えーっ!SNSキョーミないの!?
向かいの席に座っている、
私の唯一陽キャと呼べる友達が大声を上げた。
お洒落なカフェで
チョコブラウニーを頼んだのだが、
友達が撮らないの?SNS用。
と聞いてきたので、
アカウントもないし、
そもそも興味がないと伝えたのが
事の発端だ。
こんなに楽しーのにもったいなー。と、
フォークを咥えながら
投稿画面を見せてくれる。
ブラウニーの画像に
少し暗めのフィルターがかかっていて
高級感がある。
その下には
#カフェ
#チョコブラウニー
#秋🍁
#最近肌寒いよね
などと書かれている。
なぜ続けているのか聞いてみた。
どうやら承認欲求を満たすため、
みな狂ったようにイイネせがみ、
その数で快感を覚えるようだった。
なんだか人間がスマホに支配されたみたいで
少し怖い。
なんとなく、
自分のスマホから情報アプリを開いた。
このアプリはニュースに載らないような
ちょっとした記事が書かれている
お気に入りのアプリだ。
スクロールしていくと、
4巻発売!と書かれた記事と
漫画の画像が出てきた。
1話の試し読みができたので
気になり読んでみると、
"Good Midnight!"
から始まるこの話は
非現実的で
惹き込まれた。
ちょっとぉ!せっかく2人でいんのに、
なんでうちらスマホ見てるわけぇ!?と、
無駄にでかい声で現実へ戻された。
チョコブラウニーを頬張り、
不服そうに見つめる彼女を見て、
口元にチョコがついているのに気がついた。
遠かったので
椅子から少し立ち上がり、
そっと触れた。
チョコはすぐ取れたが、
友達はぽかんとしている。
綺麗な顔だな。
と、
あと数秒でいいから
長く見つめていたかった。
……ジーッ、…ザザッ。
皆さん、こんばんは。
本日は「夜の鳥」をご利用くださり
誠にありがとうございます。
こちらの列車は、
夜更かししたいお客様を乗せ、
夜の街を走る
気まぐれ列車となっております。
行き先が明確ではないので
迷子列車ともいわれております。
皆さんの車両にあるベッドに座って
どうぞごゆっくり
この夜をお楽しみください。
初めてご利用の方もいらっしゃいますので、
少しだけ等列車のことを説明いたします。
前から1両目は運転席、
2両目は私の休憩場所となっております。
食堂は3、4両目にございます。
うどんしかありませんが。
自動販売機もありますよ。
…ミルクティーとココアしかありません。
5両目には本の貸出コーナーがあります。
少し古いものがあるかもしれません。
破けていたりしたら、
2両目の藍色の棚に置いておいてくださると助かります。
その他の車両はお客様がいらっしゃるので、
ノック無しに入られるのはお辞め下さい。
……できれば2両目に入る際も、
ノックしていただけると嬉しいです。
運転中に私が暇すぎて、
車両ごとにアナウンスします。
やめて欲しいよって方は
壁についてる星のボタンを押してください。
それでは皆さんGood Midnight!
…プツンッ。
………チリンッ。
こんばんは。
お客様、等列車のご利用初めてですよね?
初回のお客様に
枕をプレゼントしてるんです。
画面からお選びいただけますか?
…ありがとうございます。
いいですよね〜。
夜更かし枕。
硬さが最高ですよ。
後ほどお届けします。
少しの間ご一緒させていただけませんかね。
ありがとうございます。
この窓大きいですよねー。
どの車両も同じ大きさなんですよ。
この列車の窓から見える景色は
多分私たちが一生関わらないような、
見たことしかないような、
そんな景色ばっかりなんです。
でも星、綺麗でしょう?
ふふっ。
ここら辺の夜はよく晴れるんです。
食堂のカウンター席からは
そこでしか見れない星もございますので、
読書のお供にしてみてはいかがでしょう。
おすすめの本ですか?
そうですね…。
「星屑パスタ」という本はどうでしょうか。
内容も絵も素敵ですよ〜。
貸出コーナーにございます。
では、そろそろ他の車両へアナウンスしてきますね。
こちらこそお話してくださり
ありがとうございました。
Good Midnight!
…プツンッ。
愛とか、気合いとか、
察するとか、
そんな形の無いものを理解するのが
私は苦手だ。
作者の気持ちがどんなものだったか
書いたりすることや、
この時この人はどう声をかけたらよかったか
書いたりすることは、
知らんわ。と
書きたくなる。
腫れ物を触るように接されるのには
もう慣れた。
友達と呼べる人もおらず、
必要な時だけ話すくらいの
コミュニケーションしかとらない。
自分の役割を果たす。
それ以上はなにもしない。
そんなロボットみたいな私だが、
嫌だと思ったら嫌だと言うし、
これをやっておいて欲しいと言われたら
ちゃんとやっておく。
…ロボットみたいだな。
とりあえず、
私は今更友達が欲しくなったのだ。
どこからどこまでが
友達という分類に入るのか、
よく分からなかったので、
ここら辺じゃ珍しい野良の三毛猫に
友達になろう。
と言ってなった。
一緒に家に帰るまで歩いたら、
友達かなぁと思ったからだ。
名前も一応つけた。
わらびもち。
ほっぺがむにゅっとしてたから。
それに、
この子に猫友ができた時、
わらびもちの味の名前をつけたら
考える必要が無くなると思ったから。
と、対策をしておいてよかった。
1ヶ月後にわらびもちは
黒猫を連れてきたのだ。
この子はきなこ。
わらびもちときなこは
毎日家まで送ってくれた。
3人組は気まずくなりがちと言われているらしいが、
2匹の猫と1人の人間だったら
全然大丈夫だ。
わらびもちはよく色んなところへ行くらしく、
葉っぱをつけてくる日もあるし、
川を渡ったのだろうか。
びっしょりでくる日もある。
わらびもちに手紙をぶら下げたら
誰かに届くだろうか。
"Good Midnight!"
と書いた手紙を
わらびもちの首にぶら下げ、
きなこみたいな
黒い長い髪の毛の女の人に渡してきて。
って伝えた。
適当に言ってみたのだが、
はたして手紙はどこへ行くのやら。
私みたいに
ふらっとどこかへ行ってしまいそうな
わらびもちときなこの背中を、
ずっと見つめてた。
西日で見えなくなるまで。
滑り台はあんまり好きじゃなかった。
お尻が痛くなるから。
でもブランコは好きだった。
上を向きながら漕ぐと
空を飛んでるみたいだったから。
酔うけどね。
今は背も高くなって、
手を伸ばせば雲に届きそう。
でも中身はまだ子どもで、
ただのワガママガールだ。
そんな私でも夢があった。
声優になりたかった。
しかし、車に跳ねられ
声が一生出ないと言われた時は
酷く落ち込んだものだ。
今は立ち直ったような言い方をしたが、
もちろんまだショックで、
公園のベンチで遊具を見つめる毎日だ。
ただ、
今日は何か遊具で遊んでみたいと思った。
ブランコをしようと歩いたが、
ブランコまでの道に
ジャングルジムがあった。
カラフルで棒の量が多く、
高くまで登れるようになっている。
なんとなく登ってみると、
上からの景色は
とても綺麗だった。
そう。
事故の時も綺麗だった。
跳ねられた時、
吸い込まれそうな青と
霞んだ水色の空を見た。
あと覚えてるのは
焼き付くような痛みと、
喉ら辺を打って吐血した血の香りと、
唐揚げの匂い。
近くの家の晩ご飯が唐揚げだったのだろう。
思い出すとお腹が空くし、
喉が痛むし、
もう散々だ。
でも空の色を思い出すためなら
仕方ないのかな。
夢を全て持って行ってしまった車を
私は許すことは出来ない。
信号無視にながらスマホ。
しかも不倫相手とLINEしてたなんて。
そんなクズみたいな人が運転する車に、
なんで私が。
声にならない声と共に
目から涙が溢れ出した。
いい歳した人がジャングルジムの上で大泣き。
ちょっと恥ずかしい。
入院中、
私が寝る前に母は必ず
"Good Midnight!"
と言っておでこにキスをしてくれた。
Good Midnight!の意味も教えてくれて、
母は私の光のようだった。
今は泣いた方がいい。
外だからって泣くのを我慢しなくていい。
泣けなくなる前に泣いておけばいい。
母はそんなことを言ってたっけな。
ありがとう。
あなたの言葉に救われたよ。って
生きてるうちに言えてたらな。
コロッケの香りが鼻を通っていく。
換気扇をつけるの忘れていた。
今日は風が冷たく涼しいので、
窓を開けっ放しにしていたから
外に匂いが出ていってるかもしれない。
ご近所さんすみませんと
心の中で謝りつつ、
ビールを開ける。
昔は炭酸が苦手だった。
もちろん今も苦手だ。
舌に針を数百本刺されたような
痛みと痺れがあるから。
しかし苦手でも呑みたい時は呑みたいのだ。
今日の晩ご飯はとんかつだからね。
やったー!
と、
外から親子の声が聞こえる。
とんかつ。
前作った時はソースが無くて、
味が薄い気がしたなぁ。
ビリッと舌が痺れる感覚と共に
アルコールが喉へ流し込まれていく。
窓から入ってくる風は
いい夜の香り。
夜には匂いがある。
もちろん
排気ガスの匂い、磯の匂いと、
住んでいる場所で匂いは変わるが
私のところは山が近いので
空気が綺麗だ。
説明が難しい
夜の香りは、
多分誰にでも分かるものではない。
夜って感じがして、
ずっとここにいたいという匂いだ。
肺いっぱいに吸って、
ずっと忘れないでいたいと
毎回思う。
コロッケにソースをたっぷりつけて、
かぶりつく。
口の周りにソースがベトベトになるが、
後からベロンと舐める。
汚いし行儀が悪いが、
綺麗な食べ方をしてたら美味しく食べれない。
食器を片付け終わり、
お風呂に入りながらまた窓を開ける。
匂いってのはすぐ変わる。
グリーンピースみたいな匂いがした。
さっきが1番良かったなと思いながら
頬杖をつく。
少し顔を出して上を見ると、
雲がかかった月が見えた。
満月らしいから見たかったんだけどな、と
呟いた。
歯磨きをしながらまた窓を開ける。
風が入ってきてはっとした。
急いで口をゆすぎ、
匂いを嗅ぐ。
やっぱり。
いい夜の香りだ。
上を見上げると
雲はどこかへ行き、
満月がとても綺麗に見える。
すぅーっと深呼吸を何回かして、
"Good Midnight!"
と言ってみた。
まだ酔いがさめない私は、
肌寒い人生を駆け抜けていく。