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6/22/2024, 5:31:24 PM

『日常』


 朝起きて、顔を洗って歯を磨く。机の上に置かれたリモコンを操作し、テレビの電源を入れる。
 そこに映るのはよくある朝の情報番組で、それを見ながら飲むコーヒーが、妻と食べる朝食が、ずっとそこに在るのだと思っていた。
 遠くで鳴り響く爆発音が全身の筋肉を強張らせ、ハンドガンを握る手には嫌な汗が吹き出し始める。
 夜明け前の街の一角、今は無人となった教会に身を潜めた俺達は、たった六人でこの場所に置き去りにされ、死の恐怖に、家族と会えない悲しみに打ちひしがれていた。

「碌な武器も物資ない、俺達は見殺しにされるんだ!」

 誰かが不満を口にした。見殺し……そのとおりだ。当初は大勢の歩兵、戦車がこの街に配備され、敵戦力の侵攻を阻止する為に、皆が必死に戦い、前線を維持していた。
 我々の部隊は敵の基地を発見、それを破壊する命を受け行動をしていたが、急遽街の放棄を言い渡され、撤退する事となった。ただそれはあまりにも突然で、後方基地へ帰還する為の足も支援も失った我々はどうする事も出来ず、敵の包囲の合間を縫って徒歩で移動する他ない状況であった。
 敵地のど真ん中に取り残され、三日――食料は底をつき、残された武器は人数分のハンドガンが六丁とその弾薬、そして手榴弾が二個。誰がどう見ようと、絶望的な状況である事は間違いない。

「無理でも無謀でも、必ず生きて帰るぞ……」

 生きる。それ以外に言葉は出なかった。
 銃の安全装置を外し、扉の隙間から外を確認する。
 ――見つかれば全てが終わる。生きろ。生きるんだ。腕が折れても足が取れても、家族に会うんだ。
 震える足に鞭を打つように、何度も何度も自分に生きろと言い聞かせ、薄暗い街を駆け出す。
 家族と過ごす、平和な日常の為に。

6/19/2024, 4:35:02 PM

『相合傘』


 いつもと変わらない放課後、いつもと同じ玄関先で、空を見上げ「ついてないな」と君が呟く。
 シトシトと降り続ける雨の中に走り出そうとする彼女の手を掴み、僕は傘を差し出した。
「傘。よかったら使って」
 一言二言しか交わした事がない。名前しか知らないような関係の僕が、突然こんな事を言い出したら困るだろうか。嫌がるだろうか。少しの不安はあったが、彼女の表情を見て杞憂に過ぎない事が分かった。
「本当? いいの?」
 無邪気な様子でこちらを見る瞳が、子犬のようで、頭を撫でたい衝動に駆られる。
「大丈夫、親が迎えに来るんだ」
 それは嘘だったが、濡れて帰って欲しくなかった。
 夕雨を見つめる横顔が、とても綺麗に思えてしまったから……。
「ありがとう。優しいんだね」
 そう言って傘を受け取ると、彼女は雨の中を少し足早に歩いていった。
 この日見送った背中は、今は隣に並んで肩を温めてくれている。