《幸せとは》
「——なあ、弟子よ。幸せってなんだと思う?」
「不幸せではないこと、でしょうか」
「なら不幸せじゃなければ全部幸せか? 例えばそう、毎日生きていくのに困らない衣食住が揃っていれば、それが幸せだと思うのか」
「はい、そう思います。そうではないのですか?」
「そうとは限らないのさ。例えば、衣食住が揃っていても独りだったら寂しく思うかも知れない。それは、幸せとは言い切れないだろ?」
「たしかに、寂しいというのは不幸せだと思います」
「なら、幸せ、ってお前はどんな時に感じる?」
「……そうですね。今、でしょうか」
「今? それはどういう……」
「孤児だった私を、お師匠様が拾って下さったからです。だから今私は生きていて、お師匠様とこうして向かい合って座って会話をする事が出来る。それを、幸せだと思ったのです。……これは、違いますか?」
「違う訳じゃないが……それは、不幸せだったから、幸せだと思えるんだろうよ」
「……でしたら、ずっと幸せな人はいないのですか?」
「それはいい質問だな。ずっと幸せな人は、きっといない訳じゃない。けどな、それに気付ける人はとても少ないんだよ、悲しい事に」
「よく、わかりません」
「もう少し考えてみな。お前ならわかるよ、絶対」
「…………幸せな人は、その環境が当たり前で。だから、もっと沢山の幸せを受けないと、幸せを感じる事が出来ない……とか、でしょうか」
「お! 偉いなあ、正解だ。……一度でも、不幸せを知った奴は少しの幸せに気付きやすい。でも、幸せの中にい続けている奴は気付きにくいんだ。ただし、幸せを手にすれば人は、慢心しないようにとどれだけ思っていても麻痺っちまうのさ」
「では私も……」
「お前は大丈夫だよ。俺の『幸せと感じる時はいつか』って質問に対して、今この瞬間だ、って答えれてる時点でな。……ただ俺としちゃ、寝てる時、みたいな答えかと思ってたんだけどな」
「寝てる時も、です。だって、お師匠様も一緒ですから。……ご飯を食べている時も、教えて貰っている時も……今は、どの瞬間も幸せです」
「お、おう……なんかそう言われると照れるな……」
「あの、お師匠様。幸せとはなにか、わかりました」
「お前の答えを聞かせてくれ」
「はい。幸せとは——どんな環境に身を置かれようとも、心が満たされている状態の事だと思います」
「へぇ……?」
「私は天涯孤独ですが、こうして血縁関係がなくともお師匠様が側にいて下さいます。お師匠様は、壊れかけていた私の心を救って下さった」
「それだと俺は、お前の周りの環境を変えただけだろ? 心が救われたってのも、誰かに酷い扱いをされないという環境に変わったからだろう」
「それも、間違ってはいません。ですが、現にこうして私は幸せを感じる事が出来ています」
「だからそれは、」
「お師匠様は寝起きが本当に悪いです。何度起こしても起きないし、起きたら起きたで一時間は使い物になりません。料理も下手で黒焦げのなにかしか作れません。自ら厄介事に首を突っ込んで、大事になって初めて逃げ出そうとします。結局解決はしますが、報酬を受け取らないので貧乏まっしぐらです」
「急に俺の罵倒始まった? 弟子ー?」
「第一服装も気にしないから基本だらしないです。髪も寝癖まみれで私が指摘しても直しません。最後はなぜか余計に絡まってから私に頼んでくる情けない大人です。お酒にはそこそこ強いですが酒癖は悪いのですぐ未成年の私に大声で酒を勧め、絡み続けて数時間後に眠るので非常に迷惑です。体格差凄いから重いのにいつも肩を貸して歩くせいで、痛くなります」
「そ、それは悪い……てか、幸せどこいった?」
「お師匠様には、他にもたっくさんダメなところがあります。それこそ、私に不幸せを呼んできます」
「弟子だよな? 酷い事言い過ぎだぞ? 泣くぞ?」
「ですが、私はそんなお師匠様が側にいて下さることで幸せを感じるのです。本来、幸せなんて感じる訳がないことしかしない、お師匠様がいて下さることで」
「……色々言いたいことはあるが、なるほどな」
「なので結論は、心が満たされている事、それが幸せなのです」
「それも一つの答えだろうよ。結局はなんでも正解って言うつもりだったんだが……まあ、いい答えなんじゃないか?」
「そうでしょう? ……その、言い過ぎたかとは思いますが、」
「謝る必要はない。俺は気にして——」
「いえ、全部事実ですので改善を要求します」
「生意気になったなァ、弟子よ」
「お師匠様の逆ギレに驚きです」
「おー! いいぜ、喧嘩なら買う! ボッコボコにしてや、」
「いいんですか? こんないたいけな少女に手を上げて。絵面最悪だと思いませんか?」
「……反論できねぇっ! …………成長したな」
「この流れでなんですか、変態」
「なっ!? なんでそうなるんだよ」
「喚かないで下さいよ」
「おい弟子! 急に態度でかいって、本当にお前俺の弟子か!?」
「はいはい。私は、お師匠様の弟子に決まってるでしょう?」
「だっ……だよなあ?」
「……ふふっ」
「……まさか、とうとう師匠を揶揄いだした!?」
「そんなことありませんよっ……お師しょッ……様」
「笑い堪えたろ、今」
「そんっ……なこと、ありませんっ」
「隠す気ないだろ……」
「だって……ふふ、あっはは!」
ああ、今なら間違いなく思える。
——私、とても幸せだ。
——俺、幸せなんだな。
《日の出》
「そんなに珍しいものじゃないのに……」
そうぼやく弟は、兄の背中を追いかけていた。
昨夜唐突に、裏山で日の出を見たい、と兄が言い出したのだ。
一人で行くものだと思ったから、夜中の三時に起こされたときは驚いた。
自分も行くのか、と。
「なに言ってんだよ! 裏山から見てみろ、すっげぇきれいで最高だぞ」
「……わかったよ」
なんだかんだ兄には勝てない。
それに、楽しそうに話す兄を見て興味が湧いたのも嘘ではない。
家の裏にある山は標高が低く、一時間もあれば子供の足でも頂上に辿り着く。
その頂上で日の出を見よう、という訳だ。
「お父さんとお母さんにバレたら怒られるよ?」
「だーいじょうぶだって。日の出見れたらすぐ帰るつもりだから、余裕で起きてくるまでに帰れるし!」
最悪見つかったら俺のせいにしていいよ、と笑う兄は、両親に心配され叱られるであろうことを気にしていなさそうだ。
曖昧に頷いて、草をかき分ける。
そうこうしている内に、到着した。
「……まだ、おひさま出てきてないね」
「でも後ちょっとだろ! 待ってよーぜ」
嬉々として石に座り、兄は目を輝かせる。
夏とはいえこんな時間に外に出る格好ではなかったかもしれない。
少し肌寒く感じ、弟は兄の隣に引っ付くようにして座った。
それから、どれほど時間が経ったのだろう。きっとそんなに経っていなくて、十分程度かもしれない。
「ほら、来たぞ……!」
兄の言葉に急かされるようにして、うつらうつらと下がっていた顔を上げた。
「————」
きれいだった。
ここから見える景色、家々の全てを柔らかく陽の光が照らしている。優しい温もりに包まれたかのようで、寒さを感じていた筈の体は内から溶かされるようだった。
そしてなにより。
兄が、嬉しそうに、それでいて楽しそうに弟に笑顔を向けていたのだ。
「……な、きれいだろ」
「うん、すっごくきれい」
日の出なんて、どこでも見ようと思えば見れる。
だけど、この日の出だけは。
兄弟にとって、特別な『日の出』だ。
《今年の抱負》
健やかに過ごせますように……
《新年》
あけまして、おめでとうございます!
僕の書いた文章を読んで下さっている方、もっと読みたいと思って下さる方。
本当にありがとうございます。
これからもどうぞ、よろしくお願いします。
現実的な話はこれくらいにしておきます……。
《良いお年を》
あ、あー
これ、聞こえてますかね?
おーい、聞こえます?
まあいいか、聞こえてるってことにします。
えっと、何言うんだっけ。
忘れちゃったな。
うん、そうですね。
取り敢えず今年も終わりですね。
お疲れ様でした!
笑顔で終われたらいいです、多分、きっと。
それでは!
みなさま、良いお年を〜!!