「お母さんが子供の頃は」
それが母の常套句だった。
私が何か母のしてほしくない事をすると必ず言ってくる。
だがそれは無いだろうと思う事がしばしばあった。
なぜならだれしも子供の頃に一度はやらかすのに
母は一度もやらかした事がないような口振りであの常套句を言う。
だが母になって分かった。
母は子供が同じ事でまた躓かないようにする為に言っていたのだ。
今気付いた所で母はもう居ないのだ。
反抗と共に家を出てから帰らずじまいで母が死んだと聞くまで実家には帰らなかった。
後悔したって遅かった。
晴れの日相合い傘を好きな人とするとカップルになれると言う噂がある。
でもやるには絶対に晴れの日でなければならないし、好きな人とどうやって相合い傘をするのだろうか。
そんな疑問でいっぱいだった。
なぜなら私も好きな人がいてどうしても告白を成功させたかった。
だから半信半疑ではあるが、やってみる価値はあると小学生の私は思った。
だからこそ普通ならそこまで気にしないが今の私には頼みの綱がそれしかなかったのだ。
成功させた子達にに聞きに行った。
だが皆だんまりと貝のように口を閉じて教えてくれなかった。
結局わからずじまいで終わり、当時の私が面倒くさがりだった為普通に告白して振られた。
引っかかる点が一つある。
成功した子は皆あんなに好きだと言っていたのに、自分から別れを告げていた事だ。
1年前、交通事故で友人が死んだ。
死んだ友人が皆見えているようだった。
だがその日から皆に無視されるようになってしまった。
でも理由は分かっていた。
その日は僕が運転していたのだ。
だから死んだ友人が僕の所為だと言ったのだろう。
まあ仕方ないのだ。
だって運転していた僕だけが生きのこってしまったのだから。
今日好きな男の子に告白した。
だが振られてしまった。
それも手酷い振られ方。
とても傷ついて、でもここに居るのもいやでカバンを持って公園の方へ走った。
涙を溢しながら一心不乱に。
公園のベンチで泣いていたら、少し心が落ち着いた。
ふっと空を見上げると涙のせいで曖昧な空が目に入った。
赤のあじさいか青のあじさいどっちがいい?
そう私は問いかけた。
だが返事は返ってこない。
まあ仕方ない。
どっちだっていいのだ。
どうせ青になるのだから。