鉛筆と消しゴムで、一枚の便箋に思いを込める。
最初の一文に、少しの心配を。
二行目からは、日常のささやかな出来事を。
そして結びに、ありったけの愛を。
この手紙の行方は、あなたの手元に。
願わくば、あなたの心に。
たった一枚の便箋に、溢れんばかりの思い出と、君の未来が幸せであるようにという願いを込めて。
優しく封をして、切手を貼って。
無事届きますように。
吹奏楽が好きだった。
今はなんとも言えない。ただ、好きではない。楽しい時もあるけれど、それ以上に苦しい。
私は、コンクールのためだけに楽器を吹いてるんじゃないのに。
みんなひたすらコンクールの譜面をさらっている。有名でもなんでもない、ただただ難しく、歪な和音で構成された曲。私はどうしても、好きになれなかった。
それでも私は楽器が好きだ。私の楽器、トランペットが好きだ。
休日、河川敷にひとりで吹きに行く位は。
ふと気づいた、少し遠くから聞こえる澄んだ音色。向こう側には、同じパートの先輩がいた。一番いい音の、あの先輩。
先輩は暫くは基礎練をしていた。
途中から、よく知るポップスの曲に変わった。
太陽に照らされて、金色のトランペットが輝く。
先輩の音も、輝きを孕んで響いていく。
今この瞬間は、間違いなく吹奏楽が好きだ。
今日も上手くいかないことだらけだった。夜なのに明るい街道を歩きながらそう思い返す。
これがいつも通りといえばそうではあるけれど、私ももう少し器用に生きられたらいいのに。
それにしても今日は一段と冷えていた。日差しもなかったし、木枯らしも吹き荒れていたし。手袋越しでも伝わる寒気に、思わず体を震わせた。
空を見上げると、星が幾つか瞬いていた。
街中なので、本当に明るい星しか見えないけど、今日は新月なのでいつもよりは見やすいはず。
ふとそう思い立って、いつもと違う裏道を通ってみることにした。
やはり、幾分か暗いだけで星もよく見えた。
一際輝くオリオン座を見ると、なんだか少しだけ心が軽くなったような気がした。
今日のような一日が、明日は少し変わるようにあの星に願ってまた街道に戻り、ゆっくり歩き出した。
今日も冷たい風が吹き付けている。
首元をマフラーに埋めて人通りの多い商店街を抜けていく。
風が吹く度、足元の木の葉が舞い上がり、くるくると空を飛び、少し遠くに着陸する。
遠くの空を、タオルが泳いでいる。誰かの家のベランダから脱走したみたい。
海月みたいにビニール袋が浮かんでいる。ふわふわと漂うそれは、電線に引っかかってしまった。
風のいたずらで、少しだけ空が賑やかになっているみたい。
昔から歌が好きだった。
喜びも、怒りも、悲しみも、楽しさも、その全てが私の歌だった。
いつからか、生きていくことに意味を必要とされるようになった。みんな立派な目標を掲げて、自分が生きていく意味のある人だと証明し始めた。
私の歌は、生きていく意味になるのかな。
歌は、ただの娯楽だ。好きで歌っているだけだ。
何度となくそう言われてきた。
その度、私は自分をそっと殺した。
私の歌を大好きと言ってくれた君。
私の全てが、それだけで認められた気がした。
今日もそっと目を閉じる。
歌を瞼の裏で口ずさみながら。