私は、自分のことを好きな人間が苦手なのだと実感した。その日は、私にとって苦痛が限界に達した日だった。私の事を好きな人間が、写真を撮ろうとしつこく迫ってきたのだ。私は、酷い嫌悪感と地に足がつかない浮遊感に苛まれた。決して、蛙化現象などといったものではない。私は、その人間の事を好いてはいないし友として関わりを持っていたに過ぎないのだからだ。
だからこそ、私は怖いのだ。未知というものが私を噛み砕いてこようと迫り続ける様を身に染みて感じるのが怖くて仕方がない。私の体はその後、学校に行くのを拒否するかのように発熱が続いた。
いつまでも捨てられないものが体に絡みついて離れない。
お終い
私の家族は、周りから見ればバランスが悪いと言えるタイプだと思う。母親はいわゆるヒステリック気味な人で、父親は仕事人間、姉である私は人見知りが激しく心を開かないタイプの人間で、妹は美人で友達も多く面白い子で、最後に弟はこちらも妹と同じく面白い子である。
けれど、家族が傷つけられたり傷ついたりしたら、本気で心配して助けようとする強さを隠れ持っている。そんな私の家族が本人達には言わないが誇らしいと思ってる。
私の家族は、隠れた強さを持っている。
お終い
大人の都合で連れていかれた親戚の集まり、従兄弟達が遊ぶ様を見ながら帰りの時間を確認するも、大人の世間話が長引きなかなか帰らせてもらえない。
私は、それにストレスを感じて今日も生きている。
心の健康が、安定しない複数の原因の1つ。
お終い
長女は、優しいけれど芯のある子供に育ちました。次女は、少しお転婆でしたが周りをよく見る子供に育ちました。最後に長男は、まだ生まれたばかりで言葉で会話をすることはまだ難しいです。
けれど、それでも長女と次女は嬉しそうに長男である弟に話しかけます。おはよう、こんにちは、こんばんは、おやすみと話しかけるのです。そうすると、長男は笑うのです。姉である長女と次女が笑うと同じように笑みをこぼすのです。母である私は、それを見て共に笑い合うのです。
蝶よ花よ、いずれ飛び立つ日まで。
お終い
親は、子供を作ることはできても、どんな子供が欲しいといった選択をすることはできない。
なぜなら、私達人間は他社との共存で自身を形作るからだ。たとえ、幼少期は頭が良くても大人になっても頭がいいとは限らない、それは、環境によって変化を伴ってしまうからだ。真面目な子が不良という烙印を押される可能性だってあるのだから無い話ではない。
逆に、私達子供は親を選べないと言うが、それは大人も同じだ。大人は子供が欲しいだけで、別に私や君達を求めていた訳では無いからだ。
けれど、だからこそ私達は選択をしなくてはいけないのだ。私達は、親が子供を産む選択肢を取ったというのが一般的には正しいのだと考えるが、私はこう考えている。親の1部ではなく自分になるために生まれる選択を私が取ったのだと考えるようにしている。
他者によって決められたレールを辿るか、それとも自身でレールを引くかは君達の選択によって変わることを忘れないで欲しいと願っている。
そして、全ての人々へ、生まれてきてくれたことにありがとう。
最初から決まっていたのではなく、最初を決めたのは君達や私であることを忘れてはいけない。
お終い