『カレンダー』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
― カレンダー ―
6月からめくられていないカレンダー。
もう梅雨どころか秋がはじまっているのに
私の部屋には
紫陽花の造花が置かれている。
いいよね、
好きな季節で止めて置いても。
私の部屋に四季はない。
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100いいね♡
いつもありがとう
今日もまた
一枚めくる
カレンダー
裏を使って
何を描こうか
毎月22日はショートケーキの日。
カレンダーを見ると、22日の上に15日(語呂合わせでイチゴ)がのっているからだそうだ。カレンダーの日にちの並びをショートケーキに見立てるなんて、何だか可愛いなぁと思った。
こういう記念日他にもあるのかな〜とちょっと調べてみたけど、見つからなかった。あったら面白いな。
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いつも、ありがとうございます。
食後にソファーに寝転ぶ。
ふと、
目の前のカレンダーに目が止まる。
A2サイズくらいの大きなカレンダーには
ところどころに書き込みが見られる。
「9月は30日まであるんだなー」
と気づく。
30という数字をボンヤリ眺めていると、
「そういえば、私は今年で30歳だな」
と思う。
カレンダーだと、
1ヶ月が終わるのか…
そう考えると
「人生なんて3ヶ月くらいしかないんだな」
と、意味なく哀愁のようなものを感じた。
ブチ柄のカレンダー。
あの夏祭りの日から
私の月日は止まったままだ。
いつまでも幼く
花火を見てる。
りんご飴をかじる音が人声にかき消された
賑やかなお祭りだった。
私は人酔いしやすかったので、
端っこに座ってばかりだった。
しかも私は目が悪い。
3年ほど前から急に見えにくくなったのだ。
メガネが無いと人にぶつかってしまう。
ヨーヨーを手首にぶら下げた友達を横目に
ずっとりんご飴をかじってた。
目の前でドカーンッと大きな花が
夜空に咲いたが、
終わる頃には
私の世界から光が無くなっていた。
目が見えない。
真っ暗で孤独。
さっきまであんなに明るかったのに。
それからどうやって家に帰ったかも、
どうやって今まで生活したかも
全然わからない。
"Good Midnight!"
と、
眠ってから
今も見るのはあの日の夢。
花火が光っていて、
人の声と屋台の匂い。
りんご飴の味。
全てが鮮明に思い出せてしまう。
もう一度光を見たいとは思わない。
五感の1つを失ったって、
あと四つも残っているのだから。
人生は簡単に終わらない。
こんなところで終わったら
もったいない。
もっと楽しんでいこう。
「カレンダー」
カレンダーに
丸をしなくなった
あなたの日。
【FE風花雪月エーデルガルトネタ カレンダー】
どうしてこうも運命は理不尽で、無邪気で残酷なほどに石畳を撫でて雨は降るのかしら。その石畳の上で貴方は未だ死人と顔を合わせているのね師。そろそろ潮時ではないかしら。
闇に蠢く者の居場所がわかったそうよ師。場所は禁じられた森、とても危険な場所のようね、でも貴方なら構わず其処に赴くでしょう、敵が獲れるものね。
カレンダーを見る度に先生にとっての復讐の時が近付いているのを実感する。私にとっても好都合よ?私の命令に背いて勝手に行動する輩を排除でき、貴方はそれらを敵として復讐する。とても好都合な環境下であると思わないかしら。
今の師はまるで復讐心に囚われ人間の命を狩るまさに悪魔。貴方が悪魔であればある程都合がいい。
このまま…師がずっと…この大修道院を出た外でも私の師であれば良いのに…。
どうしてこうも運命は理不尽なのかしらね師。でも私に運命は関係無いわ。自分で作るものですもの。神も、信仰も、関係無い。全て壊す。私の心を彩ったこの世界を。
其処に、貴方もいて欲しいわ師。
空欄ばかりの斜線を引く以外使い道がないカレンダーをみて、来年からは買わなくていいかもなあと思った。
【カレンダー】
毎月同じ日になると印をつける
今月もこの日を迎えられた、と
印をつけ始めて2回、もうすぐ3回目の印をつける日が来る。
初めての印は彼と付き合った日。カレンダーに記念日を書き留めたことはなかったが、この日は絶対に書き留めておこうと思った。
数が12個になるまではカレンダーに印をつけていこうと思う。ずっと数が増え続ければいいな。
【カレンダー】
毎日カレンダーをめくりながら思う
この幸せな時間はいつまで続くのかな...
一生続いたらな...
カレンダー
空白と祝日
稀に予定があって
アラームを鳴らさせる程度
アプリの話です
実物は買ってません
別に嫌いではないんだけど
程よい置物くらいな認識
デジタルもいいけど
アナログも必要だと思う
余裕があるなら別にあった方が良い
手間もあるけど
手間のおかげもあるから
なんでもかんでも
一つに任すのは危険だから
年始年末にカレンダーを頂くことが多い
その年によってたくさん頂くこともあれば
少しの時もある
今年はたくさん頂いたので
家中カレンダーだらけだ
カレンダーをめくる時に
1ヶ月を振り返るが
あまりにも早く過ぎゆくため
大きな出来事以外はほとんど覚えていない
残り少ないカレンダーの枚数を数えながら
ため息をつく
日めくりカレンダー
日をめくる
順を追って日をめくる。
今日が来る、その実感が湧く。
めくる瞬間に、思いふけてみる。
昨日の明日が訪れる。僕はその時何を思う。
めくる瞬間まで昨日だった。
昨日の僕は、もう僕では無い。
さようなら、めくった紙と共に
カレンダー
1から30、あるいは31、時々28
空いたそのマスが気になって、思わず余計にマスを埋める。隙間なんだか気になって、やっぱり何かでマスを埋める。満遍なく埋めきったら何だか無性に安心感。あらゆるものを浪費して、生きた証をカレンダーに遺す。生きてる心地がある。口うるさい友達は、私の生きた証になる。一緒に費やす友達も、私が生きてる証拠になる。
毎日1枚ずつめくっていく日めくりカレンダー。
あれをめくる時少し寂しく感じるのは私だけかな。
何気ない1日も
辛く悲しい1日も
楽しくて幸せな1日も
めくる度に
今日という日はもう戻ってこないんだなと思う。
そう思うとどこか名残惜しい。
【カレンダー】は1日1日の大切さを教えてくれる。
カレンダー
今はもうスマホを持ってるから、あまり使わなくなったカレンダー。
スマホの電源をつければ、
時間の下に小さく日付と曜日が表示される
便利なカレンダーのアプリだってある。
私の使ってる卓上カレンダーは、
よく見るレイアウトの、
シンプルなデザインのカレンダー。
一目で1ヶ月の予定が見れるし、ちょっと書きづらいけど、余白に予定を手書きするのが楽しかった。
でもプライベートなんて隠せない卓上カレンダーに予定を書き込むのが恥ずかしいと感じる時もある。
そこはアプリの方がいいかな。
日めくりカレンダーにちょっと憧れがあったな。
カレンダー
カレンダーをふと見ると今日は、私の
お誕生日だった。
子供の頃は、誕生日と言うだけで
ワクワクした物だが
大人になると あ~あまた一つ年を取ったあ 憂鬱だぁ~となる
だから今の今までカレンダーを意識していなかったのだが....
旦那さんが私の誕生日だからとケーキを
買って来てくれた。
子供は、大喜び 私も気を遣って
祝ってくれるのは、嬉しい....
ケーキも美味しかった....
だけど.... また太る 年取るぅ~と言う
気持ちも否めない
嗚呼....純粋にケーキやプレゼントに
喜べた子供の頃に戻りたいと
私は、この時期になると自問自答して
贅沢な悩みを抱いている....。
とりあえず旦那さんケーキありがとう
美味しかったです。
ごちそうさま!!
カレンダー
こどものころ習った
洗濯の歌を思い出す
月曜は洗濯
火曜はすすぎ
水曜は脱水
木曜は物干し
金曜は取り入れ
土曜はアイロン
日曜はおでかけ
のんびりすぎるよね
手遊びのお歌でした
『カレンダー』
例えば、カレンダーにあった予定が急になくなった日。
例えば、カレンダーに何の予定も書き込んでない日。
君がそんな日に会いたいなって思うが私だったら嬉しいな、なんて予定のない日に君を思い浮かべながら考えた。
カレンダー
毎朝、カレンダーに前の日の嬉しかった事を書く。
なんでもいい、ただ心が浮き上がったことを書く。
そうやって積み重ねた半年ー
まだ慣れない職場での疲れを一段と感じる今日
そういえばとカレンダーを振り返る今日
そうだ、しんどい時も泣いた日も誰かが手を差し伸べてくれた、話を聞いてくれた。それが、嬉しかった。
うん、大丈夫。
今日も仕事をしよう。
チャレンジ53(カレンダー)
本屋のレジ近くに置いてある、名刺サイズのカレンダーを、最近見かけない。携帯が普及したからだろうか。半年で1枚になっていて便利だ。書店そのものが減っているのも寂しい限りである。かくいう私も、スマホで予定を確認することが多い。偉そうなことは言えない。