『新年』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
新年
明けましておめでとうございます。
昨年もたくさん読んでくださり、本当にありがとうございました。
今年も一緒に、進んでいきましょう。
(書いている世界にお正月が存在しないので見送ります)
新年········去年は断捨離も進み、その日中に目標を立て3日以内でどうにかできそうなことは全て予約等してしまうなど、気合い十分に迎えられましたが、今年はぬるっと訪れてしまいました。掃除もせず、目標も曖昧で、それでいて年末に済ませておけば良い事も持ち越してしまった。どうも鬱々とした始まりです。好きになりかけていたアーティストはどうやら巻き込まれ炎上中、生活リズムは昨年に引き続き昼夜逆転のまま。新年2日目にして幸先不安以外の何でもありません。
この去年からの鬱を引きずっているのは宜しくない。私は、やっと自分を好きになれてきたのにまたも嫌いになってしまう。そんな事をする訳にはいきませんので、今年は昨年の不安や鬱、マイナスな気持ちを払拭するために活動していきたい。いや、します。そして己を深く深く知り、許容し、愛していきたい。年末に愛について考え、絶望し、その絶望を抱えながら過ごしていくしかないのだと覚悟を決めました。この話もぜひ書きたい。ぜひテーマ、来てくれ。
第1歩に、自分を記録するYouTubeを始めたいと動画の元を撮りました。昨年の振り返りと今年の目標をダラダラと話しているものです。あくまで自分用、非公開で私しか見れないようにはしております。と言いますのも、ネットリテラシーがしっかりしているせいでどうも顔を晒すという行為が怖くてたまりません。以前コスプレイヤーとして活動しておりましたが、加工しているとはえ知人や親などに活動バレするのが怖くて即座にアカウントを削除しました。若者世代の1人として、偉いのか特殊事例なのか分かりません。話を戻しまして、なぜ動画なのかと言うと、表情がつくからです。メラビアンの法則というやつですね。日記も付けておりましたが、やはり感情はついてこない。字のぶれ方で多少の機微は読めても、それが怒りか悲しみか分からないのです。しかし動画では表情がつき、声色がつく。私は昔より表情豊かになった。情けない顔をし、嬉しそうに笑い、昔と変わらず表情を変えずに声も震わせず涙を流す。感情を客観的に眺めることもできる。そんな理由で動画で記録を残しておりました。
第二に、私自身の写真を撮りたいと思っています。コスプレをするに当たってカメラも三脚もライトも揃えたので、自宅での撮影が可能なのです。何事も芸の肥やし、他者になることもできるメイク技術を自分自身を華やかに、自信を持たせるために使いたいと思うようになりました。私は自分が大嫌いだった時期が長く、今も許せる部分は多くありません。そんな中でこういう考えに至れたことを嬉しく思い、ぜひ形にしたいのです。こちらも同様に非公開アカウントのインスタに載せようかな、と考えております。が、私の隠れた夢の中に、俳優になりたいという想いもあります。インスタは公開にすることで、その夢の1歩にもなるのでないのか?と幻想を抱いてしまうのです。しかし前述の通りネットリテラシーがしっかりしすぎてしまった人間、どうも踏み切れません。これに関してはもう少し悩みながらどうにかこうにかしていきたいですね。
随分長くなってしまいました···。上記は人に話したことのない、私の中の夢見る夢子ちゃんが幼少期からずっと思い続けてきたことなのです。『何者かになりたい』という想いを、今年は何とか形にしていきたいですね。あわよくば芸能界に入りたいし演技で食っていきたいし5兆円(非課税)欲しいという夢もあります。ぜひ叶えたいですね。主に5兆円(非課税)。待ってます。
新年。明けましておめでとう御座います。
さて。
新年早々、皆様のご期待に添えるように
年中無休24時間営業のスーパーで
レジ打ちでもしますかねぇ。
自分の新年はそこから始まる。
ーーーーーー
新年
「あけましておめでとう。」
「今年もよろしくお願いします。」
去年までは、そんな声が暖かな空間とともに聞こえていたのだろう。
今日は1月1日。新年だ。
私は去年から一人暮らしをはじめた。正月くらいは実家に帰省するつもりだったが、生憎仕事が忙しく1人寂しく新年を迎えることとなった。
1人で居るのが好きである性格上、それも悪くないだろうと少し楽しみにしていたが、実際は普通に寂しかった。
昔は面倒に思っていた親戚と顔を合わせるという習慣も、今となっては大切なものだったのかもしれないと感じた。しかし!
もう今年は1人過ごす。この事実は変わらないのだ。
だったらもう、思いっきり1人を満喫してしまおう!と冷蔵庫から昨日の晩に買った発泡酒を取り出した。
でも、やはり虚しいので、明日は実家に赴こう。
明けまして
おめでとうございます。
昨年も
大変
お世話になりました。
たくさんの
わたし
を書いてきた
このアプリ。
特に
後半
忙しさに甘え
更新が遅れてしまい―――
新年ということで
気持ちを新たに
たくさん
書いていきます!
拙い文章ですが
読んでいただけると
幸いです。
本年も
どうぞ
よろしくお願いいたします。
#新年
『新年』
新しい年が来た。
ふと思ったのだけど、今のように暦が一般家庭に行き渡る前は、どうやって今日から新年だと判断していたのだろう。
昔は太陰暦だったから、月齢を数えていたのだろうけど、それにしても新月は何度でもやってくるだろうし、そのうちのどの新月を年のはじめとするか定めた基準はなんなのか。誰が決めたのか。
ググってみたら、約六千年前の古代エジプト人が1年は365日だと発見したらしい。
ああ、ナイル川の氾濫とか月の満ち欠けと関係深そうだもんなぁ。
だが、私の言いたいことはそこじゃない。
なにも1年で一番寒い時期を年のはじめとしなくたっていいじゃないか。
もうちょっと暖かくなってからの方がいろいろと動きやすいだろう。
1年の終わりとはじまりなんて、どう考えてもやること多くて忙しいんだから。
それでも既に数千年以上これで定着しているのだから、仕方ない。
あけましておめでとうございます。
炬燵に潜りながらのご挨拶ですが、ご寛恕くださいますよう。
『新年』
新年早々から仕事です。元旦も三が日もありません。
元旦はのんびりと仕事できると思うかもしれませんが、仕事が多すぎて、普段よりバタバタです。(月初であり、年初ですからね)
早起きして出勤前にお雑煮を作って食べましたので、お正月の雰囲気は味わいましたが、、、早起きの分だけ疲労感半端ないです。
と、まあ、新年から愚痴になっちゃいましたね…
愚痴も含め、本年もよろしくお願い申し上げます。
(喪中のため新年を祝うご挨拶はできませんことお詫びいたします。)
「新年」
年を重ねるにつれて、年明け感が薄くなっていく。
いつもと変わらない、日付の超え方。何をするわけでもなく淡々と色んなことをして寝るだけ。年明けの瞬間に友達と「あけおめ」と送りあっていたあの頃は遠い昔の話。今はいつも通り、誰とも何とも送らない。
そう、つまり2025年になった感覚がしないというわけだ。昨日ぐらいに令和7年の文字を見て目が飛び出そうになった。もう、令和7年なのかと。昨日まで元年だったぞと言いたくなるくらい時間の流れは早い。干支も、2024年はウサギだったよな、と何の違和感もなく思っていた。あれ、辰もどっかで見たようなと思えば、そういや2025年は巳じゃないか。やばい、干支の感覚も薄れるのはとうとう衰えが…。今年こそ充実した一年を過ごしたいという思いは叶うのか、、私の行動次第か。
▶62.「新年」
61.「良いお年を」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「そろそろ年が明けた頃だ」
「ウン」
夜が明けてきて、人形はほら穴から出ていく。
ナナホシもチョコチョコと歩き、後に続いた。
顔を覗かせた新年最初の太陽が
空を、山を、照らしていく。
「ナナホシ、あなたを覚醒させる時に触った、最初の起動装置だが」
「ウン」
「愛を注いで、と書いてあったので、私は温めた手で触れた」
「前ニ聞イタ」
「そうだな。だが、あれには人間の手の形と体温以外に、もう一つの意味があったのだと思う。おそらく自国愛、あれは指紋パターンの読み取り装置でもあった」
✕✕✕とナナホシが話している間に、
太陽が、高くなっていく。
明るくなっていく空は、今日も晴れている。
「デモ✕✕✕ハ、フランタ国デ作ラレタ」
「ああ、イレフスト国とフランタ国は言語はほぼ共通だが、指紋パターンが違うようだな。旅の中で見てきたフランタ人と、イレフスト人が使っていた研究施設に残っていた指紋は、どちらにも傾向があり、それは2つの国で異なるものだった。
そして、承認が通ったということは、私はイレフスト国に多い指紋を持っていたということだ。ただ、博士の素性は私の中に殆ど残されていない。これは博士による意図的なことだと以前から考えている」
「博士ハ、イレフスト国ノ出身?」
「いや、関わりはあるだろうが、断言はできない。遠い国から来たと言っていたが、それが隣国というのは考えづらい。イレフスト国にススキという植物はあるのか?」
「ススキ、僕ハ知ラナイ植物」
「そうか…」
機械人形と、虫型メカ。同じ機械同士ではあるが、
規格の違いにより情報共有は視覚と聴覚に頼るしかない。
だが、無言の先にある課題は、
言わずとも共有できているように人形は感じていた。
あけましておめだとうございます
今年もよろしくお願いいたします
と、豪華煌びやかに始まるけど、毎年続く毎日の続き
何か変わるわけでもない、何かあるわけでもない
だからこそ、自分で少しずつでも頑張らなきゃなのか…
1日で何か変われば良いのに。
この変身願望も毎年変わらない
今年はあえて年越しの瞬間を見ずに寝てみました。
朝起きたら、
世界は何も変わっていないはずなのに、
まるでカーテンを開けると一面が雪景色に染まっているような、そんな幻想的な気分を味わえました。
👍🏻⟡.·HAPPYNEWYEAR👍🏻🎀
今年はさらなる段階を踏みます。
諦めず、ポジティブ(*^o^*)に過ごしていきたいです(๑•̀ㅁ•́ฅ✨今年もよろしくお願いします🙏
新年。
おせちを作ったり、食べたり。
みんなで集まったり。
子どもの一大イベントのお年玉。
おみくじを引いて一喜一憂。
なんて事ない月の始まりと言えば
その通りだけど、
こうやって区切りを付ける事で、
なんだか12月とは違う私のような。
大切に。丁寧にしたいと思う節目です。
昨年は忙しいと言い訳して、
色々手抜きしちゃったし、今年はがんばろ。
新年
夜は、心を弱くします。
月の影が闇を生み出す様に、
過去の苦痛が囁き、
その闇に囚われぬよう、
心を強く抱き締めます。
寒い冬の夜。
悪魔の影が忍び寄り、
私を縛ろうとする度、
優しい声色で、
私に語りかけてくれる、
貴方の声と温もりだけが、
私を救う光なのです。
夜、貴方に護られながら、
眠りの淵へと揺蕩い、
朝、貴方の温かな声に、
揺り起こされると、
新しい一日が始まります。
夜が明ければ、
また、次の日がやって来る、
それは、変わらない、
繰り返される人々の営みの理。
だけど、
何故か、今日だけは、
特別な光が差し込むようです。
新しい年がやってきた、と。
皆が楽しげに、
耳に馴染まない、
挨拶を交わします。
「新年、
明けましておめでとうございます。」
一月一日。
他の日と何が違うのか、
私にはよく分かりません。
でも、貴方が微笑んで、
「今年も宜しくね。」と、
私に優しく囁いた、その瞬間。
新年という、堅苦しそうな代物も、
貴方が側に居てくれれば、
私の胸の奥が、暖かくなると、
気付いたのです。
ならば。
…この新年というものも、
悪くないのかも知れない、と。
私は、貴方に微笑み返すのです。
新年、あけましておめでとうございます~。
本年度はヘビ年ということで、Twitterを見るとシラウオのような白いヘビがウニャウニャとイラスト音頭をとっていたり、去年は辰年でありましたから、実はその辰ってヘビの着ぐるみ姿だったのだ〜、というネタバレ感満載の風味を味わっておりました。
新年にいうべきではないかもしれませんが、本年度初めてやったことは、TVerで新春スペシャルをダラダラと見つつ、去年までのメモをまとめていました。
ストーリープロッターというアプリがありまして、それが全部で1300個のメモがあったので、よくわからないのですが、それを一覧表にしておこうとしましたところ、軽く挫折経験を味わうという、もうМじゃんそれ的な感じになりました。
でも1000は下回ったので、お休みなさいってしたいと思います。
今年も宜しくお願いいたします。
みなさんにとって良い一年になること、遠くから祈っております
個人的に今年は自分に幸せなことが、あることを祈りたい
そう、数年ぶりに幸せを掴んでみたい
新年を迎え、目標を立てました。
それは、引き続き、遅れたとしても、毎日の課題をすること。
正直、課題は難しいものばかりですが、100日続けられたなら、もっと続けられるはず。
三日坊主で、何も続かなかった自分ですが、頑張ろうと思います。
新年
今年はやるぞと決めるけど、3日続けば良い方だった。
自分の意思の弱さにうんざりしていた頃ふと耳に
『目標なんか無理に決めなくて良いんですよ。みなさん真面目ですね。』
なんて流れてきたものだから、思わず声の元へ目を向けた。
画面の向こうではコメンテーターや司会者が当たり障りのない事を話しながら話題は次に移っていた。
その時初めて自分が『しなければならない』に囚われていたと気付き、少し呼吸が楽になった気がした。
あれから早十数年。
ようやく自分自身に押し付けるのではなく『〜しようかな』と思えるようになったことに変わったものだなぁと笑みが溢れた。
歳を重ねると1年が感じるまもなく過ぎ去っているように感じる
だから、お正月という日は、一年が終わったことと始まったことを知らせてくれる大事な日である
この一年も頑張ろう。
そうやって心新たに次の日を迎える
みなさん、新年、あけましておめでとう。