『今年の抱負』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
今年は最低でも一作品は書きたいと思っている。
もう達成した目標だし、これ以外にやりたいことと言えばボカコレに出るとかそういった「書く」こと以外の趣味しかないけれども。せめて毎年、一作以上は書きたいなって思ってる。
創作とは自己表現の手段であり、目的には決してならない。自分の表現したいことを見つけることが重要だとよく言われている。わたしもそうだと思う。でも、わたしはここがあまり上手くできない。
なんというか、ずっと漠然としているのだ。「この作品で表現したいことは?」と言われて上手く返せないように、そういったことを考えることがない。
面白い作品を書きたい。が原動力ではだめなのか?
「短い自語り」
作・照守皐月/terukami
「今年の抱負」
健康でいることと、絵が上手くなることです。
そのために夜更かしは避けて、絵は落書きばかりなので最後までしっかり描くことを意識します。
今年の最後まで覚えていられる気がしない…
まあ頑張りたいと思います。
あ と ね こ を も ふ る ! ! ! !
中学三年生、もう4月には9年間共に過ごした仲間たちと離れる、新しい環境に身を置くということだ。自分がだんだん将来に向かっているという実感が湧き、楽しみと不安が同時に迫る。
そんな中で、私は「勤勉」さを大切にしていきたい。一日を無駄だったなと思うことが無いように、一日の中でひとつは将来に向かっているなと感じれることをしていきたい。
今年の抱負~
そうですね~
改まてこれと言うほどではないけど
1つでも 前進すれば 良いかな~
何でも良いです
毎日決まった時間に 起きられれるとか
なるべく 娘を 怒らないようにとか
今年こそ 大きな人に なりたいな
今年もね 病気知らずに 過ごしたい
「人の持つ本質は光だ」 キンクダム(始皇帝 嬴政)
この言葉から私が思った事は
光り輝くものが、まだ自分に無い人は
光り輝く人を、見つめれば良い
光り輝く人が、まだ近くに居なければ
光り輝く言葉を、探せば良い
まだ光り輝く事を見いだせない人には
そばに居る誰かが光へと導き与えれば良い
光を、見出すことを怠ると
心に隙間風が吹き、暗闇に落ちて己を見失うと
負の連鎖で自分と他人を比べての毎日。
自分を責めて虐めてばかり。
光り輝く物や人に、寄り添いながら過ごしたい。
光とは言い方を変えると
前向きやポジティブな事なのかな。
今年の抱負
新年 今年の抱負
1月1日、元旦の今日
朝起きてから新年の挨拶のLINEに返信してから布団を出る
「おはよー」
「おはよ」
自室から1階のリビングに行くとおせちと雑煮を食べてるお母さんが呑気に挨拶してくれた
それに返すとお母さんの向かいに座っておせちをつつく
テレビの音が聞こえる中、無言で食べ進める母娘
「「ご馳走様でした」」
手を合わせ、使った紙皿等をゴミ箱に捨てる
「今年の抱負は?」
「うーん、平和に過ごす事…かなぁ」
去年を思い出しながら1番最初に思い浮かんだ言葉を言う
「そうね、お母さんも今年は平和に過ごしたいわ…」
お母さんも心から思っているのか声がら疲れが見て取れる
母娘でリビングソファに並んで座り、適当に流しているテレビを流し見る
新年の始まりの日、母娘の願いは叶うのかは2人の言動しだい
『アボカド』
初詣 世界平和を願ったら 隣りの友人に笑われた
アボカドを愛でる 透明なグラスで なんでもない水
透き通って明朝 一日のはじまりが気怠さと安寧の隙間を泳いでる
ほどほどに
頑張って
生き残りたいの
2025/01/02「新年の抱負」
川柳004
何事もほどほどに。
頑張りすぎると潰れちゃうのでね。
今年の抱負と言われても、いつも心に決めているので今更という気持ちにはなる。
1年無事に過ごせますようにとか、いい仕事の契約が結べますように、こんどこそ資格が取れますようになど。
ありきたりの抱負になってしまう。
あとは、あの人と……
ダメダメダメ!何考えてるの?!
初詣まだだから、こっそり願をかけてこよう
お題:今年の抱負
今年の抱負って
1月に真面目に考えて
意気込むけどロクにやってなくて
なんなら12月には忘れてて
逆にゆるっと、こんなモンかな
ぐらいで考えた抱負って
覚えてるしちゃんと実行できてる
ちなみに自分の抱負は
自分を許してあげること
今年の抱負書き出してみた
①子供の健康と自分の健康
②子供の受験合格
③子供の幸せの応援
④出会い
これは縁もあるしタイミングもありますよね
⑤謙虚、これ大切
⑥初心を忘れない
今行ってることを今一度見直し、始めた時の心境を思い出しつつ、邁進する。
今年は2025年
娘が3歳になる年、娘が元気に順調に成長するよう頑張る。とにかく家族の健康第一。そうすれば自ずと目標達成可能
今年の抱負は
『 作り笑いをやめる』
ちゃんと笑って楽しもうと思った
【今年の抱負】
新年早々、子どもからショックなことを言われた。
それは私の今までの言動についての指摘だった。
昨日「生きる」覚悟を持つ、と書いたが、それは人生の目標に近いもの。
改めて今年の目標は「言動に意識する」としたい。
確かに鍵など無意識に置いて、あとでないと大騒ぎしたり、戸締まりしたかを戻って確認したり、と無意識の行動で不安になることも増えた。
それと同じように無意識に言ったことが、あとで騒ぎの元になることもあるだろう。
今回、子どもに指摘されたことを幸いと考え、何事にも意識をもって取り組みたいと思う。
お題『今年の抱負』
なんということだ。前日のお題の方にすでに書いてしまった。
抱負というか、目標というのは自分が『一年以内で頑張れば実現できる』ものにしておいた方が良い。
たとえば付き合ってる人がおらず、普段の生活に出会いがない状態で『結婚』みたいに運と縁が絡むような問題のものを目標にしてしまうと、何年も頑張って叶わなかった時に自分が辛くなってしまうからだ。
だから抱負というのは、一年頑張れば叶うものにした方が無難である。すくなくとも、私みたいに自分を自分で苦しめてしまいがちな人間はそうした方がいいと考えている。
今年の抱負
今年の抱負は自分らしくいる事。
どんなに傷つけられても良い、ただ自分らしいることを忘れなければ。
昨年は、学校での先生の発言に傷つけられ、悩む事が多い年だった。だからこそ自分らしくいる事を忘れすに広い心を持っていたい。
仕事をやめて三ヶ月が過ぎた。夢を追うと言ってやめたはいいが、何が自分の夢か、何が自分のやりたいことか、未だに整理できずにぼやけている。
短編小説と銘打った投稿をnoteに続けて今日で100日目になる。1日2件を投稿したこともあるから記事の数はもう少し多い。一日に1000字〜2000字程度の文章を、朝の1~2時間をかけて絞り出す。やってできないことはないが、クオリティは玉石混淆だ。玉と言えるほどのものはほとんどない。
しかしわかったことがある。自分が良いと思っていない文章でも、他人からの評価が良いものがある。少なからぬアクティブな読者がいるnoteというメディアは、人の反応がわかってありがたい。とにかく書いて人の目に触れさせること、そして良かったものは見直して何が良かったのかを考える。この繰り返しは必要だ。
そうであるならば、まとまった文章を書いてプロに見てもらうのが一番良い。カクヨムへの投稿も始めたが、ウェブ小説という分野が独特の基準で評価されているのがわかってきた。文章を生業にするつもりなら早いうちに編集者の目に触れておくのが確実に近道だと感じている。
そして当然、自分が書いていて楽しいジャンルも見えてきた。ショートショート系は筆が乗れば書き上げられるという自信がついた。シリーズ物もいくつか始めたが、これは他人からの反応がなくても続けられる。ふわっとした設定で書き始めたものの、キャラクターが固まってくるとだんだんその人物が生きてきた道のりが見えてくるようになった。行き当たりばったりでこれだけ続けられるなら、最初から準備して書き始めれば良いものができそうな気がする。
それから、弱点もわかった。ショートショートのように展開を重視する物語は、ワンアイデアでも出てくれば勢いで書くことができる。これは強みだ。しかし、私は情景描写が苦手だ。なんというか、めんどくさい。正直、読む時もめんどくさいと思って読んでいる。この告白は文芸を志すと自称する人間にとって致命的かもしれない。でも現時点では事実だ。
書いている中で、いくつかコントとして成立しそうな物語が仕上がった。これを現実にコントとしてやってみたくなってきた。演技ができるお笑い芸人を集めて、コントライブに仕立てたい。台本に起こして肉付け(あるいは削ぎ落とし)をすれば、見せられるレベルになるはずだ。これは今年中に達成しなければならない。
人の目に触れるためにもう一つの目標を設定する。それは紙媒体として本を編むことだ。目に見える形のポートフォリオ。人に会った時に渡せる資料として作り上げる。これは半年以内にやりたい。すでに物語は100ある。厳選して加筆すれば一冊ぐらい作れるはずだ。
コントの話が出たのでnoteから目を転じてみよう。まずは継続して進行中のYouTubeチャンネルについてだ。開設から約半年が過ぎて、動画は30近く上がっているが、収益化できるほどのチャンネル登録者数にはなっていない。もともと出演者への経験の場として始めているので、長い目で見れば力にはなるはずだが、全体のモチベーションを維持するのは難しい。
携わって痛切に感じるのは編集の非効率さだ。時間がかかり過ぎる。技術やセンスを磨くための修行としては為になっているが、生業にするならそれなりの対価が必要な職種だろう。
YouTubeのコンテンツの中で、バラエティのチャンネルはファンを獲得するのが難しいらしい。企画内容をもっと精査して、視聴者にタメになる情報を入れていくなど、見てもらう工夫をしていく必要はある。
ラジオ番組に携わるというのも目標として記しておこう。裏方としてレギュラー番組を立ち上げる。そして自分が企画したコーナーを世に放つ。ベースはポッドキャストになるだろう。
書き始めてみれば、やりたいこと、やるべきことは見えてきた。やはり書くことで思考は整理される。頭の中に漂う言葉の切れ端は、それだけでは空を舞う想いだ。それを文字にして輪郭を象ることで、自分にも見えるものになる。しかしそれは文字にならなかった部分を排除することでもある。文字にならない想いを別のものに喩えてできる限り文字に残していくことが、情景描写なのかもしれない。
ここまでを100日目の手記としてこのページに収める。
今年の抱負
※土日祝はお休みです。
年末年始は祝日と同じ扱いにさせていただきます。
今年の抱負
今年の抱負は目指せ
15キロ減量!
今年こそは15キロ以上痩せたい
今までダイエットをしても
なかなか痩せる事が出来なかった
今年こそは15キロ以上痩せて
可愛い服を着こなしたい
絶対に痩せる!
#今年の抱負
今年の抱負。
そんなもの、考えても意味が無い。
努力して、努力して、どう足掻いても、結局は全て
水の泡になり、俺の中の小さな夢が儚く消えるだけ
だから。
それが結果として出ているから。
それでも、もし、1つ上げるとしたなら……。
身体中に繋がっている針やら管やらから解放されて、
グラウンドを友達と走り回ることだ。
……まぁ、こんな世間では当たり前のことも実現
できないのが現状なのだけれど。
高1までは、お正月とかの行事ごとを大事に
する方だった。
年明けには、親戚の家に新年の挨拶回りに行き、
初詣にも行き、書き初めもした。
もちろん、その年の抱負も家族で発表し合うことも。
でも、高1の時の年末、事件に巻き込まれた。
父さんに大掃除に使う道具やらの買い物を頼まれて、
近くのスーパーに寄る。
ふと、自分の筆記用具が不足していることを思い出し
その類いのコーナーに向かおうと足を進めた時だった。
自分の胸の辺り――いや、心臓かもしれない。
背後にいた、同級生くらいの彼に刃物だと予想する
もので刺された。
刺された瞬間、何が起きたのか把握出来ていないまま
足は崩れ落ち、刺された部分が燃えるように熱くなり、
その場で、自分の血に塗れながら倒れた。
幸い、命は助かったものの、刺された場所が悪く、
かれこれ3年、ずっと個室の病室で医療機器に身体を
拘束されている。
刺した彼は、あそこで自殺しようとしたらしい。
彼の家の家庭環境が最悪で、彼自身もとても追い込ま
れてしまい、精神が尋常ではなかったため、近くにいた
いかにも幸せな家庭に生まれた子に見えた俺を刺して
しまったというわけだ。
俺は、自分の自由を失ったからといって、彼を恨んで
も、憎んでもいない。
人それぞれ抱えるものがあるように、
彼も、一般の人には抱えきれないものを持っていた
から。
普通の高校生が背負わなくていいものを、
溢れさせただけだから。
本当は、いつ溢れてもおかしくない状況なのに、
今まで、我慢して堪えて、俺に頼ってくれたから。
俺を刺したのだって、本心じゃない。
でも、あれは彼なりのsosのサインだったから。
俺を刺したことで、周りの大人は彼の抱えているもの
に気づくことができたから。
俺は、自分を多少犠牲にしたけれど、彼のsosを
受け取る事ができた自分を誇りに思うから。
そう言い聞かせて、どうにか3年もの間を、
やり過ごしてきた。
できるものなら、解放されたいんだよ
――でも、その夢は叶わないから。
それから2年後、病室にあの彼がやってきた。
まず、俺に頭を下げて深く謝罪し、感謝した。
そして、精神的に病んでいた俺に、ずっと待ち望んだ
希望を与えてくれた。
大学2年生、俺は4年間を経て、拘束から解放され、
サークルに入り、グラウンドを駆け回っている。
あの日、彼は、高度な医療技術と知識を身につけ、
病室にやってきたのだ。
その彼の技術や知識に救われて、今の俺がある。
1年の抱負なんて、考えずに諦めていたけれど、
今年は、彼の支えになること、にした。
これからは、お互い支え合って肩を取り合おうと
約束したから。