彼女の部屋には水だけが入った水槽がある。
微生物を飼っている訳ではない。
「水の中の空気が好き、この音も」
ブルーライトに照らされた透明な水中に、エアポンプがコポコポと空気を送っている。
「何もいらない、これが好きなの」
1
君がこのドアを開けて帰って来る3分後の未来。
辛く悲しい顔をしているなら
君の好きなマシュマロと珈琲を淹れて待ってる
嬉しそうな顔をしているなら
ワタシも嬉しくなる それだけ
いつも通りの無愛想な顔なら
それでもワタシは嬉しい 帰ってくるのだから
君が3分後の未来、何をしたいのか、何を思うのか時々分かればそれがいい
いつも見えちゃいけない
時々がいい 時々じゃなきゃいけない
「もし未来が見えるなら」
2
もしも未来が見えたなら
FXで競馬で、あらゆる手を使って金を稼ぐ。
自分が事故を起こす未来が見えたなら、
その車に嫌いなあのクソを乗せて事故れば最高
自分が病気になる未来が見えたなら、
その前に女を抱きまくって、目障りな奴らをたくさん殺す なるべくたくさん
運命が決まっているなら
それはそれで楽しむ
決まってないなら
好き勝手に生きて死ぬだけ
善人も悪人も、未来なんていずれ死ぬだけ
ただ、
マシュマロと珈琲を共に食べる時の幸せは、いつも変わらずに最高。
「もし未来が見えるなら」
彼女は透明だった。
自らの色を消し去り
決して目立ち過ぎぬように自分を押し潰し、常に平凡を求める。
「目立ってはダメだよ、嫉妬や侮蔑のターゲットになる」
「会話も服装も習慣も好みさえも、一人ぼっちが怖いなら無色じゃなきゃいけないよ」
ワタシの中の魔女が忌々しく笑う
私は、無色でいることに必死だった
ある日、突然、私の中の魔女が死んだ。
やがて私は一人ぼっちになった。
それで良いの。
色を抑えられない私は、罪だったとしても
その方がかっこいいと思ってしまったから
(1人ぼっちになったのは、自己顕示欲と承認欲求を優先し、思いやりや気遣いを欠いたからではない事を、誤解されぬよう)
「無色の世界」
「彼の膝に股がって、彼の歯を磨く事がワタシの夢」
そう言っていた彼女は、11月生まれのA型で、
看護師をしながら、某テレビ局の脚本家と不倫を始めてから2年が過ぎた。
調布駅前で、帰宅途中の彼女の姿を横目でじっと眺める中年男性は、家電メーカーの営業部に勤めている。
13歳の時、プロサッカー選手になるのが夢だった。
今、調布駅前で高校時代の友人と待ち合わせ中に、偶然見かけた女を頭の中で激しく犯す妄想をしていた。
彼には9歳になる娘がいる。
生まれつき視力の弱い娘は、幼稚園に入る時からメガネ生活だったが、明るく人懐こい性格で、誰からも好かれていた。将来はケーキ屋さんになるのが夢なんだと嬉しそうに話す。
「彼の膝に股がって、彼の歯を磨く事がワタシの夢」
そう言っていた彼女の、不倫相手が亡くなった。
彼には複数の愛人がおり、そのうちの1人が彼を殺害し、自らも命を絶った。
ケーキ屋さんになる夢を叶えた女の子は今、寝具クリーニングメーカー勤務の28歳の男と同棲している。
彼女のお腹の中には新しい命が宿っているが、男はその事をまだ知らない。
男の夢はない。
仕事帰りに、泥酔した女にぶつかった。
「今触っただろ!?この変態野郎!キモいんだよ!」
吐き捨てられた言葉を聞いた男が、頭の中に描いたのは、女性の頭の上に鉄骨が落ちてきて潰れるシーンだった。
「夢見る心」
何もせず、届いた想いなど無い。
自分の想いが100%届いたことなど無い。
届かないから、必死で表現する。
届かないから、誤解され、後悔する。
届かないから、想いはとどまり、別の形となって溢れでる。
それがたまらなく好きだ
「届かぬ想い」