『鳥かご』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
鳥かご
瓶に詰めた星をあなたに贈りたい 願った時にはそこにあなたが居た
確かにさっきまで光ってた星は 既に綺麗に身に付けてたようだ
内だと思って覗いた鳥かごは どうやら外の世界だったんだ。
ベッド、本棚、ローテーブルとソファ。天井近くの窓からレースカーテン越しに降り注ぐ日差しは、白くあたたかい。
「君に羽があれば良かった」
安全で柔らかいこの空間にはとても似合わない、沈んだ、蚊の鳴くような声で彼は呟いた。床に膝をつき、淡い色のシーツに顔を伏せては不安定な呼吸を落ち着かせている。
ベッドの上、それを隣で眺める少女は呆れたように息をついた。とっくに内容を覚えた本をぱたりと閉じ、小さな手を彼の背中に置く。こうすると少しはマシになることを知っていた。慣れ始めていた。
「君が鳥みたいに、勝手に遠くに飛び立ってくれたのなら。そうしたらきっと、諦めもついた」
彼の言葉の節々から滲み出るのは後悔に違いなかった。ここに至るまでにさんざん踏みつぶしてきた良心や理性が今になって起き上がってくるのだ。牙を向き、解消できない不安となって襲い来る。いつからか、度々汗だくで飛び起きるほどの悪夢に苛まれるようになっていた。
「馬鹿な話。そもそも勝手に拐って鍵をかけたのはあなたでしょ。どうせそう簡単に諦められなんかしないのに」
「捕まえようと手を伸ばしても届かないものなら良かったんだ。ああ、わかってる、わかってるよ。今更何を言ったって僕は悪人で、君をどうしたって幸せにすることなんかできやしないって。知ってるんだ」
欲しいものも穏やかな生活も、人生の一部を削って与えるのでさえ、結局は彼の自己満足に過ぎない。最善の選択肢はとうに辿れなくなっている。もしくはそんなもの、二人の関係には初めから存在しなかったのかもしれない。無であるべきだった。
彼の懺悔とは裏腹に、少女が上げた視線の先、たった一つの出入り口は相変わらずきちんと閉ざされている。
「じゃあ、扉を開け放てばいい。たったそれだけの簡単なことで、私は少しでも幸せに近づけるの。あなたのおかげで。もちろん、遠ざかっていたのもあなたのせいではあるけれど」
交渉は沈黙で返されるのが常だった。今回も同じ。
そうして数秒から数分に渡る彼の長考を経て、少女はいつも代わり映えしない答えを得る。
「……それは、ごめん。できない。君がいなくなったら僕は本当に死んでしまうだろうから。生きていく理由も、術も何もかもわからなくなってしまう。
自分の決断で君をはなすのが、その後が。僕は何よりも恐ろしい」
だから自分の手には負えないような形で、勝手に、事故のようにあっさりと居なくなってほしいだなんて。無茶な話だった。ひとりじゃ到底手の届かない窓を見上げ、少女はまたため息を零す。
彼は自身の罪に謝罪を繰り返すくせに、その手にある鍵だけは絶対に手放そうとしない。恋心に盲目なまま作り上げた狭い楽園を壊したくないと首を振る。
「かわいそうな人」
それでももはや憎しみの感情など浮かばないものだから、少女の方もそういう現象として名前がつくほどには絆されているのかもしれない。
これではどちらが鳥籠なのかわからなかった。
【鳥かご】
男は銀細工の職人をしている。
アクセサリやカトラリー、その他の日用品や装飾品など、気の向くままに作っては店に並べている。
オーダーも受け付けており、先日はフレンチレストランからカトラリーセットを大量に受注した。
大口の注文は有難いのだが、その間は「自分の作りたい物」を作るのが難しくなる。
なので男は、カトラリーセットを無事に納品してから暫くは、自分の好きな物を黙々と制作していた。
ある日、男の工房に来客があった。
工房兼店舗であるので、来客があるのは別に変わったことではない。ただ最近はインターネットでの通販が主流なので、店舗を訪れる客が減っているのだ。
わざわざ足を運んでくれるとは有難い。
やって来た男性は、店内をぐるっと見て回り、ある作品の前で足を止めた。
それは、男が先日まで一心不乱に作っていた作品だ。
好きな物を思う存分に作れるという喜びから、えらく凝った作りになってしまった鳥かごだ。
そもそも鳥かごの材質として銀はどうなのだろうか、とか。大きさの割に凄まじく重い、だとか。貴金属の中では安い方とはいえ、鳥かごにしては冗談みたいな値段がする、だとか。
そういった現実的な部分を綺麗に度外視した作品だ。
まあこんな物を買おうと思うのは、余程の物好きだろう。
自分で作っておきながら、男はそんな風に考えていた。
「すみません、これいただけますか?」
なので、男性がそう言った際、男は思わず「は?」と呟いてしまった。
自分でも実用性は全く無いと思っていた物を所望され、男は何度も男性に「本当にいいのか」と尋ねたが、男性は笑いながら「一目惚れしてしまったので」と答えた。「実際に鳥を入れるわけでもありませんし」とも。
男性はカードで支払いをすると、鳥かごを大事そうに抱えて店を出て行った。
美しく出来たとは自負しているが、あんなのを分割払いしてまで買ってくれるとは。世の中には好事家というものは居るものなんだなぁ。
男はそんな風に思うのだった。
それから一年程度経ち。
男の元に一件のメールが届いた。
インターネットの受注フォームから、オーダーメイドの注文だ。
それは、以前鳥かごを買ってくれた、あの男性からだった。
曰く、例の鳥かごはとても気に入っている。同じような物がもう一つ欲しい。前回と同じようなサイズで再度作っては貰えないだろうか、との事だった。
男はそれに、材料の調達期間と制作期間を加味して、「これくらいの時間がかかるが大丈夫か」と尋ねた。大丈夫だと返事をもらい、男は制作に取り掛かる準備を始めた。
それからも、男性から鳥かごのオーダーが数度入った。
納品した数が5つを数えた頃。
男が見るともなしにつけていたテレビから、情報提供を求める女性アナウンサーの声が聞こえた。
未解決事件の特集番組のようだ。
逃げたまま捕まっていない凶悪犯、ある日忽然と姿を消した女の子、そもそも犯人すら分かっていない殺人事件…。
そういったものを紹介し、情報の提供を呼びかけている。
うちの県も行方不明者多いなぁ…。物騒だなぁ。
そんな事を思いつつテレビを眺めていたのだが、男は一つの事件の報道に釘付けになってしまった。
それは、男が住む県と、その近隣県に跨って起こった(または、現在進行形で起こっている)死体遺棄事件だ。
いずれも被害者は若い女性で、遺体をばらばらに切断され、それぞれ別の場所に遺棄される…という事件だ。
DNA鑑定から被害者の身元は確認されており、現在少なくとも5人が被害に遭っている。
そしてそれら被害者に共通する事項として、遺体の大部分は見つかっているのだが、頭部だけは未だ見つかっていないのだ。
いやいや…。そんなまさか。
考え過ぎ、考え過ぎ。そんな、映画やドラマじゃあるまいし。
そんな風に思いつつも、男は注文台帳を確認した。
そして深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けてから、スマートフォンを手に取った。
「あ、あの…、情報提供になるかどうかは分からないんですけど、構いませんか…?」
数日後、連続死体遺棄事件の犯人が捕まったと、全国ニュースで大きく報じられた。
鳥かご
鳥かごの中の鳥は幸せなのか。
死ぬまで何もしなくていい。
でもその鳥は本当の幸せを知らずに死ぬんだ。
さて、君はどうする?
鳥かご
「私はまるで鳥かごに閉じ込められた鳥のよう。」
偶に小説などで目にするこの言葉。
私は自分の鳥かごがあることは素敵な事だと思う。
自分の帰る場所、安心できる場所があるからこそ、
人は外に出かけたくなる。旅をしたくなる。
だけど、どんな旅人でも死ぬまでに
世界中全ての人と出会うことはできないし、
全ての自然を目にすることもできない。
その意味では、人間はどれだけ頑張っても
自分の鳥かごの中からは逃れられないのかもしれない。
駅からアパートまでの道、その丁度中間辺りにある白い洋館。
この辺りでは一番敷地の広いお屋敷で、ぐるりと鉄柵に囲まれている。
敷地の中には大きな木があって、区の保存樹木に指定されていた。
どんな人が住んでいる?
家族構成は?
ペットとか飼っているのかな?
興味は尽きない。
けれど、何一つ知ることはできなくて、いつも洋館の前を通り過ぎるだけ。
時折聞こえてくるピアノの音に耳をすまして、歩く速度を落としてみる。
音楽の知識があるわけじゃないから、そのピアノが上手いのかどうか、全然分からない自分にちょっぴりガッカリする。
今日も今日で洋館の前を通る。
あ、珍しい、玄関が開いている。
頭ではダメだとわかっている。
けれど体は正直で、好奇心に負け横目で中をチョット拝見。
「鳥かご?」
思わず口に出た言葉を、慌てて仕舞い込む。
木製の、随分と手の込んだ彫刻が施された、そうアンティークの鳥かごだった。
けれど⋯⋯。
もう一度見たい、しかしここで引き返したら不審人物以外の何者でもない。
でもあれは確かに⋯⋯。
目を閉じて、先程のほんの一瞬の光景を思い出す。
「間違いない」
うんうんと、誰にでもなく頷いて、足取り軽く駅に向かう。
洋館については相変わらず殆ど何も分からない。
けれど 、あの洋館には某アニメが好きな人が住んでいる。
⋯かもしれない。
だって鳥かごの中で、首に赤いリボンをつけた真っ黒な猫が、とても気持ちよさそうに寝ていたのだから。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 洋館、だいぶ前になくなってた⋯
鳥かご
このかごの外側が、どれだけ雨風強い場所だろうと、自分よりもどれほど大きい敵がいようと、それでも君は、ここを抜け出して、前に飛んでゆきたいのかい。
久しぶりに書こうと思いました。
今月の半ばくらいですかね。恋人が出来ました。
夜職を初めて約4年。
私はきっとこのままこんな人生を歩んでいくんだろうとなんとなく察していました。
本当についこの間。お客様として来ていただいた方に本当になんとなく。ふと。この人ならなんて期待があったんです。またねの約束を交わして抱きしめられた時に安心感があったんです。4年間の思い出が崩れるくらい。なんだか泣きそうになりました。
そのお客様は何度も通ってくれて、見返りなんてひとつも私に求めなかった。
初めて店外をした時に、彼に尋ねたんです。
彼女、欲しくないの?
彼はいても楽しいし居なくても楽しいって言ってました。
今は彼に風上げしてもらって、養ってもらっています。
1人の方からの愛情だけを受けて、その人を信じてその人に期待を降り注いで初めは不安でした。
でも、不思議ですね。一緒にいるうちに消えないでいて欲しい存在になりました。
1週間後には、一ヶ月後には別れているかもしれない。でもそれでも今はこの幸せを抱きしめてみようと思います。
廃墟で、鳥かごを見つけた。
その中には、青い鳥が入っていた。
綺麗な空の色の鳥、狭いかごの中、空へ羽ばたくことなく眠りについていた。
私は、そっとかごから出した。
鳥かごに収まりたくない僕はまた大空に羽ばたく夢を見た。いつか僕も空を飛んでみたい。
━━━━━━━━━━━━━━━
theme 鳥かご 2024-07-25
縦縞の 眺めにもまた 縦縞の
あゝ遠きかな 恋の囀(さえず)り
#9鳥かご
鳥かご
泣きたい。笑いたい。怒りたい。楽しみたい。
そんな感情に囚われる私。
私が檻を殴ると、檻は少し揺れる。そして、少し歪む。
自分が惨め。何もできない。自分のできることなんて、周りに気を遣わせないように、場合に応じて、笑っておくことぐらい。
急に、自分の無力さに腹が立つ。いや、俺が使えない訳じゃ無い。周りが俺を評価しないんだ。周りが悪い。俺は悪くない。絶対に俺は悪くない。
ハッと我に返ると、自分のダサさが、滲み出ていて、口の中が苦い。自分の愚かさに嫌気がさす。歯が勝負のつかない腕相撲をして、何本か砕け散っている気がする。
こんな生き方は、つまらない。どっかの花火大会にでも行って、俺自身を花火にしてもらいたい。自分など、死んで構わない。だけど、最大級に楽しんで死にたい。わがままに聞こえるけど、それは、割り切っている。全てを我欲のために。
色々な妄想をするが、いつも自分の感情が邪魔をしている。感情が、私を振り回す。それが、どこか悔しくて、私が感情を振り回そうとする。こんな生き方なら、自由を感じられて、心ゆくままに、走り続ける人生になるのだろう。檻をこじ開け、笑みを零すかのように。
→短編・少年と銀鼠の鳥
少年の父親は、銀鼠色の美しい鳥を飼っています。遠い国からやって来た商人から買い付けたものです。
ある日、少年は父親の書斎に忍び込んで、鳥を外へと逃がしました。狭い場所に閉じ込められて可哀想だと思ったからです。
「ホラ、これでどこにでも行けるよ」
鳥は近くの木に止まって少年を見ています。銀鼠色の羽が陽の光を受けて玉虫色に輝いています。キュイと感高い鳴き声を上げて、鳥は飛び立っていきました。ありがとうと言っているように少年には聞こえました。
少年は図書館にやってきました。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは。今日も来ちゃった」
毎日のように図書館を訪れる少年は、もうすっかり司書の男性とは顔なじみです。
少年は気になるタイトルの本を手に図書館の奥に向かいます。
少年はいつもの席に落ち着きます。建物から張り出した円形の小さな空間にある安楽椅子。椅子を取り囲む円形の壁にはステンドグラスがはめ込まれているのですが、どれも光を通さず本を読むにはあまり快適とは言えません。
少年が備え付けのスタンドライトを灯そうとしたとき、司書さんが少年のそばにやってきました。
「ちょっとこっちにおいでよ」
少年を引っ張って広くて明るい閲覧室に連れてゆきます。「あんな暗くて狭い場所よりこっちのほうが快適さ」
少年が何も言わないうちに背中をバンバンと叩いて司書さんはカウンターに戻っていきました。
その優しさを無下にできず、仕方なくその辺りで本を読み始めた少年ですが、集中できず10ページも読めませんでした。
「あれっ?」
図書館から家に帰った少年は、書斎の鳥かごに銀鼠色の鳥を見つけました。
少年はもう一度鳥を逃がそうとしました。少年が鳥かごに指を入れたとき、「止めて」と声がしました。
驚いた少年はキョロキョロと書斎を見回します。
「ここよ、ここ!!」
何と、話しているのは鳥ではありませんか!
「君、話せたの?!」
「私、ここが好きなの」
少年の言うことを無視して、鳥はさも迷惑そうな声を上げました。
「外は広いよ」と、おっかなびっくりの少年。
「だから何? ここは清潔で食事もついてて、イタチやテンに狙われることもない」
「僕、君は空を自由に飛び回りたいんじゃないかと思って……」
「そうね、空も素敵よ。でもね、私はここであなたのお父さんに大事にされて、彼のために歌いたいの」
「ごめんなさい」
自分のやったことが鳥のためにならなかったと知り、少年は肩を落としました。
少年のあまりのヘコみ具合に鳥が慌てて声をかけました。「そんなに落ち込まないでよ」
鳥は体をクルリを背に回すと尾羽根を抜き取りました。
「子どもにそんな顔させちゃ、後味が悪いったらありゃしない。これあげるから、もう余計なことはしないって約束して」
銀鼠色の尾羽根が微妙な色合いでひらひら揺れるさまを見ているうちに、少年の瞼が閉じてゆきました。
翌日、少年は書斎で寝ているところを家の人に発見されました。鳥と話したと言っても誰も信じません。寝とぼけたのだろうとからかわれる始末です。父親を引っ張って鳥と話させようとしましたが、鳥は美しい声でキュイと鳴くだけでした。
「こんにちは、司書さん」
「やぁ、こんにちは。昨日と同じ明るい席を空けてあるよ」
司書さんの朗らかな笑顔に少し怖気づきながらも、少年は言いました。
「僕、いつもの席に行きます」
「暗いし狭いだろうに」
「あの席が好きなんです。本に集中できるから」
司書さんは「なるほどなぁ」と頷きました。
少年は図書館の奥に向かいます。その胸元には、ピンバッチに仕立てた銀鼠色の尾羽根が付いていました。
少年は今日も図書館で本を読んでいます。彼のお気に入りの場所は、ステンドグラスに囲われた安楽椅子。
その外観は張り出した円形状で、ステンドグラスも相まって鳥かごのように見えることを少年は知りません。
テーマ; 鳥かご
鳥籠
子供の頃はなんだか好きだった。
アンティークものだとなお良し。
おしゃれで、なんだかワクワクした。
今はちょっと窮屈な気持ちになる。
なんでだろう。
鳥かご
鳥籠の中の小鳥は、
まるで囚われの姫君の様で、
可哀想だと、思っていた。
だけど。
鳥籠から飛び出したとしても、
外は、余りに危険だらけで、
小鳥は無惨な死を遂げるだけだろう。
一瞬の自由を求め、
その生命を捧げるのか。
生命を永らえる為に、
不自由を受け入れるのか。
広い世界を知らなければ、
狭い鳥籠の中が世界の全て。
鳥籠の中と鳥籠の外。
どちらが幸せかなんて、
俺には解らない。
…だから、俺は。
外の世界なんか、知らない振りをして、
餌だけは与えてくれる飼主の下で、
鳥籠の中でくるくると踊る、
青い小鳥で居ようと思う。
あぁ
目の前にいる
この人を
いっそのこと
好きになれたらいいのに
一生
この鳥かごの中に
いなければならないならば
もう
会うことも叶わない
君のことなんて
思い出さなくていいくらい
好きになれたらいいのに
まるで鳥かごに閉じ込められているかのような少年がいた。
その少年にこう問いかける。
そこから出たくはないか?と。だけどまるで動く気配のない少年を見て思った少年は出たいはずなのに出たがらない。彼は悲観していて、虚しさすら感じるのだ。
さぁ君ならどう声をかける?
深傷心
8年前のあの日。
友達、大切な人、信用、信頼etc.
一生大切にしたいモノが全て失った。
あの日のことはまだ吹っ切れずに
ずっと引きづっている。
「このストーリー何?」
バイト帰りに琢也の部屋を訪れた。コンビニでバイトしていると稀に厄介な客に当たる日があって、今日がまさにそうだった。心身共に疲弊した私は琢也に会いたくなって急遽連絡したのだ。
二つ返事でオーケーしてくれた琢也は、家に到着するまでの間ずっと電話を繋いでくれていた。暗い道が少しでも怖くないように、という琢也の心遣いだ。私に向けられたその優しさが嬉しくて仕方ない。
話を切り出されたのはご飯を食べて、お風呂に入って、髪を乾かし合った後だった。ソファに隣り合って座り、スマホを弄りながら寛いでいたら、琢也が突然スマホをこちらに向けてきたのだ。表示されていたのはSNSの投稿した画像で、同じゼミの同期と写ったものだった。
「水野君と撮らされただけだけど」
「はぁ? 距離近くない?」
正直に答えると、琢也は苦虫を噛んだように顔を歪ませた。声は明らかに不機嫌だった。
「そうかな? これでも肩組まれそうになったから必死に避けたんだけど」
「肩ァ?」
あっ余計なこと言ってしまった。
私はのらりくらりと、かわそうとして火に油を注いでしまった。琢也眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで私を見下ろしてきた。
「美菜子、お前隙ありすぎ」
「うっ、ごめんなさい」
「謝られてもさ、別に何の解決にもなんないの。肩組みを避けるのは当たり前だし。それでもこれは顔の距離が近いだろ」
「えっ、そ、んなことないと……」
私は狼狽えながら琢也の手の中にあるスマホを覗いた。
同じゼミに所属している水野君はゼミ長だけど、連絡事項を教えてくれるくらいであまり話したことがない。
この写真も卒業アルバムの話が出て、ゼミのページに載せる写真が欲しいからとアルバム委員の子に無理矢理ツーショットを撮らされたのだ。仲良しアピールがほしいのか「肩組んで」とお願いされたところを私が断固拒否して隣に並ぶだけにしたのだが。よく見たら棒立ちの私の横に並ぶ水野君は、私の方に体を傾けていた。くっついてはいないけど、確かに近いと思われるかもしれない距離だった。
そもそも、琢也と一緒にいるようになってから、異性とは話さなくなっている。琢也がいい顔をしないどころか、こうやってヤキモチをやくからだ。
「本当にごめん、気が付かなかった」
「ていうかこの写真上げたやつも誰? 何がしたいの?」
「えーっと、アカウント名的に多分アルバム委員の子かな。ゼミの仲良しアピールでもしたかったのかな」
「勝手に他人の彼女が勘違いされそうな写真を上げてまで?」
「今度会ったらちゃんと言う」
マジほんとありえねぇ。
琢也はそう吐き捨てて自分の頭をガシガシと掻きむしった。本当にイライラして仕方ない時の仕草だ。私は琢也の膝にそっと手を置いて、俯く彼の顔を下から覗き込んだ。
「琢也、本当にごめんね。私、ちゃんと気をつけるから」
「あぁ」
「男子とは必要なこと以外話してない。この水野君も滅多に話さない。二人きりにもならないようにしてるし、彼氏いることも周りに言ってるよ」
「うん」
「メッセージの返信も、SNSのコメントも。通知受けたらすぐにやる約束、まだ守れてるでしょ? マメに何しているか知りたいって言ってくれたから、行動する前に送るようにしてるよ」
「うん」
「まだまだ足りないところだらけの私だけど。お願い、信じて?」
両手を琢也の膝に乗せたまま、体重を少し乗せる。下から覗き込んで、琢也の目と私の目が合った。そのまま数秒待っていると、琢也の手が頭から降りてきて、私の腰を掴んだ。
フワッと束の間の浮遊感の後、私は琢也の膝の上で向き合うように座らされた。落とさないようにか、今度は琢也の手が私の背中に回ってグッと引き寄せられた。彼のぬくもりに包まれて、安心してしまった。
「ごめん、信じきれなくて」
「ううん、不安にさせた私が悪い」
「美菜子は悪くない。俺が弱いのがいけないんだから」
声のトーンが下がり、琢也が弱々しく呟いた。本人から直接聞いてないけど、噂で元カノが浮気性だったことを耳にしたことがある。きっと琢也は無意識に浮気されるのではないかと不安がっているのだ。
琢也が私の肩に顔を埋めて、ぐりぐりと押しつけてくる。私は頬に当たる髪の毛がくすぐったくて、子供っぽい仕草に思わず笑みが溢れた。
「そんなことないよ。私、察しが悪いから琢也にばかり無理させてるよね? 本当にごめん。でも全部言ってくれるから、私ちゃんと気をつけようって思えるの。だからもっと言ってほしい」
「うん、ありがとう美菜子。愛してる」
「私も」
私は肩に乗っかっている琢也の頭を撫でた。髪の毛を整えるように手を動かしていると、急に琢也が顔を上げた。びっくりして目を見開くと、次の瞬間には唇が重なっていた。
最初は軽く、チュッとリップ音を鳴らしながら合わさっていたが、どんどん重なる時間が長くなっていく。力なく薄く口を開けると、今度は深い口付けに変わった。お互いの舌を絡ませて、彼の首の後ろに手を回してより顔を近づける。気持ちよくてたまらなくなって、もっと求めてしまう。
次に唇が離れたのは、お互いの息が保てなくなったタイミングで、私は琢也から離した手を自分の胸に当てて呼吸を整えた。すると、腰を下ろしているところに少し違和感を感じた。
「あの、さ」
「あー、うん、そうだね」
琢也は自分の腰を私に擦り寄せた。硬く主張する存在が何なのか、疑いから確信に変わって思わず顔が熱くなった。私の様子を揶揄って「真っ赤」と琢也は笑った。
「ね、明日休みだからいいでしょ?」
「えー。もう、しょうがないな」
私が仕方なく返事をすると、身体がまた浮いた。ベッドはすぐそこだからとても短い時間だけど、毎回私を持ち上げて運んでくれる琢也にときめいている。
そうしてベッドに雪崩れ込み、瞼を閉じて降ってくる甘い痺れに酔いしれた。
もっと私を縛り付けて。
私だけを見つめて、考えて、愛してほしい。
『鳥かご』
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
150投稿目です。
(どこかで1日に2個くっつけて投稿しているのでこの作品は151作品目になりますが、キリ良くしたかった事情のもと投稿回数を今回だけ強調してます)
いつも本当にありがとうございます。
139作品目の時には言い忘れてすみませんでした。
これからもよろしくお願いします。
「鳥かご」
私は外の世界のことを知らない。
外の世界の景色はみえる。
でも、どういうところなのか知らない。
誰も外の世界のことは教えてくれない。
聞こうとすると嫌な顔をされてはぐらかされる。
まるで、鳥かごの中にいるみたい。
私は外の世界が気になる。
みた感じだと、とっても楽しそう。
キラキラしてて、明るくて、ポカポカしてて。
外の世界に行きたい。
どんなところか分からないけれど、ワクワクする。
どうすれば行けるのかずっと考えていた。
ある日、ドアが開いていた。
ここから、外の世界に行けるのではないか。
行ってもいいのかな?
ちょっとお散歩するだけ。
私は外の世界に飛び出した。
出た瞬間、見知らぬ人に踏み潰された。
ぐちゃぐちゃになった。
見知らぬ人はコチラを一度も見ずに去っていった。
外の世界は、思ったより明るくなかった。
キラキラしていない、暗い、ポカポカしていない。
どうして、誰も外の世界のことを教えてくれなかったのか、いま分かった。
あそこにいれば、こんなこと知らずに済んだ。
あそこにいれば、ぐちゃぐちゃにならなかった。
私は愚か者だ。
鳥かごの中にいれば、幸せだったのに。
助けて...。
ここで、目の前が真っ暗になった。