『子供のままで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
題「子供のままで」
暖かくて、安心して、一緒にいると落ち着く。
だからせめて、
君のとなりでは子供のままで。
母の口癖は
「貴方はいつまでも私の子供なのよ。」
だ。歩いているときも、私が車を認知しているのに
「車が来てるから気をつけて。」
と言う。正直、分かっていることに対して言われるのがムカついた。私だって大人だ。そのくらい一人でも分かるし行動できる。
「わかってるから、いちいち言わないで。」
そういうと、母は
「しょうがないじゃない。貴方はいつまでも子供なんだから。」
と笑った。変わらない姿勢に苛立ちを込めて、また前を向いて歩き出した。
私が、母をこんな風に思っているのは昔からじゃなかった。昔は、逆に心配してほしかったくらいだった。
母は、恋多き人だった。血の繋がった父、前の父、そして今の父。その間にも彼氏が何人かいた。どんなに男に裏切られても、ひたすら別の男へと向かい、恋をしていた印象が強い。だからこそ、意識が男の方へと向きがちで、幼い頃は、結構放置をされていた。
母は、土日は家におらず、彼氏の家でゆっくりしていた。平日は、祖父母の家に預けられ、家に帰っても母は常に彼氏と電話を繋いだり、メールのやり取りをずっとしていた。
「母さん、あのね。」
そう言うと
「はいはい、よかったね。」
それだけ。空返事をされ、私はそれ以来学校の事も基本的には話さなかった。
学校からの保護者へ渡す、子供の生活態度の紙に【自宅で、学校のことを話すかどうか】という内容の質問に対して【話さない。】と書いていた。話さないじゃない。話しても意味がない。と、反論したかったが、どうせ聞いてくれないから辞めようと、口をつむんだ。
こんな風に生きた幼少期だからこそ、今更子供扱いされても嬉しくはないし、なんで今更。という気持ちが強かった。
私を、子供のままで居させてくれなかったのは、貴方だ。
No.16 _子供のままで_ ノンフィクション
20240513【子どものままで】
暁月の
光おぼろげに
さも心なく
泣き待つ背中は
子どものままで
※短歌モドキ。
「子供のままで」
今昔之感《こんじゃくのかん》
今の考えて方と昔の考えてかたが
違う事で、やっぱり当てはまる言葉では
ないでしょう?
子供の頃は、早くおとなになりたい!
おとなになったら、子供ではできない事が
できる、そんな事を子供の頃に思った事、
ありませんか?
でも、おとなになるとその気持ちは逆転し
子供の頃に戻りたいとか、子供の頃の
純粋無垢《じゅんすいむく》な心に
憧れるのも、無い物ねだりだと思います。
正反対な気持ちの移り変わりは、その人が
今、自分に欠落してる気持ちを表しています。
そう言うわたしも、子供の頃と言うか
高校生へ戻りたいなって、思う事があります。
前にも述べましたが、自分に欠落してる
気持ちや心、また、やり残してしまった。
過去への思いも含まれていると思います。
あ~、現実的とは言えませんが?
でもですね。
「子供のままで」いたい気持は
純粋な心でありたいと言う
素直な気持ちだと言えます。
子供の目線とおとなの目線では
まるで、正反対な視点で見ると世界感が
違います。
おとなであっても、その子供のような
ピュアーな心でいたいと思いませんか?
その点、女性より
男性の方が、子供っぽいところがありますが!
なんか、そう言うところが、ずるいですよね。
女性もたまには子供ぽく振る舞うことで
尊徳《そんとく》するのも悪くないと
思います。
めぐみより
大人になったら色々できる
そう思ってきた4分の1
残りの4分の3でできること
なんてものは思ったよりも少なくて
現実を考え自分を圧し殺す
何も考えずにゴロゴロしたかったな
子供のままで
来年の誕生日で還暦を迎える予定なのである。
つまり、干支で1周して、新たに生まれたようなものだと、寿命の短かった昔は還暦を長寿として祝ったのだが、
医学が進歩し、栄養が行き届いている日本では、60歳を長生きだという人はあまり居ないだろう。
でも、60歳で亡くなる人もいる。手塚治虫も藤山寛美も石ノ森章太郎も60歳で亡くなっている。
けれどこの人達は皆天才と言われ、尚且つ命が擦り切れるほど頑張って仕事し過ぎたから早死にしたのだと思う。
徹夜ばかりしてたから彼らは早死にしたのだと吹聴していたのは水木しげるなのだから、本当にそうなのかも知れないが、
好きな仕事のやり過ぎで死ぬのは、本望であり、幸せな終わり方かも知れない。
この頃、私にとって60歳とは何だろうと、考えてしまう。単なる通過点なのは、たぶん間違いないのだけれども、
55歳にして何もかも失ってしまったから、そこからもう1度やり直せという意味なのだろうか。
近況を小出しに伝えているけれど、私は通信教育を始める。昨日、学生証が届いたので4年以上は勉強を続けるだろう。
通信教育だが、おそらくそんなに簡単ではない筈だ。
そしてもう1つ、
温泉で漫画を読んでいて、1つの傑作に出会った。
東村アキコ『かくかくしかじか』だ。
これは、読んでいて泣いた。東村アキコの半自伝と言うべきか、
作者の代表作は『海月姫』、『主に泣いてます』『東京タラレバ娘』と映画化、テレビドラマ化した作品が幾つもある実力派だが、
もともと絵の才能を鼻にかけていて(美術部入部して天狗)、漫画家を目指していた彼女は、
地元の絵師、日高先生の絵画教室に通う事になって絵を完膚なきまでに叩き直されるのである。
作者東村アキコというよりも、この日高先生(本名は日岡兼三)の生き様に泣けたのだか、
日岡兼三は57歳で亡くなっている。絵を描く事が彼の全てで、何のために絵を描くのか?という疑問すらなく、
ひたすら絵に、描く事に人生を集約させた、ブレない人である。
絵画って何?絵描きは儲かるの?それより漫画家の方が儲かるよ。
そんな疑問にも、この作品は答えてくれる。彼の生き様を知ってしまったら、何だか、
私も何十年ぶりかで絵を描きたくなってしまった。
60歳から描く絵は、どんなものになるのだろうか。
「子供のお題は、去年の10月と6月にも書いた」
某所在住物書きは呟き、頭を掻く。お題について考えたいのに頭が働かないのだ――寝不足のせいで。
「『子供のように』と『子供の頃は』だったな」
双方ネタが思い浮かばなくて、当時は大人がギャグマンガばりにポコポコ大喧嘩してるハナシであった。
ならば今年は?
「子供、こども……」
ふわあ、ふわわ。
物書きは何度もあくびで口を開き、息を吐く。
「子供のままで」。子供のまま「で良い」のか、子供のまま「ではいけない」のか。はたまた「自分は/彼は/彼女は」子供のまま「です」なのか。
考えれば色々、幅の広がりそうなお題だが……?
――――――
来客数が少なくて、客層もほとんど常連さんばっかりで、バチクソにチルい私の勤務先に、
バチクソ久しぶりにモンカスが現れて、
今週から正式にウチの支店の勤務になった新卒ちゃんが朝っぱらから標的にされて、
それを見た元モンカスの現モンカスホイホイな常連さん、ゲンさん(70代男性)が、
支店長と結託してものの10分でモンカスを撃退して警察に引き渡しちゃった。
『嬢ちゃん災難だったね』
頭が子供のままでっかくなっちゃったモンカスが、雨降りしきる中連行されてくのを見送って、
ゲンさんは新卒ちゃんにアメを3個、ポイポイ差し入れてくれた。
『気にしちゃいけないよ。2〜3突っ込んだ三連単を外したくらいに考えときゃ良いさ。今日は美味いモン食って美味い酒飲んで、すぐ忘れな』
難癖つけられて、暴言吐かれて、心ポッキリ折れかけてた新卒ちゃんは、
支店長が庇ってくれたおかげで暴力的被害は無く、
ゲンさんが割って入ってくれたおかげで既に精神的にも落ち着くことができてて、
なんなら、モンカスを制裁して自分を助けてくれた二人に、尊敬すら感じてるようだった。
まぁ分かる(自分の新人時代の本店)
わかる(先輩と隣部署の主任による連携プレー)
で、時は進んでお昼休憩。
「ああいう人って、頭の中どうなってんだろ」
付烏月さん、ツウキさんが作ってきてくれてた自家製ホイップマカロンを囲んで、私と新卒ちゃんと、それから付烏月さんとでお茶会。
「付烏月さん脳科学詳しいよね。何か知らない?」
「俺附子山だよ、後輩ちゃん」
ぽいぽいぽい。小さなマカロンを遠慮無く口に放り込んで、付烏月さんが言った。
「ああいうタイプのモンカスの頭の中〜?説明メンドいから、知らないことにしとくよん」
「つまり知ってるんだ。いろいろ子供のままでっかくなっちゃった大人の頭の中」
「『子供のまま』、こどものまま……うーん。やっぱり知らないことにしとくよん」
「3種類のキューブケーキ計6個とプラスアルファの大口発注いかがですか付烏月さん」
「ごめん俺パティシエじゃないよ後輩ちゃん。
でも食べたいならウケタマワるよ。期日と大きさと、味の希望と届け先、一応伺うよ」
「違う。そーじゃない」
モンカスさんの頭の中は、私も気になります。
ちょっと元気になってきた新卒ちゃん、勉強の気配にポケットからメモ帳とペンを取り出して、なんか真面目な視線でもって付烏月さんを見てる。
「で?」
私も付烏月さんに視線を投げたら、
「……参っちゃうなぁ」
説明する側としては相当面倒らしく、キュッと唇を結んで、付烏月さんが首筋をカリカリ掻いた。
「うーんとね。ああいうひとの頭は、子供のままっぽいけど子供のままではなくて、……んんー……。
うん、やっぱダメだ!知らないことにしとく!」
「大口発注の量少なかったの付烏月さん?」
「だから、俺パティシエじゃないって後輩ちゃん」
「ウラガネ?わいろ?」
「説明がバチクソ難しいしデリケートなんだって。そんなに知りたいなら、俺じゃなくて藤森に、教えるのが上手い後輩ちゃんの先輩に聞いてよ」
「アクセスキーかパスコード?合言葉?」
「だーかーらぁー……」
子供だから執着すると言うか、執着するから子どものままというか。
ぶつぶつと独り言を言いながら自分は自己価値を剪定している。その幼駒の様を眺めながら自分は足を抱える。
下手な剪定は枝葉を不格好に仕上げてしまっており、庭師の自分は口に含む雨を転がしながら乱暴に頭を掻き毒づいた。そもそも期待しないでくれと。外の価値を剪定しても、内側の木は手入れされず根腐れ気味で伸び放題だ。木に飲まれつつあるブラックボックスはノイズの酷いぶつ切りツギハギの音声を流し続けている。その前で蹲る自分は体を震わせる。啼いて血を吐く。
外と内なる。自分は恨めしそうに僕を見る。当然のことだった。恨まれるも憎まれるも仕方ないほどのことをしたと思う。そう思われることに安心する僕が居る。許されているようにしている時の不確かな足元よりも、余程不安がないからだろう。つくづく生ぬるい。
罵倒は安心する。殴られるのも蹴られるのも。それをされるだけの価値があるような気がしてしまう。だから木の向こうを見るのを躊躇う。あの木の向こうの自分は僕を赦すから。どう扱うも扱われるも僕の自己愛と自由の名の下にある。
泣く僕は子供のままだ。怨嗟の逃げ道を焼き落とすまで。
家族だし扶養してるし控除がほしい my son,the catお耳ぴょこぴょこ
子供のままで
子供のままでいれたら良いのにと言う人もいるけど、私は今が一番良い。
歳を重ねて、それなりに経験と知識が増えて、衰えない好奇心があって、行動力と財力も人並みで、私は日々自分を更新していきたい。
今の私が一番かっこいいと胸を張って生きていきたい。
子供のままでいたい
あの空の下で駆け回りたい
何もしなくても許されて、興味本位のままに遊んでいたい。
お題:子どものままで
子どものころ焦がれた理想の大人になれているかな、
そうでないならずっと子どものままでいよう。飽きるまで夢見ていよう。
お題『子供のままで』
三十代独身、実家ぐらし。今まで一度も家を出たことがない。学校は常に家から一時間以内に通える範囲にあったし、職場も同じように通える範囲にある。だから、一人暮らししようと思ったことがない。
それに私には結婚願望もない。昔から見た目のことでいじめを受けてきたから、異性に対する信頼はほとんどない。異性という存在そのものが嫌いだ。
部屋には好きなアニメキャラクターのポスターが貼られていて、本棚は漫画とその時好きになるコンテンツの同人誌、歴代の推しのフィギュアでいっぱいだ。おまけにスペックが高いパソコンと、座り心地がいいゲーミングチェア、大きな液晶タブレットがあればここは私にとっての天国だ。
この年になってまだアニメが好きで、オタクやってるのと言われようが構わない。私は一生大人にならない。子供のままで天寿を全うしようと思う。
いつから大人になるのだろうか
成人をむかえたら?
子どもが産まれたら?
私はもう甘えていられないと思った瞬間だと思う
“子供のままで”
すぐ拗ねる、人のことをよく揶揄う、くだらない嘘をつく。
ゲームで負けたらコンセントを抜くくらい負けず嫌い。
1回気に入ったことはずっとやるし、同じものずっと食べてる。ルーティンと言えば聞こえはいいが、ただの偏食だ。
勉強が嫌いで興味のないことは秒で飽きる。じっと出来ない。
永遠のピーターパン。お前はあの頃から見た目も中身も何一つ変わってない。子供のままだ。
頼りがいがあるのは昔からだ。頼もしさが増しはしたが、
兄貴肌なのは変わらない。アニメ版のジャイアンと映画版くらいの違い。
つまりブラッシュアップはされているが根本は一緒。
俺はこんなに変わってしまったのに。
お前は目まで変わらないのか。
お前の目には俺が子供の頃のままに見えているのか。
「いちばんかわいいよ」
「顔が好き」
「村上さんの方がかわいいな」
そんな訳ないのに。あの頃と変わらない言葉をくれるのだ。
いや寧ろ、お前の『かわいい』を戯れ言と飲み込めない俺が、『子供のままで』いるのかもしれない。
(真に受けたいなんて馬鹿げてる)
作者の自我コーナー
いつもの。自分では捨てた思っているものを見出されて居心地が悪い人の話。地続きに同じ人なんですけどね。
男の子は母親が好き。なんて、よく聞く言葉な気がする。
思春期があるおかげで反抗期も普通にくるわけで……それを乗り越えて、母親も子を更に好きになるらしい。
マザコン、なんて言葉もよく聞くけれど、言葉だけ聞けばなんとなく、嫌な感じがする。
もはやこれも一種の依存だ。
私の弟もそれなりに母親を好いてはいたけど、私の彼ほどじゃないな、とつくづく思う。
だって旅行にも遠出のデートにも彼は自分の母親を連れてくるし、ここまでくると少し怖い。母親だって満更でもなさそうだし。
嫌になる人もいるだろうが……私の場合は、幸い仲は悪くないし、このままでもいいかとお付き合いは続行させてもらっている。が、まぁ重度だな、と思うことはある。結構ね。
人によるかもしれないが、子どもは大きくなれば自立して、大切な人もできる。母親はそれが悲しくなるものみたいだし、仕方ないか。
母親が願うのは、子どもの幸せ。あとは……
「いつまでも子供のままでいてほしい」。なのだ。
あなたと過ごす尊い時間
いつまでも続けば良いのにね
子供のままで永遠に
子供のままで
子供が純真無垢だとか
純粋で素直で気楽でいいなんて
思っちゃいけないよ
行きたくもない学校に行き
出たくもない行事に参加して
仲良くしたくもない友達に気を使って
大人の都合で人生の選択を余儀なくされる
子どものままでいたいとか、
何か勘違いしてないか?
半世紀生きたけど、大人になれた気がしない。
いや、とゆーより、大人の定義って何なんだろ。
二十歳を超えたら大人だってんならもう立派な大人。
子供を作ったら大人ですってんならもう立派な大人。
働いて稼いでたら大人だってんならもう立派な大人。
どれもクリアしてるけど、実家の両親に会えば、自分はいつだって彼らの子供な訳で。
屁理屈っぽいが、どこかで明確な線引きがされているとしたら、成人の日か。
でも、その日を境に自分の何が変わる訳でもない。
近年、大人の都合で成人年齢が18歳に引き下げられたりもしてるし、そこでなきゃならない理由もないようだ。
結局、もう大人なんだから、とか、まだ子供のくせに、とか、都合のイイ扱いをするための詭弁なんじゃないかと勘ぐってしまう。
イイ年こいて。
人の成長は一本道だし、どこかでガチャンとトランスフォームする訳でもない。
そんな人生のある時点で、急に「あなたはもう大人です」とか言われても、「何が?」って話だと思う。
気付いたらこんな年になってた、ってのが現実だし。
別に、子供のままでいたかった訳じゃない。
大人には大人ならではの楽しさや特権や自由があるし、子供時代の幸せだった記憶だってあるから、今ここにいることへの不満はない。
ただ、例えば子供を相手に、大人としての対応を求められる場面があったら、いまだに戸惑う自分がいる。
だって、大人になれる研修なんて受けてない。
自分のままで年を重ねただけだ。
もちろんそれなりに人生経験は積んだけど、それは人それぞれであって、きっと対応は十人十色だと思う。
だとしたら、それは大人としての対応ではなく、自分個人がどう動くかってことで、大人子供は関係ない話になる。
なのにきっとその対応によっては、「大人のくせに」とか言われたりする。理不尽だ。
どうすれば大人らしかったのか、教えてもらいたい。
もちろん、一般常識としての大人な行動はわきまえているつもりだが、最近、イイ大人がお店や公共の場で暴言を吐いたり暴力を振るうニュースをよく目にする。
大人の一般常識なんて、すでに崩壊してるんじゃないかと感じているが、そんな中で、大人らしさを歴然と説ける人なんているんだろうか。
ああ、なんだか話が面倒になってきた。
まあ要するに、自分は我が子に対しても、親としての責務は果たすつもりだけど、親だからといって重圧をかけたりはしない。
大人ぶって、子供に指図出来る権利があると思ってない。
だって、中身はたいして変わらないから。
数十年長く生きたくらいで、人間の中身はそう変わらない。
それに気付けない、気付きたくない奴らが、お店や公共の場で暴言を吐いたり暴力を振るったりするんだと思う。
もちろん我が子にも。
つまりは、そーゆー人こそ子供のままで、プライドだけが成人を迎えちゃってるんだろうな。
おめでたいな。
子どものまま
お願いだから純粋なこどもの心で大人になってと何度思ったことだ。大人になると汚れてしまう。だから、大人にならないで。と願うけど君は大人になる。
私は君が純粋なきもちを持ったままの大人になると信じて送り出す。