『線路』
私の部屋の窓からは、線路が見える。
線路とはいっても電車は走らない。
廃線となった寂れた線路だ。
生えっぱなしの草が、今では我が物顔で占拠している。
ある映画のワンシーンに憧れて、線路をこっそり歩いたこともある。
夏だったこともあって、無数の蚊に刺されて二度と近寄らなくなったけど。
だけど、虫刺されを気にする必要のない、この部屋から眺めるのは好きだ。
視界に影が入り込んで、線路を見ると、遠くのほうから電車が見えた。
廃線だから、もちろんそんなことが起こるはずもなく……。
「あー、なるほど今週もか」
仕事疲れの寝不足状態、気力体力0状態ーーそんなコンディションのときにだけ、なぜか走る電車が見えるのだ。
幻の電車は陽炎の中を突き進んでくる。
私はそれに向かって手を振った。
「やっほー。元気ですかー?」
なんて、意味のない言葉を見えない乗客に投げかけてみる。
当然、反応はない。
「私は生きる屍じゃー!」
そう自棄になって叫んでも、やっぱり反応はなかった。
「そっちはどうですかー?」
と、聞くけれど、もちろんこれにも答えが返ってくるはずもない。
でも、なんとなくだけど、この線路の先に向かって本当に走っているんじゃないかなって。
私は漠然とそう思っている。
そして、たまたまこのコンディションのときだけ私の目にも見えるんだ。
だから、私は今回も語りかける。
「週明けから、またがんばります!!」
私の言葉が届いているかはわからないけれど。
それでも、こうして私は線路の先へと思いを馳せることが好きなんだ。
完
2024.9.26
『さよなら来世、まだ現世』
ばあちゃんが静かに語りかけてくる。
いいかい?よくお聞き、と。
「わたしたち妖怪の存在は人間さまのお陰であると知りなさい。恐怖を与えるのは、ただひとりの人間さまの為にするものではない。多ければ多いほどいい。
ー…、おまえは人間さまから忘れられてはいけないよ。そうなったら、人間さまの恩恵から与えられるわたしたち妖怪の存在は、形をなくすのだから」
わたしは五歳だった。
それを理由に言いわけをするわけじゃないが、当時は難しくて理解できなかった。
それよりも、長時間正座をしていたからか足の痺れの方が気になった。
ごまかすように、小さく足の指を動かす。
ばあちゃんが説教する時はいつもくどく、そして終わりが見えない。
ポケッとそんな風に意識をそらしていたら、苛立つ気配を感じて、慌ててうなずいた。
話は、ばあちゃんが納得するまで続いた。
きっと、わたしがちっとも理解できていないことに気づいていたんだ。
いつまでも終わらないことが、それを証明していた。
ばあちゃんが繰り返し教えてくれた言葉。
その言葉の意味を理解できるようになったのは、わたしが百歳をこえたあたりからだ。
わたしの夢は来世で猫として生きることなので、さっさと現世を終わらせたい。
妖怪なんて、もともとあってないような、形のないものなんだし。
だから、わたしは誰ひとり驚かす真似もせず、絶賛引きこもり中だ。
だというのに、いまだにわたしたち妖怪を信じるものがいるもんだから、夢の実現は未確定だし、ばあちゃんもまだ当然、生きている。
完
2024.9.25
『少年イカロス』
「てっぺんまで登ると、太陽に手がとどくんだ」
俺のとなりで、ジャングルジムに登っていく遊歩が言った。
「そうなの?すごいね」
そう答えるも、俺は信じてなどいなかった。
でも、遊歩は真剣だった。
「うん。だから、登るんだ。登って世界ではじめての太陽にふれた人間になるんだ」
それからは、二人して黙々と登った。
てっぺんから見える景色はいつもの公園でしかなかった。
当然、太陽だってはるか頭のうえだ。
「イカロスにならずにすんだね」
ちょうど音楽の時間に習ったばかりの歌を思いだす。
所詮、人間は太陽にはさわれない。
わかっていたことなのに、なぜかひどく落ち込んできた。
「遊歩?」
ずっと黙ったままの親友が気になり、横目で彼を見た。
遊歩は器用に腰かけながら、両手をめいっぱい空へとのばしている。
キラキラと瞳をかがやかせながら、「あったかいな」とつぶやいた。
「え?」
「すげぇ。な?そう思うだろ?」
遊歩はニッと笑顔を浮かべながら、俺に同意を求めてくる。
彼と空とを交互に見るも、太陽の位置はかわらないままだし、俺は遊歩のようなかがやきも持っていない。
キラキラな心を持ってジャングルジムに登ったら、感じ方もかわるとでもいうのだろうか。
遊歩、おまえは太陽にさわれたのか?
結局、真偽を確かめることもできないまま、その日はサヨナラした。
俺はまだ子どもで、頭のなかの世界はすごく狭くて、自分のまわりのことだけが全てだった。
大人になれば、世界は拡がっていくのだろうか。
だといいな。
そう思っていたのは、昔のことでーーー。
上司からのチクチク言葉を反芻しながら、公園のベンチに座り空を見上げる。
太陽に手をのばしつつ、かつての親友でもあった遊歩を思いだしていた。
彼とは中学にあがり、少しずつ疎遠になっていった。
なあ、遊歩。
今もかがやきを忘れていないか?
今も心にイカロスを宿しているか?
そのイカロスは、大人になった傲慢さで太陽に焼かれていないか?
どうか、かがやいたままのおまえでいてくれ。
できうるならば、いつまでもそうであって欲しい。
それがひどく一方的な願いと知りながらも、強く思わずにはいられなかった。
完
2024.9.24