『光と闇の狭間で』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『光と闇の狭間で』
冷たい風の感覚はほぼ無く、
汗が自分の輪郭をなぞるように落ちていく。
足の疲れも走っていくうちに地面を踏みしめる感覚しかない。
あと1メートルでも遠くへ走るんだ。
そう思いながら真っ暗な河川敷を走る。走る。
まだ...まだ走れる!もっと、全力で...!
そう自分に言い聞かせて走っていると
セットしていたタイマーが鳴る。
鳴ると同時に走るペースをゆっくり落として足を止める。
熱の篭った息は白くなり空へと溶けていく。
今日も走りきった。体を冷やさないうちに帰ろう。
来た道を戻ろうとすると背中が少し温かくなる。
振り返ると太陽が顔を出してきた。
ずっと暗かった部分をゆっくりと明るくしていく。
...陽の光が冷めようとしている体も温めてくれる。
半身が暖かく、半身が冷たい...
本当は早く帰って体を冷やさないようにしないと
いけないとだけど...
この瞬間が特別に感じて離れたくなかった。
語り部シルヴァ
光と闇の狭間で
光と闇の狭間で私は生きている。
光は、貴方と生涯過ごすこと。
闇は家業を継ぐこと。
私はこの天国と地獄のような板挟みにあっている。
…でも、後数年でこの狭間はなくなるだろう。
結論から言うとモヤモヤがすっきりした。私が一番望んだのは答え。あの時、見たものは答えが欲しかった。あなた達でしか出なかった。これが私達の日常生活。法が指し示す通り。来ると分かっていた。逃げることは許されない。心積もりはしてきた。とても楽しかった。ほっと出来た。この私に愛情を取り戻してくれた。小学生の時の異様差が思い出される。あの時が最低だった。それを思えば法を知った上でのことは耐えられた。心がポカポカする。光が差し込んだ。この光は消えないのだ。闇が深ければ深い程、光の存在は大きい。小さな光を馬鹿にしてはいけない。どちらも存在する。私が過ごして来たのは、私の性格。どちらの性格も見直した時だった。根は深いし、闇も、深い。それでも、希望は私。
奴等が言うのだ。「生まれてきたことを後悔させてやろう」と。そんな出来事もあった。普通の声なのに、一番嫌な声がする。だけどもう気にしない。恨まれるのは当たり前と法が言っているから、私は、頑張ろうと思う。頑張れる意味が出来た。それでも、笑えるかな。
光と闇の狭間で123
また来週月曜日
「光と闇の狭間で」
陰と陽があるように
当然光と闇も存在する。
どちらも表裏一体。
対になる存在。
どちらの私も存在する。
「光と闇の狭間で」
誰かに親切にすること
誰かの悪口を言うこと
些細な生活に
人間性が表れるらしい
誰かを信じたいときも
誰かを認められないときも
ほんの小さな光と闇が
ときには
大きな闘いになることも
みんな知っているのに
誰もが
くすぶっている
光あるところに闇あり
闇あるところに光あり
僕らは
光と闇の狭間で…
光と闇の狭間で
天使と悪魔か、どっちも捨て難いなぁ。
よし、今日はこれにしようっ!
そうして耳にはめたイヤホンは残念ながらスマホとは繋がっておらず、教室中にASMRが響くこととなった。
お題:光と闇の狭間で
光と闇の狭間で、貴方はどうやら、さまよっている様だ。
どうしてこんな場所へ来てしまったのかも分からない。
だがしかし、止まっている訳にはいかないだろう。辺りを見渡そう。
貴方から見て、左は明るく光が放っている。
反対の右には先の見えない、先も在るのかも分からない暗闇が。
どちらに行くのかも、何か別の行ける所が無いか探索しても、何でもいいです。
貴方ならこの先の物語はどう考え、想像しますか?
幸せだ
不幸だ
心模様は
オセロのように変わる
光が光である事もないし
闇が闇であり続けることもない
いつかは
変わるものだ
でも
出来るだけ
変わらないでいて欲しい
なんて
ただのエゴだ
は
光でも闇でもない
言うなれば
透明だ
どちらでもあるし
どちらでもない
狭間にあるのだから
どちらかになるのは
一瞬なのだ
光と闇の狭間で
光があれば闇もある。
私は今、狭間にいる。
光の方へ進むべきなのだろう。
しかし、そんな気になれない。
かと言って、闇の方へ行きたいわけでもない。
心が決まるまで、狭間にいよう。
今日も生きてる
光の中で
闇の間は
ぐっすり眠る
今日も生きてる
光と闇の狭間で
………光と闇の狭間で
光と闇の狭間で。
あなたが悪い闇なら、私は良い光になり、貴方を照らし救うよ。
もしも、それができるのならば。
光と闇の狭間で……こんな言葉、日常生活では使ったことがない。まあ、常識的に考えて、こんな言葉を使う人はどこかの中二病腐りくらいだろうけど。
光と闇というのは比喩であるように思う。よく、産業革命の光と闇、とか、高度経済成長の光と闇とか教科書にでてきたりしているけれど、そういうものだろうか。要するに、キラキラ綺羅びやかな世界と陰湿でジメジメとした世界、この二つの対比を表しているのでは。だから、日常生活で使うことはあまりない。小説とか漫画とか、そういう文章の中でだけ用いられる限定的な表現だと、僕は思う。その狭間?どういうことだろう。光と闇の対比に振り回されて、悩まされるということか。
たとえ闇が強くても、光が消えて、そのギャップに苦しまされたとしても、その狭間で頑張って、勝機を見出そうとしている人はいる。負けないで、この社会、この世界に。
人はは光と闇の狭間で生きてる……と自分は思う。
良いことをすれば、光の方に、……
悪いことをすれば、闇の方に、……
堕ちていくって思ってる
自分、?
自分は、、……
『光と闇の狭間で』
光と闇の狭間で、それでもあなたのそばにいたいと願ったから、私は光に手を伸ばした。
「光と闇の狭間で」とかけまして
「品があって美しい人」と解きます。
その心はどちらも「夕方/優雅だ」です。
お題『光と闇の狭間で』
ゆらゆらと揺蕩っていた。
どっちつかずで、ぼんやりしたところで。自我もはっきりしなくて、ただ、のうのうとそこにいた。
人みたいだ。
いい人の時もあれば、悪い人の時もある。常に、絶対にどちらであるということなんて有り得ない。ある側面では光で、ある側面では闇だ。
今まで周りの環境からすればたまたま光だっただけで、本当はそれは、深い深い闇、かもしれない。
光と闇の狭間で生きる僕たちは何を思う
光があれば闇がある
光と闇に挟まれながら生きている
たとえば太陽が光なら
夜空は闇になるのだろうか
明るくなれる時
人は暗さを抱えている
その狭間で揺れながら
確かに僕たちは生きて、息をしている
損をしても払う価値のある
そんな得に対価を払うのであって
得する為に損を被らせる
その様な関係であってはならない
商売も経営も人間関係も
いかに儲かるかではなく
いかにお互いを有り続けれるかに掛かってる
騙して得るのではなく
感謝して与え合いたい
損得ではなく尊徳が好ましい
光と闇の狭間じゃなくて
共にあるから光と闇なのだと思う
どちらだけでも成り立たない
光の戦士とかディープステートとか世界緊急放送とか
光と闇の狭間
わけわからんよ助けてベイマックス
つーかトランプ大統領誕生したから日本人全員に6億円振り込まれるとのことだが普通に考えたらありえないがSNSで信じている人いて阿鼻叫喚
【光と闇の狭間で】*175*
あんまり闇に陥ることはないけど
ギリギリのところで自分なりのコントロールをすることは
あるかな
光はわかりやすく表情にでちゃうだろーな
狭間で発散や息抜き、気持ちの切りかえがうまくできると少しずつでも光が見えてくる気がするな♪