愛とか、気合いとか、
察するとか、
そんな形の無いものを理解するのが
私は苦手だ。
作者の気持ちがどんなものだったか
書いたりすることや、
この時この人はどう声をかけたらよかったか
書いたりすることは、
知らんわ。と
書きたくなる。
腫れ物を触るように接されるのには
もう慣れた。
友達と呼べる人もおらず、
必要な時だけ話すくらいの
コミュニケーションしかとらない。
自分の役割を果たす。
それ以上はなにもしない。
そんなロボットみたいな私だが、
嫌だと思ったら嫌だと言うし、
これをやっておいて欲しいと言われたら
ちゃんとやっておく。
…ロボットみたいだな。
とりあえず、
私は今更友達が欲しくなったのだ。
どこからどこまでが
友達という分類に入るのか、
よく分からなかったので、
ここら辺じゃ珍しい野良の三毛猫に
友達になろう。
と言ってなった。
一緒に家に帰るまで歩いたら、
友達かなぁと思ったからだ。
名前も一応つけた。
わらびもち。
ほっぺがむにゅっとしてたから。
それに、
この子に猫友ができた時、
わらびもちの味の名前をつけたら
考える必要が無くなると思ったから。
と、対策をしておいてよかった。
1ヶ月後にわらびもちは
黒猫を連れてきたのだ。
この子はきなこ。
わらびもちときなこは
毎日家まで送ってくれた。
3人組は気まずくなりがちと言われているらしいが、
2匹の猫と1人の人間だったら
全然大丈夫だ。
わらびもちはよく色んなところへ行くらしく、
葉っぱをつけてくる日もあるし、
川を渡ったのだろうか。
びっしょりでくる日もある。
わらびもちに手紙をぶら下げたら
誰かに届くだろうか。
"Good Midnight!"
と書いた手紙を
わらびもちの首にぶら下げ、
きなこみたいな
黒い長い髪の毛の女の人に渡してきて。
って伝えた。
適当に言ってみたのだが、
はたして手紙はどこへ行くのやら。
私みたいに
ふらっとどこかへ行ってしまいそうな
わらびもちときなこの背中を、
ずっと見つめてた。
西日で見えなくなるまで。
滑り台はあんまり好きじゃなかった。
お尻が痛くなるから。
でもブランコは好きだった。
上を向きながら漕ぐと
空を飛んでるみたいだったから。
酔うけどね。
今は背も高くなって、
手を伸ばせば雲に届きそう。
でも中身はまだ子どもで、
ただのワガママガールだ。
そんな私でも夢があった。
声優になりたかった。
しかし、車に跳ねられ
声が一生出ないと言われた時は
酷く落ち込んだものだ。
今は立ち直ったような言い方をしたが、
もちろんまだショックで、
公園のベンチで遊具を見つめる毎日だ。
ただ、
今日は何か遊具で遊んでみたいと思った。
ブランコをしようと歩いたが、
ブランコまでの道に
ジャングルジムがあった。
カラフルで棒の量が多く、
高くまで登れるようになっている。
なんとなく登ってみると、
上からの景色は
とても綺麗だった。
そう。
事故の時も綺麗だった。
跳ねられた時、
吸い込まれそうな青と
霞んだ水色の空を見た。
あと覚えてるのは
焼き付くような痛みと、
喉ら辺を打って吐血した血の香りと、
唐揚げの匂い。
近くの家の晩ご飯が唐揚げだったのだろう。
思い出すとお腹が空くし、
喉が痛むし、
もう散々だ。
でも空の色を思い出すためなら
仕方ないのかな。
夢を全て持って行ってしまった車を
私は許すことは出来ない。
信号無視にながらスマホ。
しかも不倫相手とLINEしてたなんて。
そんなクズみたいな人が運転する車に、
なんで私が。
声にならない声と共に
目から涙が溢れ出した。
いい歳した人がジャングルジムの上で大泣き。
ちょっと恥ずかしい。
入院中、
私が寝る前に母は必ず
"Good Midnight!"
と言っておでこにキスをしてくれた。
Good Midnight!の意味も教えてくれて、
母は私の光のようだった。
今は泣いた方がいい。
外だからって泣くのを我慢しなくていい。
泣けなくなる前に泣いておけばいい。
母はそんなことを言ってたっけな。
ありがとう。
あなたの言葉に救われたよ。って
生きてるうちに言えてたらな。
コロッケの香りが鼻を通っていく。
換気扇をつけるの忘れていた。
今日は風が冷たく涼しいので、
窓を開けっ放しにしていたから
外に匂いが出ていってるかもしれない。
ご近所さんすみませんと
心の中で謝りつつ、
ビールを開ける。
昔は炭酸が苦手だった。
もちろん今も苦手だ。
舌に針を数百本刺されたような
痛みと痺れがあるから。
しかし苦手でも呑みたい時は呑みたいのだ。
今日の晩ご飯はとんかつだからね。
やったー!
と、
外から親子の声が聞こえる。
とんかつ。
前作った時はソースが無くて、
味が薄い気がしたなぁ。
ビリッと舌が痺れる感覚と共に
アルコールが喉へ流し込まれていく。
窓から入ってくる風は
いい夜の香り。
夜には匂いがある。
もちろん
排気ガスの匂い、磯の匂いと、
住んでいる場所で匂いは変わるが
私のところは山が近いので
空気が綺麗だ。
説明が難しい
夜の香りは、
多分誰にでも分かるものではない。
夜って感じがして、
ずっとここにいたいという匂いだ。
肺いっぱいに吸って、
ずっと忘れないでいたいと
毎回思う。
コロッケにソースをたっぷりつけて、
かぶりつく。
口の周りにソースがベトベトになるが、
後からベロンと舐める。
汚いし行儀が悪いが、
綺麗な食べ方をしてたら美味しく食べれない。
食器を片付け終わり、
お風呂に入りながらまた窓を開ける。
匂いってのはすぐ変わる。
グリーンピースみたいな匂いがした。
さっきが1番良かったなと思いながら
頬杖をつく。
少し顔を出して上を見ると、
雲がかかった月が見えた。
満月らしいから見たかったんだけどな、と
呟いた。
歯磨きをしながらまた窓を開ける。
風が入ってきてはっとした。
急いで口をゆすぎ、
匂いを嗅ぐ。
やっぱり。
いい夜の香りだ。
上を見上げると
雲はどこかへ行き、
満月がとても綺麗に見える。
すぅーっと深呼吸を何回かして、
"Good Midnight!"
と言ってみた。
まだ酔いがさめない私は、
肌寒い人生を駆け抜けていく。
セミの声が聞こえなくなった頃、
私は漫画に出てくる女の子に恋をした。
推しという存在が出来たのだ。
秋に恋をしたから
秋恋と言おうか、ガチ恋と言おうか。
笑い方、歩き方、話し方、性格、名前、
全てが愛おしかった。
私は誰かの特別になって、
その誰かを特別だと思いたかった。
でもみんな違うんだ。
みんなの1番はもう決まってて、
私はいてもいなくても変わらない存在だった。
2次元は裏切られないと思い逃げたあの日、
その女の子は
嫌いなものも全部飲み込んで
好きと言い続け、
友達みんな同じくらい好きで、
だから恋人と友達の好きが分からなくなってきて、
誰かの特別が欲しくて、
おばあちゃんはおじいちゃん、
お母さんは〇〇さん、
お父さんはクジラ、
じゃあ私の特別は?
クジラは
お父さんが喜ぶから好きなフリしてるだけで、
あの人は好きな人をちゃんと好きで、
この人は好きな物に一生懸命で、
好きだと思ったけど
この好きはどういう好きか、
私の特別かどうか分からなくなって。
そんな子だった。
ちょっと違うところもあるけど、
私とその子は似てた。
でもその子は頑張ってた。
ニコニコしてた。
楽しそうな生活を送ってた。
もちろん裏で泣くことも、
悩むことも、嫌なこともあったけど、
すごく元気で前向きだった。
じゃあ私は?
友コンで、
誰かと誰かが話してたらすぐ嫉妬して、
みんなに嫉妬していって、
好きな人と話す誰かだけに嫉妬できたら
楽なんだろうなと思って、
でも誰が好きなのか分からなくて、
疲れて、
拗ねて、
怠けちゃって、
どうしても頑張れなくて
怠惰な自分を責めるけど
結局直らなくて。
だから多分、
恋より尊敬の方が勝ってる。
漫画の中に入れたら
どんなに幸せか。
毎晩願ってた。
起きたら推しが目の前にいて、
私をギュッと抱きしめてくれますようにって。
叶うはずのないことを願い続けた。
でも今日は一味違うよ。
"Good Midnight!"
明日こそ上手く生きられますように。
コロン、カラン、ポーン、チリン。
私の首にはコップのように小さく、
壺のようなものが左右についている。
生まれた時からあったのだが、
割り箸などで叩いてみると
どんな楽器でも出せないような
不思議で特別な音が出る。
楽しいのは家の中だけで、
外ではショールを巻いてるけど
最近はショール集めにハマってきて、
外でも楽しい思いをしている。
そんなある日、
母から
壺のようなものの切除手術ができる病院を見つけた。
どうしたいかは自分次第だが、
手術するなら早めに連絡をくれ。と、
連絡が来た。
正直、
手術してもいいかなと思った。
毎日髪の毛にまとわりついてうざったいし、
お風呂も寝る時も邪魔だし、
ショールをしていても
不自然に膨らんでいる首周りが変だ。
でも、
何か引っかかる。
モヤモヤして、
考えるのが嫌になってきた。
適当に壺のようなものを叩いていると、
なんだかいつもより綺麗な音が出ていた。
耳に焼き付いて離れないこの音。
そうだ。
壺のようなものがついてる私にとって、
この演奏は私にしか出せない音。
大事にしたい。
音、音、音。
母に手術を断るメッセージを打っている間、
ずっと音と呟いていた。
もう大丈夫。
迷いなんてなくなった。
墓場まで持っていくよ。
翌日、
母に頼んで壺のようなものに
ある一言が書いてあるラベルを貼ってもらった。
"Good Midnight!"
一緒にいい真夜中を過ごそう。
人間じゃないみたいな人間なんて、
そこら中にいるし、
人間って人間がいるわけじゃない。
私はこのまま
ありのままが1番いいんだ。