→短編・彼と彼女をつなぐリボン
彼は、十数年ぶりに彼女に再会した。
その時まで、彼はすっかり彼女のことを忘れていたが、彼女の優しい微笑みと、その髪に揺れる褪せたリボンが、彼の記憶を呼び覚ました……――。
彼の知的レベルはほんの少し人とは異なっていて、人は彼を見下すけれど、彼はその特性―つまり個性―から、他人の嘲笑に気がつくことはなかった。
そして、彼女だけが彼を正しく理解していた。彼女は彼を愛した。彼女は断言する。あなたは集中力が高いがゆえに物事の理解に時間を必要とするが、その深度は深い、と。
彼は彼女の言うことがよくわかっていなかったが、褒められたことは理解できた。初めて彼は自信を得た。
彼は彼女のために何でもしてあげようと奮闘した。彼にとって彼女はお姫様だった。
彼は持ちうる技術を使って、彼女の髪を飾るリボンをこしらえた。明るい空色のリボンだった。彼女は彼の心配りにたいそう感動した。その日から、彼女の髪にリボンが揺れていた。
一方で、移ろう日々や人々の活動は、彼女を彼のそばに留めて置かなかった。人々の残酷で親切な感情が、彼から彼女を奪い去った。
残された彼は、彼女の立ち去った理由を理解できなかったが、やがて彼女のことを忘れてしまった。彼は記憶の持続が苦手だった。
ずっと長い時間、彼は独りでいた。それほど苦ではなかったが、楽しくもなかった。ぽっかりと心に穴が空いているようだった。彼女の面影が去来することもあったが、時間の経過がすべてを霧の彼方に押しやってしまった。
そして、彼は彼女に再会した。
彼女は、周囲に流される形で彼と別れた後、ずっと彼との再会方法を模索した。彼女にとって、彼の純粋な心は、宝石よりも夜空の一等星よりも輝かしく、彼女を温かい気持ちにしてくれた。彼を探す旅は、困難を極めたが、彼女はあきらめなかった。彼女の愛は、強くしなやかだった。
だからこそ再会したとき、彼女は彼にすぐに気がついた。
しかし、記憶能力に乏しい彼はしばらく彼女を思い出せず困惑していた。
彼の記憶の強張りを解かしたのは、彼女の変わらぬ愛情と、彼の愛情を形にしたリボンだった。
かつて彼が拙い技術に愛情を込めて作り上げた夏の空色のリボンは、すっかり色褪せ、まろやかな冬の晴れ間色に変わっていた。ムクドリの夫婦が彼女のリボンに寄り添って休んだ。彼女が鳥たちからリボンを取り上げることはなかった。
彼は、彼女の優しい瞳と、くたびれ褪せたリボンに、かつての自分の情熱のあとを見つけた。
「優しい仕事には、優しさが集うのです」
彼女は謳うように言った。
そうして、彼は再び愛を得た。しかしそれは新しい愛ではなく、二人をずっと繋いでいた愛の具現化だった。
彼女は周囲から何を言われようが、彼から離れることは二度となかった。
彼の人生は、ちょっと幸せではない時と、とても幸せなたくさんと時間に彩られている。
テーマ; 時を結ぶリボン
→晴れの日、冬
手のひらをね、
太陽に向けたらね、
あったかいよ。
テーマ; 手のひらの贈り物
→不燃物の処理方法
心の片隅で埃をかぶっている感情や記憶を、大掃除で一掃したいものだけれど、そういうライフハックか、便利グッズって、誰かご存知ありません?
テーマ; 心の片隅で
→嘘だ。
雪が音を吸収するから静かだなんて、嘘だ。
だって、雪の中に独り取り残されたとき、キーンという大音響で耳と心が痛かった。耳をふさいでもその音は消えなかった。今でも耳の奥にその音は残っている。
科学的な話は知らない。でも、私にとって、雪と静寂は相容れない。
テーマ; 雪の静寂
→短編・彼の夢
年の瀬せまる慌ただしい週末の町中で、知らない青年に声をかけられた。
「要らない夢の欠片を譲ってくれませんか?」
荒唐無稽なお願いに、思わず足を止めてしまった。厄介な人だと面倒だなと思ったが、後の祭りだ。
青年は人の良さそうな笑顔を浮かべ、朗らかに続けた。
「欠片で大きなパッチワークの布を作って、地球全体を覆ってやるのが、僕の長年の夢なんです」
彼の壮大な計画を聞きながら、私は彼の胸前の箱と隣の建物に気がついて、笑いを吹き出してしまった。彼は屈託なく肩をすくめた。
青年の意表を突く足止めに感服して、私は鞄から財布を取り出した。
「私の夢が誰かの毛布になるんだね」
「そういうこともあります」
彼の持っている箱に夢の欠片を落とし入れる。チャリン。
彼は『歳末たすけあい募金』の箱と共に頭を下げた。
「ありがとうございます! 良いお年を!」
彼の隣の宝くじ売り場では、年末ジャンボを売っていた。
彼の夢が叶う世界を見てみたいものだと思いながら、私は宝くじを買った。
テーマ; 君が見た夢