かったこの空間が、作り物だと気付き、
脳の奥が急激に冷めて行くのを感じる。


自然と口角が下がる。気分は最悪。正面を見た。
偽物の母がこちらを心配している。偽物の母が。

母の笑顔なんてここ最近見ていない。
いや、違う。しばらく、母を見ていない。

直近の母との会話は半年前。
電話口から聞こえる母の泣き声と怒声。
大きな声に耳が痛かった。

目の前のこちらを窺う女に目を凝らす。
あの時から、母は私を名前で呼ばなくなった。

だから夢。


今日私がするべきことは、安いスーツを着て、
黒い髪を結い、薄っぺらい化粧をして、履歴書を
送った会社に足を運ぶことだ。


現実とは程遠いこの空間。ハリボテだと
分かってはいても、手放したくはなかった。


部屋の角が明るい。それに抗う術を、
今までも、これからも、私は持っていない。



ああ、嫌だな。
もうすぐ、夢が終わる。




/夢が醒める前に

3/19/2024, 11:07:46 AM

犬と人間のハーフ。科学技術が進歩したこの世界で、
種族の違う生き物同士のハーフは珍しいものじゃない。

最も、犬の母と、人間の父を持つ僕もその当事者にあたる。

獣族と人間のハーフと言ったら、人間の顔に、獣耳が二つ、人間の耳が二つの計四つで、人間の体にしっぽが生えているのが主な特徴だ。

父親と母親の特徴を受け持つ、至ってシンプルな造り。これは出身地域別の人間同士のハーフも、種類別の獣族同士のハーフも同じ。

ただ一つ違うのは、僕の体は人間単体の形をしていて、顔だけが完全に犬であること。オブラートに包めば特徴的、悪く言えば異端。周りに馴染むことは難しい。


ここまで読んで、君は僕に興味を持っただろうか。
今もこうしてガラス窓を隔て無いと人と話せない僕に、
触れたいと思うだろうか。耳を触ると、顎を撫でるとどうなる?毛並みは?鳴き声は?泣く声は?体の境界線は?生殖器に違いはあるのか?子を成せるのか?どんな子供が産まれるのか?

好奇心で高ぶっている生き物程怖いものは無いよ。
よく考えてみてくれ。あの事件を忘れないで欲しい。
猫の次は犬かも。……僕かもしれない。



そろそろいいかな?

……君のその、その目が怖いんだ。






/胸が高鳴る

1/20/2024, 2:33:34 PM

いいかい。海の底はね、真っ暗なんだよ。

水面はあんなに透明で、青くて、美しくても、
足元は見えないんだ。

溺れたって誰も君に気付けないんだよ。

気を抜いちゃいけない。どこでもそうさ。
たとえ陸でもね。足元はいつでも真っ暗だよ。

溺れないように、慎重に歩かないとだ。
決して誤ってはいけないよ。いいね。


『海の底』