「田中さん、田中さん、ちょっと今いい?」
『あら、三浦さんどうしたの?私あと5分で休憩終わりやからそれまでなら』
「来週の金曜日、夕方からのシフト入れてたんやけど都合悪くなってしもてねぇ。申し訳ないんやけど交代してもらえへんやろか?」
『あら珍しいね?何か急用でもできたん?息子さん帰ってきはるとか?』
「違うのよ…それがね、こんなこと言って信じてもらえへんと思うんやけど…この間道端で子犬というかね、厳密には子犬じゃないんやけど…」
『えぇ何?歯切れ悪いわねぇ。拾ったの?』
「子犬というか…魔獣?」
『魔獣!?』
「そうなんよ〜、魔獣にね、世界を救って欲しいって頼まれちゃってね」
『それってよくある…魔法使い?魔法少女みたいなこと?うちの娘が小さい頃アニメみてたわ』
「まぁそうなんよ。そういうこと」
『えぇ〜!!まぁ信じるとして…それってもっと中学生とか高校生の女の子がなるもんなんじゃないの?』
「そうでしょ、私もそう思ったんよ。魔獣にもそう言ったんよ。そしたらね、”最近は親の許諾なしに未成年をスカウトすると後々法的な問題に発展するケースが多いピピ!”言うてね。あと、ほら、最近の子ってあれでしょ、ドタキャンとかも多くで現場に来なかったりするんやて」
『そういうもんなん?うちの店長とおんなじ様なこと言うわねぇその魔獣』
「それでね、断ろう断ろう思ったんやけどだんだんそのピピちゃんが可愛く見えてきてねぇ、私でよければ、って引き受けちゃったの。それで世界征服企んでる魔女が現れるのが来週の金曜日っていうのよ」
『あらぁ、そら断れへんねぇ!そやけど申し訳ないんやけどね、私もその日用事あるのよ。代わってあげたいのは山々なんやけどね』
「そうやんねえ、いや急に言うてこちらこそごめんねぇ。松本さんと勝元さんにちょっと聞いてみるわ!ところで田中さん、ご予定ってなにがあるの?いつもの社交ダンス?」
『こんなこと信じてもらえへんと思うんやけどねぇ、その日は世界征服のためにこの町を襲いに来る予定なの。あら、休憩終わりやわ。じゃあね、ごゆっくり!』
お題:別れ際に
5羽のカササギ おうちに帰る 窓の外
美味しいスープはカボチャの味
コウモリ4匹 夜を知らせる 窓の外
「今夜は魔法が強いから ぜったい窓を開けちゃだめ」
ひそひそ声でママが言う
ネズミが3匹 走って逃げる 窓の外
あったかシャワー ふんわりタオル
黒猫2匹 ネズミを狙う 窓の外
シナモン香る あつあつココア
満月1つ 魔女が横切る 窓の外
ふかふかベッド おやすみなさい
お題:窓から見える景色
その人は生前、幼いわたしにこう言った。
「大切なものは手に取れるものばかりじゃないんだよ。
むしろ本当に価値があるのは触れられないもの、形の無いものかもしれないね。きみもそういうものを大切にしなさい」
その時のわたしはまだこの言葉の意味なんて理解できなかった。
わたしにとって大切なのは、お気に入りの絵本、ぬいぐるみたち、それから、昨日買ってもらったばかりの靴。
触れられない大切なものってなぁに?
そんなわたしに、その人は優しく微笑むだけだった。
それから数十年が経ち、その人はいなくなってしまった。
みんなは大往生だというけれど、寂しいものは寂しい。
思い出すのは幼い頃におんぶしてもらった日のいつもより目線の高い景色、家族に内緒で吸っていたタバコの匂い、縁側で一緒に飲んだ苦いお茶と甘いおまんじゅうの味。
それから、あの日の言葉。
その人との思い出は、時間が経って少し輪郭がぼやけてしまっているけれど、確かにわたしの心の中に存在していた。
これは今となっては、わたしだけの思い出。
ああ、おじいちゃん。本当に大切なものって。
葬儀が終わり数日経った頃、祖母がわたしを呼んだ。
「おじいちゃんが自分が亡くなったらあなたにこれを渡して欲しいって。私も何が入ってるのかは知らないのよ」
渡されたのは綺麗な刺繍が施された小さな袋。
特に厳重に封がされているわけでもなく、ジッパーをひらけば簡単に中身が出せそうだった。
祖父からするとわたしが唯一血の繋がった孫だった。
でもなんで、おばあちゃんやお母さんじゃなくてわたし?
とりあえず受け取って自分の部屋に戻る。
出てきたのは小さな紙切れ1枚。
アルファベットの羅列が書かれていた。
言葉…じゃない。URLだ。
スマホでURLにアクセスしてみる。おそらくこれは動画投稿サイトのアドレスだ。
そして目に飛び込んで来たのは、メントスを口に含んだままコーラをのむ祖父の姿。
驚きで声も出なかった。
その後も流れるのは使い古されたチャレンジネタに意気揚々と取り組む様子。
世界一辛いソース入りロシアンシュークリームまできたところでスマホをベッドに投げ捨てた。
なんで?なんでこの秘密をわたしに?
おじいちゃん。
形の無いものにもいろいろあるね。
価値のないものも確かにあるって。最後にそれを教えてくれたんだね。
お題:形の無いもの
オープン当初はダンベルトレーニングをするゴリラばかりだったこのジムも、開店から三年を迎え、ありがたいことに様々な動物たちが訪れるようになった。
ランニングマシンにはジャガーやピューマの姿が見られ、ゾウたちからはレッグプレスが人気である(文字通り"プレス"されてしまい、修理費用が嵩むのが悩みのタネだ)。
競泳用プールを覗けばたいていワニかカバが泳いでいる。
現在は小型のサルからの要望が多いボルタリングコーナーを建設中だ。
併設のカフェでは色鮮やかな鳥たちが噂話に花を咲かせている。あまり上品とは言えない羽音と鳴き声に、他の動物たちは辟易してしまい近づかない。
先月床の補修が終わったばかりのダンススタジオでは新たに、ヨガとピラティスクラスの開講を検討しているが講師の数が足りていない。
給与基準を引き上げ再度募集をかけてみる必要がある。
…ジャングル唯一のジムの経営者のつぶやき
お題:ジャングルジム