《日の出》
「そんなに珍しいものじゃないのに……」
そうぼやく弟は、兄の背中を追いかけていた。
昨夜唐突に、裏山で日の出を見たい、と兄が言い出したのだ。
一人で行くものだと思ったから、夜中の三時に起こされたときは驚いた。
自分も行くのか、と。
「なに言ってんだよ! 裏山から見てみろ、すっげぇきれいで最高だぞ」
「……わかったよ」
なんだかんだ兄には勝てない。
それに、楽しそうに話す兄を見て興味が湧いたのも嘘ではない。
家の裏にある山は標高が低く、一時間もあれば子供の足でも頂上に辿り着く。
その頂上で日の出を見よう、という訳だ。
「お父さんとお母さんにバレたら怒られるよ?」
「だーいじょうぶだって。日の出見れたらすぐ帰るつもりだから、余裕で起きてくるまでに帰れるし!」
最悪見つかったら俺のせいにしていいよ、と笑う兄は、両親に心配され叱られるであろうことを気にしていなさそうだ。
曖昧に頷いて、草をかき分ける。
そうこうしている内に、到着した。
「……まだ、おひさま出てきてないね」
「でも後ちょっとだろ! 待ってよーぜ」
嬉々として石に座り、兄は目を輝かせる。
夏とはいえこんな時間に外に出る格好ではなかったかもしれない。
少し肌寒く感じ、弟は兄の隣に引っ付くようにして座った。
それから、どれほど時間が経ったのだろう。きっとそんなに経っていなくて、十分程度かもしれない。
「ほら、来たぞ……!」
兄の言葉に急かされるようにして、うつらうつらと下がっていた顔を上げた。
「————」
きれいだった。
ここから見える景色、家々の全てを柔らかく陽の光が照らしている。優しい温もりに包まれたかのようで、寒さを感じていた筈の体は内から溶かされるようだった。
そしてなにより。
兄が、嬉しそうに、それでいて楽しそうに弟に笑顔を向けていたのだ。
「……な、きれいだろ」
「うん、すっごくきれい」
日の出なんて、どこでも見ようと思えば見れる。
だけど、この日の出だけは。
兄弟にとって、特別な『日の出』だ。
1/4/2024, 3:52:51 AM