『閉ざされた日記』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
押入れから出てきた日記帳には、鍵がかかっていた。
「こんな日記帳、持ってたかな?」
首を傾げながら、入っていた箱の中を探る。けれども鍵は見つからなかった。
他の箱の中だろうか。すぐには使わないものを押入れの中に詰め込んだ、過去の自分を少しだけ恨む。
「ないなぁ」
押入れから別の箱を取り出し、中を探るが見つからない。箱だけでなく押入れの中も確認したが、それらしい鍵はなかった。
小さく溜息を吐く。
押入れの整理は捗らず、見覚えのない日記帳には鍵がかかっていて中を確認できない。
机の上に置いた日記帳に視線を向ければ余計に疲れを感じて、目を逸らし肩を落とした。
鍵を探すため箱から出したものを戻し、押入れの中に箱を押し込む。押入れを閉めた後で日記帳を片付けていないことに気づいたが、これ以上何もする気力が起きず、ベッドに倒れ込むように横になるとそのまま目を閉じた。
空腹を感じ、目が覚めた。
辺りは暗い。窓の外には夜が広がり、空には星が煌めいている。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
溜息を吐き、ベッドから抜け出し電気をつける。サイドテーブルに置かれた時計を見れば、十時を過ぎている。夕飯には遅すぎる時間だが、軽く何か食べようとキッチンに向かった。
何かあっただろうかと、冷蔵庫の中を覗く。水やお茶などのペットボトルと調味料がいくつか。そして空いた袋の中に残る食パンが一枚。
溜息を吐いて、パンとジャムを取り出した。
「一人暮らしって自由だけど、こういう所が不便」
パンを焼く気にもなれず、そのままジャムを塗る。行儀が悪いと思いながらもパンを咥えつつ、ジャムを戻してお茶のペットボトルを取り出した。
パンをお茶で流し込み、息を吐く。ペットボトルを冷蔵庫に入れながら風呂に視線を向けるが、今から入る気力はなかった。
そのまま部屋に戻り、何気なく机の上を見る。鍵のかかった日記帳。何故かそれが気になって、机に近寄り手に取った。
「いつ書いたんだろう?」
記憶を辿るが、思い出せない。けれど、日記帳は自分のものだ。
そう確信することを不思議に思いながら、日記帳を手にベッドに横になる。鍵はかかったまま。いっそ壊してしまおうかなどと物騒なことを思いながら、少し色あせた表紙をそっと撫でた。
――1月10日。
ふと、頭の中で声がした。
子供の声。びくり、と肩が揺れるが、手は日記帳から離れない。
――お年玉で日記帳を買った。かわいいお花の、カギのついた特別な日記帳。
声は語る。嬉しそうに、どこか恥ずかしそうに、日記を読み上げる。
――カギはふたつ。わたしとあの子のためのカギ。ふたりだけの秘密の日記にしよう。
これはこの日記帳に書かれていることなのか。弾む声が一日おきの日々の出来事を語っていく。
学校のこと。勉強のこと。あの子とどこへ行って、何をしたのか。
一日おきなのは、あの子という誰かとの交換日記だからだろうか。どれもが楽しい思い出のようで、ささいな出来事もすべて特別なことのように語っていた。
恐怖はない。ただ疑問ばかりが浮かんでくる。
この声は自分のものなのか。あの子とは誰なのか。
声はあの子の名前を語らない。僅かに記憶に残る日々を綴り感情が揺さぶられるのに、あの子の顔だけは出てこない。
声が語る内容は一月を過ぎ、二月へと続いていく。一日おきは欠かさず、あの子との日記が綴られる。
そして、日記は三月になった。
――三月。
そこで声は止まる。
何かあったのだろうか。声は沈黙を続け、不安に日記帳に触れたままの手が震えた。
――あの子はいない。
酷く淡々とした声だった。今まで弾むように感情を露にしていた声の突然の変化に、息を呑む。
――日記帳も、カギもない。全部流されて、連れていかれてしまった。だから、わたしたちの秘密はここでおしまい。
感情が抜け落ちた声が告げ、それきり何も聞こえなくなる。
ゆっくりと日記帳から手を離す。体を起こし、頭を押さえた。
「なに……今の……?」
目眩がする。頭が痛い。聞こえた声も、その内容も、自分の記憶も、色々なことがいっぺんに押し寄せて、訳が分からない。
強く目を閉じる。眉間に刻まれた皺を指で伸ばし、深呼吸を繰り返す。
「あの子は、いない……」
確かめるように呟いた。それだけで、浮かぶあの子という輪郭がぼやけていく。
これは、思い出してはいけないものだ。思い出してしまったら、戻ることはできない。
理由も分からないのに、理解できる。その正反対の感覚か苦しい。
「あの子はいない」
何度も繰り返す。言い聞かせるように、祈るように声に出す。
もう一度深呼吸をしてから、恐る恐る目を開けた。
見慣れた自分の部屋。ぐるりと部屋を見回し手元に視線を落とした。
「っ……!?」
日記帳が濡れていた。表紙がふやけ、紙が捲れている。
錆びついた鍵穴に触れれば、その途端にぼろりと崩れ、外れてしまう。まるで枷が外れたことを喜ぶかのように、濡れているはずの紙の端が僅かに膨らんだ。
今ならば、中身を見ることができる。
内側から囁く誘惑に、肩を揺らして頭を振った。
思い出してはいけないと思ったばかりだというのに、思い出したいと思う衝動が恐ろしかった。
あの子はいない。
言葉にしようとして、けれど声が喉に張り付き掠れた吐息しか溢れない。じわりと涙で視界が滲むのが唯一許された抵抗のように思えて、それが無性に悲しいと感じていた。
不意に、背中を撫でられる感覚がした。小さなその手に優しさを感じて、困惑と共に涙が溢れ落ちていく。
苦しい。悲しい。寂しい。会いたい。
たくさんの感情に、押し潰されてしまいそうだ。
「――ごめんなさい」
気づけば、背を撫でる手に謝っていた。
次から次に涙が溢れ、しゃくりあげながら、何度もごめんなさいを繰り返す。
「何もできなくて、ごめんなさい。弱くて、ごめんなさい……こうしなきゃ前を向けなくて、ごめんなさい」
優しい手は、ただ背を撫で続ける。
微かに香る海の匂い。二度と繋ぐことのできない手。それに痛みを覚えて日記帳を抱きしめ、声を上げて泣き続けた。
気がつけば、朝を迎えていた。
重たい頭に眉を寄せながら、体を起こす。ベッドや周りを見るが、日記帳はどこにも見当たらなかった。
「夢……?」
どこからが夢だったのだろう。痛む頭を押さえながら考えるが、何も分からなかった。
深く溜息を吐く。気持ちを切り替えるため、顔を洗おうと立ち上がった。
いっそシャワーを浴びれば、すっきりするのかもしれない。お湯と共に、夢の名残りなどすべて流してしまえるだろう。
そう思いながら、何気なく机の上に置かれたままの新しいスケジュール帳の表紙を指でなぞった。
新年だからと、新しく買ったスケジュール帳。簡単な日記帳としても使えるものだが、日記として使うことはないだろう。
一度閉ざされた日記を、もう一度開ける勇気はない。
「まだ、頭が眠っているみたい」
思わず苦笑する。何故そんなことを思うのか、分からなかった。
「ごめんね」
無意識に溢れた言葉。きっと、夢から抜け出せていないのだろう。
準備を整え、足早に風呂に向かう。
早く目を覚まさなければ。夢など忘れなければ。
夢にしなければ、戻れない。
前を見ることなど、二度とできなくなってしまうのだろうから。
20260118 『閉ざされた日記』
滑らかで、ペンを柔らかく受け止める感触。
空白のページは、
私の全てをつつみ込んでくれた。
毎晩をあれだけ共にした
あなたとの記憶を
振り返る勇気がまだないみたい…
_閉ざされた日記__
『閉ざされた日記』
わたしは毎日日記を書いている。
最初のころは書きはじめるまでに随分と時間がかかっていた。
何十分、下手をすると1時間以上も、ぼーっと机の上を眺めているだけ。頭の中では色々と考えているのだが、何を書けばいいのか、上手く内容がまとめられなかった。
しかし、今ではなんて事はない。
気づけば習慣のひとつとして体に染み付いている。
やはり何事も継続が大切なのだろう。
日記の内容はその日によってまちまちで、自分が体験したこと、考えたこと、今日のニュース、とか。
特に書くことが無ければ明日の予定について綴ることもあった。
それでも、どうしても何もない時は1行目に『特に何もなし』と一言だけ書いて、その日の日課は終了としていた。
それくらい気楽な方がいいと思う。
でなければ、日記なんてもの私には続けられない。
そんな私がそれでも日記を書こうと思ったのは、いつか自分で読み返すとか、死んだあと家族に読ませるためのものとか、そういった類の理由ではない。
私は書き終えた日記は自分でも読めないよう、金庫の中に保管している。
何十年、もしかすると何百年後。
この閉ざされた日記が誰かの手に渡り、それがいま私が生きている時代の歴史を紐解く記録の一つとして、末永く残り続けてくれたらいいな。
なんて、ロマンチックに目覚めたからである。
びーえるかな。
無理矢理開けないで欲しい。
せっかく閉じたのだから。
お前に対する気持ち悪いこの想い。
「なぁ最近お前変じゃね?」
「別に普通だよ」
ふいに覗き込まれて咄嗟に目を逸らす。
想いを押さえ付けている蓋が剥がれ落ちそうだ。
「明らかに俺を避けてるよな?」
間を詰めてくる距離が近い。
離れろよ。
距離を空けようと後ずさるが詰め寄ってくる。
お願いだから離れてくれ。
「気のせいだよ」
咄嗟に右手で彼の胸をやんわり押しやる。
その手を掴まれて逆に逃げれなくなった。
そのままの姿勢で前のめりにまた近付いてくる。
逃さない目線。
「俺なんかした?」
壁際に当たりもう逃げられない。
「俺鈍いからさ。なんかしてたら教えて」
「お前に避けられたら悲しいよ」
真っ直ぐな彼は純粋な気持ちをそのまま直球で俺に投げつけて来て心が抉られて痛い。
「本当にお前が悪いとかじゃないから気にしなくていいよ」
押さえ付けてる想いのページをめくらないように必死で押さえつける。
「それにさ、別に俺たちヤロー同士だし嫌いだの何だのって別にどうでもよくね…っ!?」
言った瞬間に掴まれてる手を強く握られた。
何か言いたげに悲しそうに睨まれて必死で目を逸らした。
何なんだよ一体。
この気持ち悪い状況は何なんだよ。
無理矢理こっちに入り込もうとするな。
閉じた気持ちをはぎ取らないでくれ。
(閉ざされた日記)
目が覚めて車窓に目を凝らす。目的地まではまだ三駅ほどあった。首をほぐして左右に傾けると、耳の奥でゴリッと嫌な音がした。
地下空間の真っ暗な控室で制服に着替えて、あやかしばかりが参加する宴会の給仕係とか。出社してからその日の業務地が発表され、どこまで歩けど辿り着けない仕事とか。近頃そんな夢ばかり見る。さっきのは、医師としてなにか手術をしかけて麻酔が切れて大惨事というものだ。
スマホを取り出した。地下鉄が地上に出た。車体が動くにつれ、太陽が真正面へと移動する。夕陽がやわらかく瞳を刺す。隣の席には無心に漢字の書き取りをする学生服。
日記代わりのSNSに今みた夢を書きかけるうち、輪郭が次々とぼやけていく。デリートボタンを連打して、住宅街に沈む光を眺めた。
『閉ざされた日記』
「閉ざされた事。」
記憶を遡るといつも「誰か」がいました。
暖かくて大好きな人。
けれど上手く思い出せないのです。
「誰か」とは一体私にとってのなんなのでしょうか。
夕日が空に明るく光夜が深まっていく様な不思議な時間。「誰か」は私の肩に触れました。
暖かかった。
夏の日差しが鋭く突き刺さるような猛暑の日。
ベンチで座っている私の頬に冷たく冷えた缶ジュースを当ててきた「誰か」。
幸せだった。
大切で大好きで何にも変えがたい「誰か」。
どうして私は忘れているのでしょうか。
私のお家のお部屋には勉強机があります。
机についた一番したの棚には鍵をかけられました。
私はそこに確かに「何か」を詰め込みました。
鍵はどこにもなくなってしまい開けられません。
閉ざされた棚には一体何が入っているのでしょう。
そこを開けるとなにか思い出せるのでしょう。
例えば「誰か」のこととか。
虚しいですね。
すぐ近くにあるのに触れない。
思い出したくて仕方がない記憶なのに思い出せない。
「貴方」は一体誰なのですか?
吸って吐く
単純な事が分からなくなった
結んで開く
かつての記憶も遠いところに行ってしまった
さようなら
どうかお元気で
ありがとう
焼き切れるくらい刻みつけて
君の人生の頁に僕がいて良かった
[閉ざされた日記]
閉ざされた日記
「よしっと。次は…」
普段はササッとしかしていない掃除。今日は時間が取れるので、普段より細かいところも掃除していた。
「あー、本棚の本。ほこりがたまってるなぁ」
お掃除シートで丁寧にほこりを落としていると、少し厚みのある冊子に目が留まる。
「…懐かしいなぁ」
掃除の手を止め、その冊子を手に取ると、パラパラとページを開いてみる。
「ああ、こんなときもあったよなぁ」
手に取ったその冊子。それは、旦那と結婚する前に書いていた日記で、当時付き合っていた旦那への想いも書いてあった。
「…しまっとこ」
今は使われていない、閉ざされた日記。
今度ゆっくり、読み返そうと思うのだった。
その日記を受け取ったのは、ある冬の年明けだった。
書くように言ったのは、私だった。
日記は宿題だったのだ。冬休みの。
あの年の冬はとびきり寒かった。
確か1月の、まだ新しい年が来たばっかりのぴかぴかの週がやけに寒くて、週末には何年かぶりの猛吹雪があって、大変だったのだ。
あの子を受け持った年は、そんな冬だった。
とりたてて良い子ではなかったような気がする。
とりたてて問題児というわけでもなかった。
ある意味模範的で、おとなしくて、静かで、一緒にいる友達さえ、時々いることを忘れてしまうような、そんな子だった。
教師にも同級生にも、そこにいる、以上では認識されない。しかし、ありふれていて、どのクラスにもいる、そんな子。
宿題を忘れることも、居残りをすることもない。
かといって、勉強ができるとか、しっかりしているとか、そんなことはない。
本人はきっと一生懸命に生きているように思えるのに、なんだかどこか淡々と生きていて、だから私たちも淡々とした印象を受けて、淡々と存在を受け入れる。
生きるのに欠かせないのに、普段は存在どころかその美味しさすら認識させない水のような子だった。
日記みたいなプライバシーに関わる宿題は、学校から必ず返却する。
点数をつけた翌日とか、コメントを書き添えた翌日とか、あるいは学期末とか、学年末とか、そんなタイミングで返すのだ。
しかし、私はあの子の日記だけは返せなかった。
返せなかったのだ。
冬休み明け、冬休みの宿題を提出した次の日に、あの子とあの子の家族は、忽然と姿を消した。
家も、歯ブラシコップも、持って帰らすのを忘れたノートも、何もかもそのままにして。
夜逃げだという話だった。
突然のことだった。
当時、冬休みの宿題の日記は、クラスの半分までしか読めていなかった。
あの子の日記は、まだ開いてもいなかった。
あれからかなりの時日が経った。
私はまだ、あの子が提出していった日記を、読めていない。
処分すらできない。開けてすらいない。
何かの儀式か呪いかのように、もうすっかり古さを感じるようになったこの日記帳を、私は未だ手放せずにいる。
閉ざされた日記は、いつも私の机の、鍵のかかる引き出しにしまわれている。
「どうして読ませてくれないの?」
「これは僕のなんだ」
「そうだけど、私にも関係のあることでしょ? いつでも見ていいって言ったじゃない」
せまい室内での攻防、必死に伸ばされる手を避けて本はパラパラと捲られる。
一枚目。白紙。
二枚目、三枚目。白紙。
白紙。
白紙。白紙。どこも真新しい頁。
「何も書いてないじゃない」
「…………」
少年は確かに言ったのだ。各関係者へ、机のうえに置いてある本はいつでも開いて見ていいと。他人に読まれてはじめて、完成するものだからと。
「もう書き終えたんだ」
「どういうこと?」
「だから……」
本は完成した。わざわざ書き残す必要はなくなった。他人に読まれる必要もなくなった。
伝わらない前提で、少年はかろうじてそのような説明をした。
「……なるほどね?」
少女が辺りを見回し、床に転がった筆記具を手に取る。ノートは閉じた状態で机のうえに戻された。軽い筆跡が表紙を滑る。
『日記』と。
「……日記」
「そう。日々の記録を、自分のために書いて残すって意味」
ペン先に蓋。
「今から、この本は誰にも見せなくてよくなったの。日記にはとても個人的なことが書かれるでしょう? その人の感情や秘密、心のなかを無理に暴こうなんて誰も思わないわ」
戸惑っている少年へ日記帳が渡される。完全に私物となった本を見下ろして、彼は知らぬ間に息をついた。
その様子を少女は見ていた。
「でもね、ひとりで書いていて寂しくなったら、いつでも呼んでいいからね」
少年が深く頷いた。
【閉ざされた日記】
約束の8年がたった。
長いようで短かった……なんてカッコつけすぎかな。
でもね、ほんとに最初は、見たくてしょうがなかったけどさ、
歳を重ねたら少しずつ待てるようになったんだよ。
褒めてくれるかな…
…閉ざされた日記。
今日、僕はこれを開きにきたんだ。
なんて書いてあるんだろう。
僕への想いとか?
…はは!!
自分で何言ってんだ。
静かな部屋で、顔を真っ赤にさせながら、
ゆっくり鍵をさした。
ごくり。
表紙を…ひらく、ぞ……
「もう8年経ったのか〜早いね。」
っ!
あぁ、祭利 の文字だ。
今、あの日々の中に、僕は居る。
……っ
なつか…し、い……なっ、
……っ!
……だめ…っだ。
泣いたら、日記がよめなくっ、な…っる、
「港のことだし、約束守ってちゃーんと8年分成長してから開けてそうだよね。
背伸びた?
大人な性格になった?
今どんなふうに過ごしてる?
時の流れは感じた?」
……背は、少し伸びた。
性格は……どうかな。
もっと子供になったかも知れない。
あんまり変わらないよ。
引っ越しもしてない。
でも、
祭利がいなくなってから、ずっと……っ、ずっと………
寂しくて、時間が……長く感じた……
早く、日記を読みたくて仕方がなかった……っ!!
何考えてたのかなとか、
どんなふうに書いてくれてるのかなとかっ、
もう一度、祭利の雰囲気を少しでも感じたかった。
「まってくれてありがとうね。
……あたし、
やーめた!!
つらーってさ、色々書くのもいいけどさ…
なんか港泣いてそうだし、ここで元気づけてあげますよ。」
っ…ふ、バレてる。
ほんと、祭利……らしい、な……。
「あたしの部屋に、メモ帳をたくさん隠しました。」
……えっ、?
「私からのメッセージが読みたかったら、
それを探すのです……」
「ちなみにこの日記をパラパラしてごらん?」
……
「びっくりした?
謎のとこ以外、ぜーんぶ白紙でしょ?」
「私の言いたいことは、メモ帳にびっしり書いてるから、
少しずつ見つけてみてよ。」
「謎解きと一緒に、あたしのことをながーく想ってくれると嬉しいんだけど…」
……、
想ってるよ、ずーっと……。
「想ってるよずーっとって聞こえた気がした!!!」
!?
「ありがとう。港。」
「でも、この先の言葉は謎を解いてから!!」
……俺も成長したんだ、
難しい謎だって、本気で解きに行くぞ。
「よし!気合いは入ったー?
んじゃ、最初の謎は…
「閉ざされた日記」
今年から
手帳を、書かなくした。
日記は
詩にする。
日記は
もう、充分書いた
次は
日々を感じながら
生きる番。
閉ざされた日記
恥の多い生涯を送ってきました。
あの道化師のように
私もロクでもない
前向きになることができず
鬱憤を晴らすために書いた日記も
後ろ向きにさえなれたい私は
昨日のページも開くことができない
閉ざされた日記の中にも
きっと幸せな思いではあったはずなのに
閉ざされた日記の鍵を
私は私の手で喪ってしまった――。
〈閉ざされた日記〉
今年いっぱいでサービス終了──そんな知らせがタイムラインに流れてきたとき、私は思わず息を呑んだ。
二十四年前に始まったレンタルのWeb日記サービス。ブログさえまだ一般的ではなかった頃、手軽に更新できるからと、自分のホームページとは別に使っていた。
高校生の頃は必死にHTMLを打ち込んでサイトを作っていたけれど、その日記サービスは気楽で、毎日の些細なことを綴るのにちょうどよかった。
《こなみ》と出会ったのも、あの場所だった。
同じ趣味を持つ同年代。彼女はポップでかわいいイラストを描いて載せていた。
私のペンネームは《ありえ》。今でもSNSで細々とイラストを上げているけれど、当時の私は拙い絵しか描けず、彼女の絵に憧れていた。
一度だけ、会ったことがある。
イベントで思い切って上京したとき、短い時間だったけれどファミレスで話した。スケッチブックにお互いの絵を描いて交換した、あの時の声のトーンは今も覚えている。
「ありちゃんの色使い、かわいくて好きだよ」
──それから二年後、彼女は病気で亡くなった。
二十年前のことだ。
闘病中も、彼女は時折日記を更新していた。入院中の窓から見える空のこと、病室で描いた小さな落書き。弱音もあったけれど、それでも前を向こうとする強さがあった。
最後の更新は、亡くなる一か月前。「もっと描きたい」という一言。
その後、ご両親が日記で訃報を知らせていた。
画面の前で、どれだけ泣いたか分からない。
コメント欄には多くの言葉が並んでいたけれど、私は何も書けなかった。失った悲しみを思うと、どんな言葉も軽く感じてしまったからだ。
それでも彼女の日記は削除されず、ずっとそこにあった。時々思い出しては訪れていたけれど、いつの間にか足が遠のいていた。
久しぶりに開いた彼女の日記は、一週間前に更新されていた。
『サービス終了するそうですね』
彼女の兄が書いたものだった。ログはHTMLで保存できるので、別の場所で公開する予定だという。
震える指でコメント欄を開く。二十年間書けなかったけれど、今なら書ける気がした。
『《ありえ》と申します。こなみちゃんとは一度だけお会いしたことがあります。
彼女が描いてくれたイラストや手紙が、今も手元に残っています。
もしよろしければ、データにしてお渡しできます』
返事は翌日届いた。
『妹のことを覚えていてくださって、ありがとうございます。ぜひ使わせてください』
続く文章には、こうあった。
『正直に言うと、両親も私も妹の絵を見ることができませんでした。辛すぎて。
でも私の娘が中学生になり、偶然その絵を見つけたんです。「この絵、かわいい」と。
それをきっかけに娘は絵を描き始め、今では美大を目指しています。
妹は、確かに生き続けています』
胸が熱くなった。
私は大切に保管していたスケッチブックや手紙をスキャンし、覚えている限りの思い出を添えて送った。
そして今日、彼女の日記は新しい場所で公開された。
私はSNSにこう書いた。
『二十年前に亡くなった友人がいます。
彼女の日記が、新しい場所で生き続けることになりました』
数日後、見知らぬアカウントからメッセージが届いた。
『こなみさんの絵に憧れて、私、絵を描き始めたんです』
二十代前半の女性らしい。彼女の絵は、こなみちゃんとは違うけれど、どこか通じるものがあった。
誰かの心を動かし、知らない人生に影響を与えていた。
閉ざされるはずだった日記は、形を変えて、確かに続いていた。
私はスケッチブックを開く。
今日は、久しぶりに時間をかけて描こうと思う。
サービスは終わる。でも、あの場所で生まれた想いまで消えるわけじゃない。
閉ざされた日記は、新しい誰かが踏み出すための、小さな門になったのだ。
彼女なら、きっと言ってくれる。
「ありちゃんの色使い、かわいくて好きだよ」
その声を胸に、私はペンを走らせた。
──────
古のオタクはhtmlコードを自分で書いたんじゃ……
あちこちWebサービス終了の流れもそうなんですが、えっ使ってたのってそんなに前なの???と思ったりします……
"閉ざされた日記"
ちぎって紙飛行機に。振り向かなくていいように。
君が何もかもを忘れて
また、初めましてからやり直せるなら
君が今度こそ、幸せになれるなら
僕も、初めましてを繰り返しながら
今度こそ君を幸せにするから、
どうか僕とあの子を巡り合わせてくれませんか?
もう二度と離さないから
とにかく暇だった。成績は何もしなくても中の上くらい、友達は特にいない。打ち込めるような趣味も無く、かといって今更勉強に熱心に取り組むような気は起きない。
そんな単純で怠惰を極めたような理由から、俺は軽率に禁忌に手を出した。
きっかけは簡単なことだった。することもない休日、日が真上を通過するまで惰眠をむさぼっていた時。ふと目が覚めて、さっきまで見ていた夢が恋しくなった。
現実の、自分のよく知る自宅のような、けれど確実に違うどこかで、ふわふわとした何かと遊んでいる夢。何と遊んでいたのか、夢の中でも特に認識していなかった気がする。
柔らかく穏やかな、少し高揚した気持ち。段々目が覚めて記憶が薄れていくのが、何故か妙に勿体なく感じた。
それで、俺は目の前にあった適当なプリントの裏紙に、寝起きの崩れたふにゃふにゃの字で日記をつけた。
今読み返してみれば、読めたものではない。しかし、不思議と書いたあとはもう忘れなかった。
それからというもの、この習慣、所謂夢日記にハマった俺は、毎日のように日記をつけるようになった。初めは見るか見ないかもまちまちだった夢は毎晩見るようになり、次第に内容もよりリアルに、具体的になっていく。
やがて、それは現実と区別がつかなくなった。寧ろ、夢の方が、自分の思った通り、多少めちゃくちゃでも好きなようにできるのだ。俺は夢の世界に囚われて、現実との境目がどんどんぼやけていく。
それでも、夢日記はやめられなかった。あちらの世界、と今はまだ認識できている夢の中では、あのふわふわとした、柔らかな「友人」達が待っている。俺の好きな話しかしない、どれだけ話したって決して否定してこない。彼らは最高の親友となった。
またしばらく経って、いつも通り夢見心地で学校へ向かう。ここ最近は授業中に白昼夢を見るような時も増えた。もう、本当に、今自分がどちらの世界にいるか分からない。
珍しく、学校で僕に声をかけてくる者がいた。声の低さから、恐らく男。夢の中の友人とおなじ、柔らかく、ふわふわとした、可愛らしいテディベアの顔。
声も聞こえるかあやふやな中、僕のポケットから、ぱさりと小さなメモ帳が落ちた。
中身はミミズの這ったような文字らしき何かだけが幾重にも書き連ねられ、ヘラヘラ笑う僕は、目の前のテディベア、その下に隠された男子生徒の顔が、戦慄に強張っているのに気が付かなかった。
テーマ:閉ざされた日記
昨日も今日もきみがいないと、なにも書くことがないらしい
閉ざされた日記
思い出したくない過去のこと
とるに足らない皮算用
閉ざさずにつまびらかにしそこにある
事実を見せて秘仏陵墓よ
#閉ざされた日記
その日記には鍵がかけられていた。
古い屋敷には、昔、1人の魔女が住んでいたという。
そんなの噂話だと笑うものも多いが、ボクはそれが真実だと知っている。なぜなら、その魔女にボクは会ったことがあるからだ。
幼い頃、ボクは家から逃げ出してしまった飼い猫のあとを追いかけて、その屋敷に入ったことがある。
屋敷内をあちこち探しても、猫はいなかった。外が暗くなってきて仕方なく帰ろうとしたとき、トントン、と後ろから肩を叩かれた。
びっくりして振り向くと、そこには黒い三角帽子を被り、黒い服を着た女の子が立っていた。ボクの猫を抱っこして。
「この猫は、キミのかな?」
そういって、優しく笑う女の子は、絵本の中でみた、魔女にソックリだった。
ボクは、ちょっぴり怖いのと、ちょっぴり恥ずかしいのが入り交じって、声をだすことができず、こくん、と頷いた。
「よかった。はい。」
と、女の子は猫をボクの方に差し出した。
ボクは、
「ありがとう。」
と言うのが精一杯で、猫を抱きしめるとただ前を見て家の方角に走りはじめた。女の子のことが気になったけど、後ろを振り向くことができなかった。
月日は流れ、
ボクはまた古い屋敷にいる。
あの日連れ帰った猫の首輪には、見慣れぬ鍵がつけられていた。なんの鍵かわからず、ずっと閉まったままだった。
今、その鍵を使うときがきたんだ。
カチャ。
閉ざされた日記の1ページ目には…