耳を澄ますと
聞こえてくるのは柔らかな歌声。
いつまでも聴いていたい温かい子守り唄。
私は、この人を知っている。
でも…顔が思い出せない。
小さい頃の友達だろうか?
「あなたは、誰?」
名前を聞きたいのに、だんだん意識と歌声は
離れていく。
代わりに、聞き慣れたスマホのアラーム音が
大きくなっていった。
目が覚めたらいつも通りの部屋。
クローゼットに机、テレビ、ベッドサイドには
お気に入りの西洋人形。
「あの夢は、一体何だったんだろう。ただ心地は良かったな」
西洋人形の頭を撫で、着替える準備を始めた。
私の後ろで、西洋人形が少し微笑んだことに気付くことはなかった。
カラフル
人間の記憶とは、カラフルなものだ。
やわらかな色から深淵の闇のような色まで、多岐にわたり実に興味深い。私は、人間の記憶を取り扱うお店を経営している者だ。
記憶はどうするのかって?
人間は嫌な記憶や忘れたい思い出を手放し、心の傷やトラウマの削除や整理をすることができる。
私たち人ならざる者たちは、人間の欲求を知り新しい魔法や呪術を生むヒントにする者や人間を飼うための勉強資料として活用する者と多岐に渡る。
つまりお互いにとって有益なビジネスなのだ。
だが最近は、人間界も色々大変なようだ。
心に闇や傷を抱えた人間が相談に来ることが昔より増え
たと記憶を納品にきててくれた魔法使いも話していた。
おそらく、人との繋がりが希薄になったのも原因のひとつだろう。私もお客様から記憶をいただく施術で、くるしい記憶を見る頻度が増えそれを実感するようになった。
ただ…記憶はその人間を形作るもろく儚いもの。
限度によっては、子どもがえりや自分が誰かわからなくなる実例もあり、どこまでいただけば正しかったのかと後悔することもあった。
閉店後に店の奥に向かう。座っているのは1人の人間。
寂しかったのか手を伸ばしながらこちらを見つめている。この子は辛い記憶は全て手放すという契約を交わし、引き換えに子どものようになってしまったのだ。
この子もそれをわかった上で契約を交わした。
優しく抱きしめて頭を撫でながら囁いた。
「さあ、一緒に帰ろうか。今は何もわからなくて心配だよね?でも大丈夫。君の心はきっとカラフルに変わる。それまで私が守るから、安心してね。」
楽園
美しい花々が咲き誇り
夜空には満天の星が広がる
それが私の思う楽園である
生きる意味
長生きできなくていい
ただ、大切な人がこれから先
自分がそこにいなくても
幸せに生きられる人生を作ること
穏やかにでも後悔しない人生を送ること
そして最期にいい人生だったと思えること
人生の最終的な生きる意味は
そこにあるのかもしれない
流れ星に願いを
天体観測が好きな幼馴染に誘われて
街でも星がよく見える場所に来た。
「流れ星綺麗だねぇ」
「本当ね」
2人で目を凝らしながらベルベットのような夜空を見つめていた。
「お願いごとできた?」
わくわくと尋ねる幼馴染に
「できたわよ。でも、話すと叶わなくなるって逸話があるから秘密ね?」
「そうなんだよね。話せないのが惜しいけど、私も秘密にしておくね」
顔を見合わせると、どちらからともなく笑いが込み上げてきた。
願いごとは、ただ一つ。大好きな幼馴染と何歳になってもこうやって星空の下で笑い合えていますように。
笑い合う2人のように、2つの流れ星が夜空を駆け抜けていった。