『一筋の光』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
お題「一筋の光」(雑記・途中投稿)
一昨年かな? のCOVID-19のワクチン副作用でうめいている時、「一筋の光を辿って 僕らは今日も願うだろう」って歌詞がなぜか頭の中をエンドレスループしていて、歌詞から探し出したのを思い出した。
その時振りに体調崩した。
ちなみにEvery Little Thingの「Sure」って歌。
そんな訳で今回は体調不良の話。
体調を滅多に崩さないから、かかりつけ医とは。ってなる。歯医者さん定期的に行けって言われるのは分かっているけど(行ってない)お医者さんって定期的に行くものなのか?
年に一回ぐらい体調悪くしている、とは周りに言っていたんだけど、よく考えたらお医者さん行くぐらい酷いのは久々だなぁ。
去年休日診療所に行ったのは、飲食店で働いていて風邪かCOVID-19かインフルエンザか判断つかなかったからだし。多分違うって言われながらも念のために両方の検査を受けたら、四千円ぐらい取られた上にただの風邪だったつらみ。
しかもその時は熱もなかったしなぁ。
COVID-19に三回か四回罹った(噂)人が同じ職場の取引先さんにいて、その人が休む前に三時間ぐらい? 打ち合わせしていたから一応休んだ時の連絡方法とか聞いたんだけど、全然何ともなかった五月頃。
電車止まって遅刻の連絡入れたのがその連絡方法を使った初回だった。(めちゃくちゃ遠回りして二時間ぐらい遅れて着いた)
そしてお医者さん行くぐらいの体調不良というと、堺で一人暮らし始めた時に行った以来記憶になかった。
十字路の斜め前の距離がしんどかった微かな記憶。
体調不良で休んだのはワクチン接種の副作用が一番多かったし、その後病院行ったのは通勤途中に車に撥ねられて救急車呼ばれた時と、鉄板落として指先が腫れたから相談に行った時かな。爪に穴空けて吸い出してもらった思い出。……両方とも奈良在住時代か。色んな点でロクな事がなかった。二度と住まねえ。
君の笑顔が僕にとっての一筋の光だった。
君が見てくてるならなんでもやって見せる。
君だけが僕を見てる。
君が僕に気づいてくれる。
君は僕だけを見てればいいのに。
僕だけを見てくれた君は
いつだって他の人の光になれた。
僕を見捨てないで
─────『一筋の光』
あ これまだ着られそう
い いやいや
あ だって穴も空いてないよ
い もうオワってるし
あ 合わせなくて良いんだよ
い ?
あ 「自分の流行り」って
い …水色…?
あ 合わせ?
『一筋の光』
一筋の光
暗く狭い洞窟の中を這うよにして進み続け2日。体力的にも精神的にも限界を向かえ、自分がどこにいて何をしているのか曖昧になり始めいた。
ああ。そうだ。自分はカメラマンで、この洞窟の最奥にあるパルテノン神殿と呼ばれている場所を目指していたんだ。パルテノン神殿がどんな場所なのかはよく知られていない。洞窟の奥にあり、そこまで行くのに何日かかるのか、地図があるわけでもなく真っ暗な中を自分のベッドライトだけを頼りに進んで行く。
ただ1つ、神殿の入り口には洞窟の天井から一筋の光が伸びていて、そこだけほんのりと明るくなっていると聞く。まだ、明かりは見えない。
水の音がするが地底湖だろうか。洞窟の中で水は行く手を阻み、体温を奪う。寒い。
「おーい。こんな地下に滝があるぞー」
パートナーを組んでいた先輩の声が聞こえる。やっと下まで降りてきたが、どうやらこの滝を登ることになるらしい。
水を被り、滝の横をカルビナとロープ一本で登りながら考える。何で洞窟に入ったのか。バルテノン神殿は本当にあるのか。それを写真に収めることに何の意味があるのか。あー、寒い。
滝を登りきると光が見えた。バルテノン神殿の目印。やっとやっとたどり着いた。
そこには大空間が広がり、白い鍾乳石があちこちでつらら状になり、神殿の氷柱のようになっていた。まさに白いバルテノン神殿が佇んでいた。
洞窟から帰り都会で写真展を開いた。洞窟の写真だけでなく、田舎の風景、人物の笑顔の写真を展示した。目玉はもちろんバルテノン神殿だ。来場してすぐの真ん中に展示した。
「わあー。すごい。綺麗ねぇ。」
「何これ!青いお白。ディズニーみたい」
来てくたさる方たちの驚きと笑顔が見れてあの時の苦労が報われた気持ちだった。
途方に暮れて立ち尽くすことしか
できなかったのに
隠した本音もごめんなさいも
言えなかったのに
僕の耳は、隔てた壁の壊れる音を聞いた
ひび割れた隙間からのぞいたら
君の笑う顔が見えた
「一筋の光」
どこにいても見つけられる
見てないだけで
どこにでもあるのだから
ただ見ようとするだけでいい
あるんだと信じればいい
光ってそういうもの
#一筋の光
暗闇の中、紐を結う。
それを天井から吊るして、手をかけた。
首を通そうとしたとき、一筋の光に目が眩んだ。
それは小さな窓から覗く、月の眩い光だった。
また今度にしよう。そう思った。
11.5 一筋の光
#一筋の光
見えた。
合格を掴み取る瞬間。
この2週間の努力。実れ。
みのれ。
怠るな怠るな、隙を見せるな。
試行錯誤頭を使う。
一生懸命生きよう。
いつも、辛い時
苦しい時も
君の大丈夫だよ。その一言で
僕は君に助けられてる
君は僕の光なんだ
一筋の光/夜凪
一筋の光
そうなれたらいいと思った
でもきっと私にそこまでの力ははい
だからせめて
明るい、暖かい場所でありたい
そう思ってもらえる人間でありたい
一筋の光
が天空よりおりてきた、
すると、もう一筋光が降りてきて、
目の前の光は2つとなった。
突然頭に直接響いてくる感じで、
「選びなさい。」とのお言葉。
間違いの多い人生だった。
今度は間違えない。
俺は光に背を向けて歩きだした。
一筋の光
あなたは本当の絶望を見たことがあるだろうか
私にはまだない
まず本当の絶望とはなんだろうか
大怪我をして一生歩けなくなること
記憶をなくしてしまうこと
災害で家族をみんな失うこと
愛していた相手に振られること
こんなものだろうか
絶望とは希望を全く失うことらしい
私は今でも未練が残るほど魅力的な彼女に振られた
もう別れて5年が経った
振られてすぐは現実か分からないほど落ち込んだ
涙すら出ない悲しさを知った
でもそれが絶望とは思わない
私にはまだ希望があった
真っ白の空を覆う雲
光を吸収してしまうような厚い雲
不意にパッと光ってまたすぐ消える
一瞬一秒だとしても希望が訪れる
その希望を本当に希望と受け取れるかどうか
私は友達が希望であった
人にはなにか希望が残されるのではないだろうか
親や兄姉、先生、パートナー、何か夢中になれる事
これら以外にも何かがあるはずだ
あなたはそれを探しているか
一瞬の希望を逃さぬように
私は今日も一筋の光を信じて
あめ.
一筋の光をキャッチする余裕
ほころび閑か お会式桜
早く寝て朝寝もできる贅沢が
週末の光 今日もやっつける
♯一筋の光
もし一筋の光が見えても私は光の方にはいけない
ずっと暗闇で生きていくべきだから
あ、もう6時かそろそろランニングにでも行くか
寒い、この前まではまだ暑かったのにな
はあ,はあ、いつ見てもこの海は綺麗だ
これだけを見るために、いつもランニングしている
そう、この景色を見るために
近所の海に浮かぶ小島には、赤い鳥居が建っている。
小島は岩で出来ていて、とても神様はいそうにない。
ぼくは波打ち際の岩にしゃがみ、それを眺めていた。
背景の空は灰色の雲に覆われて、ぼくの心と一緒だ。
鳥居も沈んだ色になり、胸を打つ鮮やかさは消えた。
ふと、小鳥が三匹、飛んできた。なんて名前だろう。
名も知れぬ小鳥たちが鳥居に留まって、鳴き出した。
ぼくも一緒に泣いた。小鳥たちが掻き消してくれた。
すると、瞼の裏が明るくなった。ぼくは目を開けた。
鳥居が光っている。雲を裂き、陽が顔を出していた。
赤くて、周りの青と灰色を置いてけぼりにするそれ。
それの奥から、神様が顔を覗かせたような気がした。
いっぱい泣いて、反省したから、許してくれたんだ。
ぼくは手頃な石をポケットに入れた。小島の代わり。
この石の中の小さな神様に、ぼくを観てて貰うんだ。
ぼくは生まれ変わる。二度と母さんを泣かせないぞ。
鳥居に差す光が広がっていく。ぼくは決意を固めた。
君が空を見上げた
目を閉じたその横顔は
光が差したように輝き
麗しかった
♪君という光 浴びて呼吸した
ゆくあては二人でさがそう
繰り返し登り落ちる太陽の下
まわるこの星で
ほらユラリ流れる海の月
君という光/GARNET CROW
どんなに辛いことがあったって、お構い無しで朝が来る。
静かに暗闇に沈んでいたいのに、否応無しに朝が来る。
世界は誰中心でもないから、当たり前の営みを当たり前に続けるだけ。
だけど人間は自分がすべてで、自分以外の何もかもが「その他大勢」なんだよ。
家族だって然り。
心がつながってるとか、心はひとつとかの、比喩表現。
実際には人はそれぞれ別個体な訳で、「お前に俺の何が分かるんだよ!」ってセリフは、あながち間違っていないと思う。
分かる訳ないんだよな。
分かられちゃ困る。
自分だけの心の、形のない感情。
それでも、分かり合えないままで生きていくのも辛い。
人は人とつながりたいんだ。
想いを共有したいんだ。
だから、言葉を使う。
私達がつながる唯一の手段は、きっと言葉だろう。
話しても、書いてもいい。
孤立した私達が分かり合うための、一筋の光。
どんなに辛いことがあったって、お構い無しで朝が来る。
カーテンの隙間から、私達を暖める一筋の光。
これはきっと、私達への救済措置だ。
宗教的なものじゃなくて、世界が、人間がそういうもんなんだと思う。
暗闇に沈み続けることを良しとする思考回路なんて持ってない。
きっと、誰もが。
だから、今日も陽の光をたくさん浴びて、伝えたい言葉をたくさん持って、大切な人達とつながっていたい。
雨の日なら、明日に期待。
必ず晴れる日は来るから。
一筋の光から始まる朝が、必ず訪れるから。
それがなければ、私たちは真っ暗な闇の中を手探りで進まなくてはならない。道しるべもなく。
一筋の光
今の生活で一筋の光はなんだろうと考えてみた。お義父さんが半年前に会社が倒産して2.3ヶ月経った頃から「おかしいどうすればいいかわからん」と言うようになり診療を受けると急にする事がなくなって適応障害のような診断を受ける。実家では、一年前から「どうすればいいかわからんなった」とおばあちゃんが認知症状が出てきた。親は、働いている為おばあちゃんはひとりで留守番している。私も働いているが、変則勤務で平日の日中に家にいることも多々ある。どこに行っても一緒なような事を何回も聞かれ疲弊する。今の状態を打破できるような妄想をしているが中々思う通りにすすまない。病院について行って話を聞いて、誰も部屋の片付けをしないから俺がしないとって思っていると聞けた。じゃあ一緒にすればいいと一筋の光が見えたように感じた。
でも、お義父さんの受診をお義母さんに、一緒に行って欲しいと話すも「いやだ」「イライラするから」と拒否される。まだまだ前途多難。