テーマ:『心の灯火』
キンッ
「しまっ―」
盾を弾かれた瞬間、隙かさず突きを放ってきたその右腕が、
ズブリ、と
腹と背中、そしてその中にある内臓を穿つ、その衝撃を感じながら、
俺の目に映る視界は歪み、意識は暗闇へと落ちていった。
どこからか、自分に向けられた愛おしそうな声が聞こえて
すぐに、自分が今、夢の中にいるのだと気づいた。
目の前には自分をあやしつける
母親が…いた。
そうしてしばらくの間、赤子の側からの平凡だがかけがえの無い親子の一幕を見て、
俺は、一つおかしなものがある事に気がついた。
母の胸が透け、そこに火が見えたのだ。
それが何だか熱そうに燃えているのを見て、
俺は最初、これは死神だけが見えるという命の灯火、なのではないのかと思った。
…その認識が間違いだと分かるのに、
そう時間はかからなかった。
度し難い程、濃くなっていく鼻が裂けるような鉄の匂い、
頭の後ろから聞こえる甲高い悲鳴と、その合間を縫うように吐き出される重い吐息。
暗闇で感じるそれらが、漸く終わり、
父によって母の抱擁から解放された俺は、
ボロボロになった母の胸の中の火が
細く、小さくなって
消えかかっているのを、見た。
俺はこの時こそが魔物に殺されたという母との今生の別れの時なのだと悟り、
どうしてこんな思い出せない程の物を
態々見せつけられるかと、
俺と重なって泣き叫んだ。
…目の前に燃え盛る火が飛び込んできた。
異臭の中でも確かに感じる、寂しい程に甘ったるい乳の匂い
頭の上から聞こえる、切れ切れの息の中で弱々しく、それでも何処までも優しく紡がれる子守唄。
温もりの中で母を感じ、目の前に今までにない程の火の盛りを見ながら
俺の意識は消え、
次に、目を開けた時、
あれだけ、
燃えていた母親の胸の火は
ただ静かに、消え去っていた。
その後、俺は、修羅の様になった父の手で育てられた。
記憶通りの姿の父の胸には記憶には無いどす黒く燃える火が宿っており、
俺は思い出したくもない程の厳しい日々を再体験することとなった。
そんな父との別れの日、
魔物に両の腕をもがれ、地を這わされていた父の火は、
急速に勢いを失っていったが、
それでも、俺をかばって貫かれたその胸には、
直前に、大きくて暖かな火が見えた。
始まりから終わりに向かって再び映し出されていく人生の中で、
俺は数多くの火の燃え盛るのを見た。
最後まで迷惑をかけた師匠も、
救えなかった村の娘も、
魔王に切り裂かれた仲間も、
皆、最期の時、俺の目のまえで胸の火を燃やしていた。
「グ、ハッ!!」
腹から頭へと上がってきた激痛と、口まで込み上げてきた血による窒息が気付けとなって、目が覚めた。
目の前には右腕の先の爪で腹をかき混ぜながら、勝ち誇る魔王がいて、
事実、力の抜けた俺には、もう情けない声で喘ぐ事しか出来そうになかった。
俺は、負けて、もう死ぬのか、と
そうして、落とした視界の先に、
自分の
消えかけの、
弱々しい胸の火が
見えた。
瞬間、俺の中で、
全てが弾けた。
今見たばかりの魔物に殺された人々の顔とその胸の火が、
高速で頭の中を過って行って、
それが、俺の胸の火の勢いを与え
俺は、
残った全ての力を、全ての思いをかけて
未だ片手に握られていた剣で
嗤う魔王の顔を、
真っ二つにした。
崩れ落ちた魔王の亡骸の上で、
薄れいく意識の中、
俺はまもなく死ぬのか、
と思っていると、
「勇者様!!」
今迄倒れていた仲間が意識を取り戻し、駆け寄ってきた。
泣くばかりで、それ以降何も言わずに胸の火を萎ませていく彼女に、
俺は絞り出した声で
「後の…こと…頼め、るか…?」
そう頼むと、
彼女はやはり泣いたまま何も喋れないまま、
それでも頷き、
その涙で縮んだ胸の火には、強い光が灯った。
それを見て俺は漸く、皆の最期が理解できた。
火は移り、継がれていくのだ。
テーマ:『開けないLINE』
(電話…いや、それともメール?いや、どっちも重いよね。
なら他のSNSで…
あっ他のSNS、知らないや。)
最初の困惑はそんな風だった。
LINEが使えなくなっていた。
家族や世間の様子を見る限り
社会問題…というよりかは、私的な問題のようであり、
詰まる所、私のスマホだけが故障、エラーを起こしている様だった。
「あっ、いま学校終わったんだけど…
うん。今朝言ってた通り、ちょっと本屋さん寄ってくるから。」
家族との連絡は何も問題が無かった。
1日中話すことも珍しくない間柄の相手だ、何も気負わずに電話が出来て、
そんなことをしなくても、嫌になるくらい時間が共有される。
…問題は友達、もっと言えば、知り合いとの関係だった。
「ねえ、昨日締め切りだった、あのアンケート、出してないの貴方だけなんだけど…」
「えっ、あっ、ごめん。
でも、それ私聞いてない。」
「LINEで募集してたアレよ、アレ。」
「あぁ〜、ごめん。
ちょっと今LINE使えんくなってて…」
「ホントに昨日のアレ、面白かったよね。いや、マジあんなオチになるとは予想もできんかったわ〜」
「ねぇねぇ、何の話?」
「あれだよ、あれだよ。昨日回ってきたLIVE動画の。皆、喰い付いて、勝手に実況始めちゃって…大大盛況だったじゃん。」
「ちょっと、前、言ってたの忘れたの。LINE使えないって」
「あっ、ごめん。つい。」
「許して使わす。というか何言ってんの。別に謝ることなんかじゃないよ。
それより、そんな面白かったの?それ。」
「うん。あーかいぶ、あったはずだから見てみるといいよ。ほら確かこの履歴の…」
連絡を取る前にとれる手段、そしてとる相手との親密度を考える。
そんな一手間が私とLINEで繋がっていた彼女達との距離を空け、
未だ繋がったままの彼女達の話の早さが、
そのままで置き去りになった私に、
囚人のような疎外感と劣等感を感じさせた。
私はふと、
喋れなくなったみたい
なんて思った。
…他のコミュニケーションで十分に代用可能ということは、分かるから過剰な例えだとも思ったが、
けれど、筆談を勧められる人の気持ちってこんなものじゃないかと、
私には何となく、
そう、あくまでも何となく、
思ったのだ。
結局、2週間位でLINEは使えるようになった。
私はこの2週間の間にで何か大切な連絡があるかどうかを確認して、
案の定、別にそんなものはないことを理解して、
それから、そこそこ仲の良い彼女達に尋ねた。
「ねえ、なにかオススメのSNSって知らない?」