永遠の零
ここに一冊の本があるタイトル「永遠の0」
何年か前、夫と劇場に観に行き夫が恥ずかしいほど号泣して隣り合わせた三浦春馬くんか岡田准一くんかのファンらしき若い女性二人連れに笑われた想い出話は、未だに我が家の語り草だ。他にも涙腺緩めの彼は若い頃から私が泣く前に泣くだから何時も私は泣けなくて、彼のライオンみたいな泣き顔を見て笑う。
そして何時もハンカチ差し出しながら、この人で良かったなと思うのであったという、はい、惚気話はこれくらいで、この「永遠の0」というタイトルの意味を私は大号泣の夫を横目に桑田佳祐の歌声を聴きながらエンディングロールを見つめながらぼんやり考えていた。
「永遠の0」
それは、一期一会。
一度飛び立ったら二度と帰ることのない零戦
それが彼らの永遠、終わりのはじまり即ち永遠の0なのだろう。
宮部は擦り減る精神の果てに全て決心し覚悟して、その写真の裏に我が切望を記して彼に託す一期一会の永遠に続く想いの終わりのはじまり、受け継ぐ者達。
愛の歌が途絶えぬように
心の灯りが消えたの
たった一度の人生を捧げて
さらば友よ 永遠(とわ)に眠れ
青空は悲しい空
揺れる木漏れ日が切なくて
夏が来るたびあの日と同じ
風が通り過ぎたよ
涙見せぬように
笑顔でサヨナラを
また逢うと約束してね
何のために己を断つて
魂だけが帰り来るの?
闇に飛び交う蛍に連れられ
あなたがいた気がする
生まれ変われたなら
また恋するでしょう
抱き(いだき)合い命燃やすように
涙見せぬように
笑顔でサヨナラを
夢溢る 世の中であれと
祈る
夢溢る 世の中であれと
祈る…託された私たち
「永遠の0」
主題歌 「蛍」 作詞 桑田佳祐
来年の夏はあの夏から80年目の夏
夢溢る 世の中であれと
祈ってもらった
私たちは あの頃の未来に立っている
立って行く
永遠に…
あなたの祈りが守られますように。
テーマ 「永遠に」
令和6年11月1日
心幸
理想郷
桃源郷でも竜宮城でもなくて?
そこをゆけばどんな夢も叶うという、理想郷はやっぱり、仕事なんかしなくて嫌いな奴も居なくてみんな同じ住まいに住み生まれたままの姿で、一日中遊んでいるような話なのだろうか?
ユートピアってエデンの園ってガンダーラってそんなイメージだけど、、それって理想郷なのかな?そもそも旧約聖書によれば、そこ追放されたのが私たち人類の親だし💦 そしてその親アダムとエバから生まれたカインとアベルはカイン(兄)がアベル(弟)を殺すという兄弟は他人のはじまりのはじまりなのである。日本においてもヤマトタケルノミコトは兄を殺しているし、神の言いつけを守れず理想郷(エデンの園)は追放されるは、兄弟を殺す殺人犯の子孫が我々です、クズなんですよ殴ってやりたいほどの、だって遊んでくらせる理想郷で日がな好きな事だけして遊んでくらせる場所を与えてくれた神との約束を守れず蛇の誘惑に負け禁断の果実を口にし理想郷(エデンの園)を追放された夫婦の子孫、そしてその兄は弟殺しですしかも動機は嫉妬と妬みからの怨み節なんです。
笑っちゃうじゃありませんか、分かってるクズと分からないクズ?クズはクズですわ(笑)呆れるくらい、罪深き人の性。
それでも、愛しき人の性、愛しいと書いて、かなしいと読むそれが人の間のこの世に落とされた私たち人間。赤子は泣きながら生まれてくるはじめに覚えることは、泣くことそれが人間。
我は人にあらずで、他人ばかり裁いている人自分の罪はクズな部分もなんて可愛く見積もり他人を指差す時は、神にでもなったように天でもないのに罰をくだす、他人に差した人差し指を自分に向ける勇気のある罪深き勇者のいるところ、そんなところがあるなら、きっとそこが理想郷。
令和6年10月31日
心幸
懐かしく思うこと
ビー玉、おはじき、かんけり、ゴムとび、ビンのオレンジジュース、薄めのカルピス、夏休み子ども劇場…。
交換日記、自転車の二人乗り、オールナイトニッポン、セイ!ヤング、はじめて飲んだ喫茶店のクリームソーダ…。
それは、懐かしく思うものなのかな(笑)
けれど、私はこの歳になり懐かしく思うことが宝物のように思います。だから年寄りは昔話が好きなのかしら納得。
誰かが言ってたけど、なんかのドラマの台詞だけど、実際の17才は語る想い出がないのよ、まだ、何ものでもないから、想い出話のネタがない〜ぃのよ、そして嬉しそうにとか切なそうにとか、想い出話されるとウザいのね、だけど自分もするようになるのよ、17才には戻れないと分かった時、懐かしく思うことはキラキラしている。
きっとね、懐かしく思うことが嫌いな人や馬鹿にしたり、無かったからと思う人は、語るネタがない17才か、振り返った自分がまだ許せない人なんじゃないかしらね。
自分を愛していれば今が満たされていて幸せだと思えるなら、今に連れてきてくれた全てが愛せるはずだからね、そして17才には戻れないと分かったら、懐かしく思う自分を愛しく思えるわよ、古いアルバムのなかに隠れて想い出がいっぱい、無邪気な笑顔のしたの日付は、はるかなメモリー♪で、卒業写真のあの人は人混みに紛れて変わって行く私を遠くで叱ってくれるから。
懐かしく思うこと持てたらいいね。
令和6年10月30日
心幸
もう一つの物語
もう一つの物語と言えば…
彼女は歌いはじめる。
昨夜眠れずに泣いていたんだろう
彼からの電話待ち続けて…
「いや、待ちなよ、それは、もうひとつの土曜日だよ笑」突っ込みに彼女は返す、「まあ、いい詞だから聞きなよ」
息がつまる 人波に押されて
夕暮れ電車でアパートへ帰る
ただ週末の僅かな時を
つなぎ合わせて君は生きている
もう 彼のことは忘れてしまえよ
まだ君は若く その頬の涙
乾かせる誰かがこの街のどこかで
君のことを待ち続けてる…
そう、待ち続けてる人の為に、出なきゃね外へ、私たちの頃はラジオだったけな、今はSNS人と仮りそめに浅く薄く繋がる無責任な繋がりならあるけど、君の求めているものってそんなものじゃないんじゃない?優しくありたいと言うくせに、みんな違ってそれが良いと聖母マリア様みたいなこと言うくせに、嫌いにしがみついて居眠り出るくらい自分は嫌っているのに毎回毎回追い続けるのは何?そしてこんなの好きな人はアホとか馬鹿とか輩とかって、いい歳した大人が駄々っ子みたいになっちゃうのは何故かしら?そして、それを指摘されれば突然自分は被害者?可笑しいでしょ頭何処かにぶつけた?優しくありたい君が先に独善的な下衆な言葉で馬鹿にしているから馬鹿にされる、君の好きなブーメランよ、他人に差した人差し指は自分に向けなさい、ストーカーはおやめなさい自分の寂しさを吐露して値打ちを落とすだけですよ。
彼女は続けた、私も、若い頃は、沢山間違い嘘もつき傷つけもしました、そうして冷たい雨に打たれ、忘れてしまおうと決心して、追いかけるのをやめました。
そして、そのアパートのドアを閉め
新しいドアを明けました。
雨に濡れた私を見つけてくれた人がいて、
上手く語れない笑えていない私の話を面白がって聞いてくれる人がいました、だから無理にでも笑うことの大切さを知りました、悲しいことが多いから、笑うことの大切さを知りました、
嘘も突き通せば真実になる、覚悟のある嘘は実を孕みます。
好かれてもいない人を追いかけるストーカーになったり、憎しみや嫌いにしがみついて眉間にシワばかり寄せて、同類ばかりとつるんで優しくありたいなんて生半可な言葉で嫌いな人や好かれてもいない人にしがみついて傷つけて傷ついたふりしていないで、もっと自分を大事にしてください、嘘でも強がって好きな嫌いを自ら手放してごらんなさい、きっとそんな君の勇気を見つけてくれる人がいます。
祈っていますよ、君のもうひとつの物語がはじまることを。独居老人でも5080でも大人子供部屋でも心はまだ小学生の大人になれなかった子供のようだから、もうひとつの物語が君のことを待ち続けていることに気づくことからはじめてください(笑)
令和6年10月29日
心幸
暗がり中で
〜はてしない物語の後に〜
バスチャンは虚無との戦いに敗れたのか、アトレーユもその白馬も憂いの沼に生きるモーラもファンタージェンも虚無によりバラバラに破壊されてしまったようだ、沈黙が支配した。子供たちは夢を見なくなった物語を馬鹿にして笑うようになった、バスチャンはそんな中で、ひとり屋根裏部屋で黴臭く分厚い古書を広げ夢想の世界を旅する孤高の少年であった、だから選ばれたアトレーユと旅をしファンタージェンを守り想像する、おわりのはじまりになる少年として、今バスチャンは砕け飛んだファンタージェンがあった場所で虚無に包まれ暗がりの中で涙をふいていた。
遠くに光が見えた、バスチャンは光に吸い寄せられた、どれくらい時間が流れたろうバスチャンは暗がりの向こうに小さな光の塔を見つけた、そして「バスチャン、バスチャン」と名を呼ばれたバスチャンは光の塔へと歩み、そこでファンタージェンの王女幼心の君に出会う、「どうして、僕なんかを選ばれたのです」
「僕はなにも出来ずに、ファンタージェンを虚無に奪われてしまいました」肩を震わすバスチャンに幼心の君は言った、「いいえ、あなたがいるじゃないですか」「誰もが見捨てる、埃のかぶった古書を開き私たちと旅したあなたが」「あなたが、はじまりの子供になってください、どうか私に名を、そこから新しい物語がはじまるのです」バスチャンは幼心の君に母の名を贈った、そこからまた新しい物語がはじまるのです、暗がりの中に誰かが光る名前の種を蒔く種はやがて芽吹き花をつけ実をつけ、その花の名前が広がって行く、物語はそうしてはじまりました。
あなたの物語を描きましょう。
バスチャンはファルコンに乗り、子供のふりをした独居老人と悪魔が住む森に飛び、今まさに虚無と手を結び世界を闇と暴徒と自分本意な多様性とか寄り添うとか優しくありたいとか言いながら実は画一的独裁で、自由な夢想や物語を禁じて魔女狩りのような子供たちをつくろうとする、独裁独居の子供のふりをした老人と悪魔に竜巻を送りました、老人と悪魔はバスチャンが起こした竜巻とファンタージェンの新しい朝の光に吹き飛ばされ十字架の刻印を胸に受け消滅してしまう、その最後の命の瞬きに、バスチャンはまた新しい名を与えました、独居老人の最後の命の光の瞬きは、まだ微かに灯っており、また新しい名を与えられて光はじめるのでした。
子供のふり若者ぶっても分かります、下手な若者言葉身についてません、背中は人生を語り、あなたの歳を伝えます、伝える力がある背中を持ちたいです、その時こそ子供時代は良かったよねと、ファンタージェンは素晴らしかったねと語ってください、私は今こそ語りたいと思います、「大人こそ夢を語れ!」
寂しい独居老人バレバレでは悲しいです、大人は子供のふりは出来ません、拗ねてみても、時間は待ってくれません、扉を開けるのはあなたです。
はてしない物語の後に…
令和6年10月28日
心幸