昔、よく聞いたアルバム
ジャケットが印象的で
しくしく泣いている女の子のイラストだった
アルバム名は「スマイル」
誰のアルバムだったか思い出せない
でも曲を聞いてるうちに
色んな感情が洗い流されて
最後には静かに微笑むような温りを感じた
懐かしくなって、もう一度あの感覚を確かめたい
私は仕事の手を止め、CDを探しはじめた
どうしよう!
えらいことになってきた!
ちょっとした憂さ晴らしで
オレ自身、半分冗談のようなものだった
ただ軽い気持ちで書いただけなのに
あんなにオレ一筋だったアイツが
急にコロッと態度を変えて
何も言ってくれないし
降って湧いたような別れ話に
オレは訳が分からなくて
あまりにも腹が立ったから
気持ちの整理になるかと思って
ネットに投稿したら大バズり
何でか泣ける!と話題になって
あっという間に出版決定
身バレが怖かったから
女の子の名前で投稿したのに
本当は男だって誰が信じる?
ほぼ事実のオレの身の上話
しかも恋愛ものときたもんだ
出版社の人は続編やりましょう!ってヒートアップ
メールでのやり取りしかしてないけど
完璧女の子だって思ってる
どーすりゃいいんだオレ、ピンチ!
本当は男で、しかも相手も男
こんなことどこにも書けない!
同じ時間を過ごしているのに
キミとボクとは違うんだ
時計の針のようにボクが1周する間
気がつくとキミは何周もしていて
ボクを置いてけぼりにする
いいんだ
キミが楽しいなら
置いていかれたっていい
キミの喜ぶ顔を見ているだけで
ボクは幸せなんだ
できればいつまでもキミとこうしていたいけど
ボクとキミでは生きる時間が違うから
重なる時間を精一杯生きるよ
大丈夫、そう思ってた
でも本当は大丈夫じゃなくて
言葉にすると溢れる感情につられて涙が零れる
悲しいわけじゃないのに
自分の気持ちを知ってほしいだけだったのに
本心であればあるほど言えなくて
誰にも自分の本音を言えなくなった
気持ちを隠して
感情を誤魔化して必死に生きてきた
いつしか自分が迷子になっていた
本当の自分を誰も知らない
ちょうど休みが取れたから、暫くぶりに帰省した。
昼間は地元の友達とランチして、夜は幼馴染と居酒屋のはしご。
我を忘れるような飲み方は格好悪いから気を付けなさいと上司にお酒の嗜みを教えられたっけ。
ナツキは夜風に当たりながら、帰宅する頃にはすっかり酔いも覚め、寝ている家族を起こすまいと静かにドアを開ける。
もう化粧を落とすのは明日でいいやと、そのまま自室に行こうとした途中、洗面所の明かりが点いたままになっていた。
誰か消し忘れたのかなと思ったけど、どうにも弟が起きていたようだ。
何となく覗いてみると、鏡に向かって自分の顔と睨めっこする弟がいた。
おでことほっぺにニキビが出来ていることに深いため息をついている。
思春期真っ盛りのヤマト少年はニキビに悩むお年頃なのだ。
どこを見ているのか焦点が合わずぼんやり空を見つめたかと思えば顔を真っ赤にして声にならない声を上げている。
ナツキの視線も気付かないほどで、どうも様子がおかしい。
しばらくすると鏡に映るニヤける自分をじーっと見て、真面目な顔を作ってから少し首を傾げ、口を突き出して目を瞑ったーーーー。
ーーーー弟の鼻息は荒かった。
ナツキは音を立てないように自室に戻ると、笑いを堪えるために抱き枕とのたうち回った。
落ち着いて考えてみたら、ヤマトに最近彼女が出来たらしいと母が言ってたなと思い出す。
夜中にキスの練習をする弟が何とも言えない。
鼻息荒くチューと口を窄める弟の顔の気持ち悪さと言ったら百年の恋も冷めるだろうに。
眠れないほどの興奮が伝わってくる。
明日はデートなんだろうな。
しかも初キス記念日かよ!?
緊張と寝不足で失敗する画が目に見えるようでだんだん心配になってくる。
初めてのキスなんて自分も通ってきた道。
ドキドキが止まらなかった。
たった数秒、唇が重なるだけのことなのに。
味なんて何もない、ただ焼け付くように熱かったキス。
一つ上の先輩との日々は今思えば青春だった。
ナツキは胸に広がるじんわりとした思い出を抱き枕と一緒に抱きしめた。
自分の弟ながら少し気持ち悪いけど微笑ましい。
デートの成功を願いながら眠りについた。