・3『自転車に乗って』
それからも度々ストリートピアノの男性を見かけるようになった。この近くに引っ越してきたのかもしれない。
帰宅時間に彼が弾いている時は必ず足を止め最後まで聴いて拍手を送った。
そんなことが数ヶ月続きなんとなく「あ、いつもどうも」「こちらこそ素敵な演奏をいつもありがとうございます」
くらいの挨拶をするようになった。
ある日、出勤時に自転車に乗った彼に「オニイサン!おはようございます!」と後ろから声をかけられた。「おぁ~どうも〜」と返した。焦った。ビビった。
なんだか上機嫌な彼はサーっとそのまま通り過ぎて行った。
【続く】
・2『心の健康』
それからしばらく経ってまたあの男性がストリートピアノを弾いているのに遭遇した。
演奏が終わって立ち上がるまで聴いた。10分もなかったと思うが聴いている間は仕事の事も忘れて聴き入る事ができた。良い音楽というのは音質の事じゃなく気持ちを何処かへ連れてってくれるんだな。
ギャラリーがまばらにいる中お辞儀している彼に拍手を送った。
良かったです。って声をかけようと思ったが、なんだかためらわれた。
【続く】
・1『君の奏でる音楽』
駅構内でストリートピアノを弾いている男性がいた。
かなり上手いひとなんだろう。たぶん。
道行く人が足を止めて聞いている。
ピアノのこと、というかクラシックもさっぱりな自分でも立ちどまってしまった。
【続く】
・5『麦わら帽子』
オーディションからしばらく経ってすっかり夏になり、インターンも始まって忙しくしていた。
大学でミワ先輩と久しぶりに会ってオーディションの話題になった
「そういえばジュリアさんがグランプリじゃなかったんですね」
「なんでだろうね?父親の力があっても無理だったのかな、グランプリの子の方が大物の子だったとか。今はアパレルの仕事しつつモデルやってるみたいだよ。モデルって言ってもインスタで洋服の紹介動画とかだけど」
そう言ってミワ先輩が見せてくれた動画のジュリアさんは透け感のある紺のワンピースにお洒落な帽子を被っていた。
「この麦わら帽子かわいい」と私が言うと
「カンカン帽?これ27万だって」とミワ先輩が教えてくれた。
すご……知らない世界だ。
【終わり】
・4『終点』
新人発掘オーディションが終わって
結果はというと……
私とミワ先輩は3次審査まで進んでそこで終わった。20人にまで絞られて最終選考5人にミワ先輩の友達のジュリアさんがいて……
私は最後まで見ずに途中で帰った。バイトもあったので。
くたびれた。
帰宅途中の電車の中でスマホでオーディション結果を検索するとグランプリはジュリアさんじゃなかった。どゆこと?
ジュリアさんの名前や顔は出てたけど3位以内でもなかった。八百長は?
スマホを握りしめて寝てしまい、起きたら終点だった。
終点で大丈夫。兄に迎えに来てもらおう。
長い1日だった。
【続く】