『big love!』
「はい!どーぞ!」
むふーと彼女は誇らしげに両手を広げて構えている。
尻尾があれば絶対に振ってそうだ。
ふらふらと吸い込まれるように彼女の前で
膝から崩れ落ちて全体重を預ける。
わっと驚いた声がしたがすぐに頭を撫でられる。
髪の毛が彼女の手によってわしゃわしゃと音を立てる。
雑な撫で方だが、そこが妙に安心する。
「ふふ、お疲れ様。」
柔らかい肌に優しい手、甘い声が疲れていた体に染みる。
同じ石鹸を使ってるのに彼女特有のいい匂いがする。
「...ありがとう。」
「いーよ。そんな君が大好きだからさ。」
体を起こし彼女を抱きしめる。
「俺も、大好き。」
彼女から微笑んでありがとうと強く抱き締めてくれた。
語り部シルヴァ
『ささやき』
「ほら、我慢しないでさ...」
「い...嫌。折角ここまで我慢できたのに...」
優しさの裏にある誘いが私の決心を揺るがす。
「頑張る君も素敵だけど、たまには許してあげなよ?」
この人の声はどうしてこうも自分を許したくなるのか...
いや、ダメだ。ここで許せば自分が頑張ってきた意味が...
「僕は好きなことを好きなだけする君も見てみたいなあ」
あー...ダメだ。ずっと私が折れるまで続ける気だ。
...明日からまた頑張ろう。
諦めてポテチの袋に手を伸ばす。
「じゃあ、コーラ持ってくるね〜」
満足気な声で映画鑑賞の準備が始まる。
ダイエット...明日からちゃんとやります。
そんな反省の念を込めてポテチの袋を開ける。
好きなコンソメの香りが反省の心を吹き飛ばした気がした。
語り部シルヴァ
『星明かり』
今日の夜はいつもの静けさが抑えられている気がする。
暖かくなっていくにつれて夜も少しずつ元気さを取り戻していく。
もう風呂上がりも暑くなって、
薄着で外に出ると風が心地よく感じる季節になった。
この田舎は夜になると本当に真っ暗だ。
視界は暗く、家の明かりから少しでも離れると
暗闇に飲み込まれる。
あとは獣の声と草が風で擦れる音。
暖かくなってきてから賑やかになってきた。
何も無くて暇だが、月が生えない夜にだけ
不思議なことが起こる。
家から離れて少し歩く。
右も左もわからなくなる場所まで歩くと、星々が落ちてくる。
その点々と広がる星が地上を照らす。
奇妙な出来事だが、今では優しいこの明かりが
安心感と心地良さをくれる。
春の夜風に吹かれて星は静かに揺れる。
あとは雲のベッドさえあれば最高だな。
そう思いつつ星を撫でながら家に帰ることにした。
星も帰るのか静かに真っ黒な空を目指して浮かび上がった。
語り部シルヴァ
『影絵』
光を当てる。
両手をパーにすれば蟹。
一件不規則なオブジェクトも森の中に立つ鹿に...
光という対象的なものの力を借りて影絵は成り立つ。
改めて影絵とは不思議なものだ。
僕は影絵のアーティストとして活動している一般人だ。
世間は趣があるとか考察のしがいがあるとコメントが来る。
そんなもの僕の作品には無い。
ただ自分の中にある黒い何かをそのまま
作品として出しているだけ。
もし考察してくれたコメントが納得するようなものだったら
僕のこの黒い何かの答えは出るんだろうか。
僕の心にある影も光を当てれば何か見えるのか...
そう思いふと閃いて病院へ行く。
心にある黒い何か...
医師に尋ねて検査をしたあと、医師から一言。
「いやー、綺麗なですね。
こんなに綺麗なレントゲンは見たことないですよ。」
語り部シルヴァ
『物語の始まり』
私なんかが...今までそんな人生だった。
誰かが私より主役になってて、私はいつも脇役。
諦め半分、私もあんなふうになれたらなと何度も思った。
そう、ずっと願っているばかりだった。
何気ない日々が続く中、私の目の前で泣いている子供がいた。
転んで怪我をしたのか、
膝は赤くなり見渡す限り親はいないようだ。
助けてあげたい...けど...
スマホの時間を確認する。
目的地まで15分。この子を助けると
面接は間に合わないだろう。
...遠くで肩を落とし子供に歩み寄る。
「大丈夫...?」
「おねーさんありがとう!じゃーねー!」
その後無事に子供は笑顔でどこかへと去っていき、
人混みの中消えていった。
事が解決した時には既に予定の30分オーバーだった。
電話で遅れたことの謝罪と
今から向かうことを電話したところ、
「面接は結構です。お疲れ様でした。」と
一方的に切られてしまった。
私なんかの人生の一部が失敗に終わるより
あの子が笑顔になって良かった。
少しでも主役にしてくれた子供の笑顔を思い出す。
また...また、次頑張ればいいじゃん。
私の中の私は珍しく背中を押してくれた。
そんな何かが変わったお昼時だった。
語り部シルヴァ