・3『つまらないことでも』
いつもありがとう。何かお礼がしたいわ
「ええ、そんな、いいんですよ」
でも私につきっきりでしょ?
他の患者さんもいるでしょう
なんだか悪いわ
「ええ、ええ、なら姉さんとお呼びしてもいいですか」
そんなことでいいの?
つまらなくない?
「つまらなくないですよ、ねえさん」
【続く】
・2『目が覚めるまでに』
さあ、やりかけの仕事を終えなくちゃ
病室まで付き添ってくれた彼女に資料を頼んでいた。
比較、耐久、価格、重量、メンテナンスのしやすさ、内部の写真、必要人数……
「ええ、ええ、そちらはもう大丈夫ですよ。もう終わってますよ」
終わってたかしら
「ええ、ええ。滞りありません」
もしかして私、忘れてるの
「今日はぐっすりお休みになってください」
目が覚めたら、明日になれば思い出せるかしら
【続く】
・1『病室』
自分の病室がわからない。
お手洗いに行った。
出たら右?左?
◯◯さん
◯◯さん!
私のことですか?
こっちですよ
私、一人でお手洗いに行ったのよ。
ええ、ええ。それは、もう。
私の病室はどこかしら。
ええ、ええ。それは、もう。こっちですよ。
すぐなんですよ。
【続く】
・6『明日、もし晴れたら』
犬をぎゅっとしたまましばらく泣いた。
このこは迷い犬なんだろうか。
「交番に行く?」
答えない
「僕とおばあちゃんちに帰る?」
そうだそうだと言わんばかりに吠える
雨が弱くなってきたので一緒に帰ることにした
でも連れてって大丈夫かな
帰るとおばあちゃんが心配そうに迎えてくれた。
犬を連れ帰ったことは怒られなかったけど
明日動物病院に連れていこうと言われた。
首輪もしてないし、ビョーキとか心配だと。
変な女の人につれさられそうになったことは黙ってた。
もし、僕の予感が正しくて
おばあちゃんに質問して
答え合わせをして、
合ってたら……
タオルにくるんだ犬を拭きながら
心の中とは全然違う言葉を口にした
子供らしい言葉を
「明日晴れたら一緒に散歩しようね」
【終わり】
・5『だから、一人でいたい』
何犬かわからない。
でもかわいい。
毛足が濡れている
僕と並走する。
ひとまず雨に濡れないところに。コンビニはだめ
マンションの屋根付きの駐輪場に入った。
「君だれ」と犬に声をかけながらしゃがむと
肩口に顎を乗せて前足をかけてくっつく。
人懐っこいね
変な女の人から解放されて良かった。
誰にも見つかりたくなかった。
急に恐ろしくなってきて
僕は泣いた。
誰かに見つかったらこの犬とはお別れになるんだろうな。
そんな気がした。
【続く】