『巡り逢い』
『あ』
春の眠気を誘う陽気の下散歩をしていると偶然にも
高校の頃の後輩と出会った。
地元の高校から離れた場所に住んでいたのに
こんな場所で出会うなんて思っていなかった。
この後輩とはよく話が合って部活内、
いや高校内で一番仲が良かった。
ただ関係を壊したくなかったから何も言わず大学に行き
地元を飛び出た。
こうしてまた会えるとは思っていなかった。
話が盛り上がり、空も気付けば茜色に染まり始めていた。
そんな頃合に当時の謝罪と想いを伝えることにした。
「あの頃はごめん...」
「大丈夫ですよ。今ならあの頃の
先輩の気持ちわかりますから...」
「それと、俺ずっと...!」
あともう一言。俺の言葉は詰まりなんでもないと濁した。
後輩は何も聞かなかった。俺の言葉を予想していたんだろう。
後輩の左薬指が夕日を反射して輝いていた。
これ以上は野暮ってやつなんだろう。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。また出会えてよかった。」
「私もです。先輩、お幸せに。」
後輩の背を見送ったあと、俺の左薬指の指輪がキツく感じた。
後輩とまた会えただけでも俺は嬉しかった。
それと同時に、もう一生会わないようにと願った。
語り部シルヴァ
『どこへ行こう』
明日急に休みになった。
唐突に訪れた休日を折角だから有意義に使いたい。
さて...何をしようか。
一日中ゲーム...はいつも通りで味気ない。
スマホで近くに何があったかを調べるほど
遊びで外出することはない。
近くにはゲーセン、カフェ、ショッピング...
思った以上に色々あった。
ここに引っ越してきてから数年、
全然開拓していなかったんだなと思い知らされる。
たまには、行ってみようか。
とりあえず調べてみて面白そうな場所をまとめた。
年甲斐もなくベッドでワクワクしてしまう。
明日は良い一日になるといいな。
語り部シルヴァ
『big love!』
「はい!どーぞ!」
むふーと彼女は誇らしげに両手を広げて構えている。
尻尾があれば絶対に振ってそうだ。
ふらふらと吸い込まれるように彼女の前で
膝から崩れ落ちて全体重を預ける。
わっと驚いた声がしたがすぐに頭を撫でられる。
髪の毛が彼女の手によってわしゃわしゃと音を立てる。
雑な撫で方だが、そこが妙に安心する。
「ふふ、お疲れ様。」
柔らかい肌に優しい手、甘い声が疲れていた体に染みる。
同じ石鹸を使ってるのに彼女特有のいい匂いがする。
「...ありがとう。」
「いーよ。そんな君が大好きだからさ。」
体を起こし彼女を抱きしめる。
「俺も、大好き。」
彼女から微笑んでありがとうと強く抱き締めてくれた。
語り部シルヴァ
『ささやき』
「ほら、我慢しないでさ...」
「い...嫌。折角ここまで我慢できたのに...」
優しさの裏にある誘いが私の決心を揺るがす。
「頑張る君も素敵だけど、たまには許してあげなよ?」
この人の声はどうしてこうも自分を許したくなるのか...
いや、ダメだ。ここで許せば自分が頑張ってきた意味が...
「僕は好きなことを好きなだけする君も見てみたいなあ」
あー...ダメだ。ずっと私が折れるまで続ける気だ。
...明日からまた頑張ろう。
諦めてポテチの袋に手を伸ばす。
「じゃあ、コーラ持ってくるね〜」
満足気な声で映画鑑賞の準備が始まる。
ダイエット...明日からちゃんとやります。
そんな反省の念を込めてポテチの袋を開ける。
好きなコンソメの香りが反省の心を吹き飛ばした気がした。
語り部シルヴァ
『星明かり』
今日の夜はいつもの静けさが抑えられている気がする。
暖かくなっていくにつれて夜も少しずつ元気さを取り戻していく。
もう風呂上がりも暑くなって、
薄着で外に出ると風が心地よく感じる季節になった。
この田舎は夜になると本当に真っ暗だ。
視界は暗く、家の明かりから少しでも離れると
暗闇に飲み込まれる。
あとは獣の声と草が風で擦れる音。
暖かくなってきてから賑やかになってきた。
何も無くて暇だが、月が生えない夜にだけ
不思議なことが起こる。
家から離れて少し歩く。
右も左もわからなくなる場所まで歩くと、星々が落ちてくる。
その点々と広がる星が地上を照らす。
奇妙な出来事だが、今では優しいこの明かりが
安心感と心地良さをくれる。
春の夜風に吹かれて星は静かに揺れる。
あとは雲のベッドさえあれば最高だな。
そう思いつつ星を撫でながら家に帰ることにした。
星も帰るのか静かに真っ黒な空を目指して浮かび上がった。
語り部シルヴァ