『ひなまつり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ひなまつり。
子供の頃に流行った替え歌は、
かなり物騒な歌だったな〜と言う物を思いだした。
ひなまつりって羨ましいな春芽吹き街がピンクに染まって行くし
題目「ひなまつり」
ひなまつり
今日3月3日ってひなまつりだよね。
もちろん僕の誕生日でもあるんだけどさ。
僕って生まれてから母さん達に
女の子みたく育てられたよね。
愛されてる自覚はあったし、
大切に育ててもらったのも分かってる。
他の子よりも背が小さかったり、
華奢だったりして。
女の子になりやすかったのかぁ。
別に可愛いものは嫌いじゃないよ。
スカートも可愛いしドレスも好き。
でも僕は、
僕は女雛よりも男雛になりたいよ。
ひな祭りといえば、おばあちゃんを思い出す。
父方も母方もどちらもきちんとしたおばあちゃんだった。
私はおばあちゃん達の期待に応えることができているのだろうか。
おばあちゃん達の時代に比べて色々変わってしまった現代だけど、おばあちゃん達の時代もとても大変だったんだろうと思う。
「ひなまつり」
3月3日 ひな祭り
女の子の
幸せと健やかな成長を願ってお祝いする日。
こんな僕でも
願ってもらえるかな。
【ひなまつり】
ひなまつり……といえば、ひねくれものの私には、旧暦の三月三日に起こった「桜田門外の変」が真っ先に連想されます。この時代的にはひなまつりと言うより「上巳の節句」と呼ばれていたのかな?現代の暦では三月二十四日。そろそろ桜が咲く頃合いですが、この事件の日は大雪だったそうですね。狂歌に「三月は雛の祭りか血祭りかあけに染めたる桜田の雪 」なんて詠まれてたり。江戸時代は小氷期だったと聞いたことがありますが、その影響なんでしょうね。幕末は事件が盛りだくさん。桜田門外の変のほかにも目白押し。その事件の重大さでもトップクラスに入るのはペリー来航でしょうか。このときも有名な狂歌が残ってますよね、「泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず」。そのほか、「いにしえの蒙古の時と阿部こべにちっとも吹かぬ伊勢の神風」などなど。世相をユーモアで皮肉る狂歌って粋だなあと思います。そしてこの頃は天災にも襲われましたね。安政南海地震!甚大な被害であったにもかかわらず、地震をネタに、さらには百人一首をもじった狂歌が詠まれています。「繪本大變記」からいくつか挙げますと、
「木に敷れ焼る人こそかなしけれ我身計の事にあらねど」
「北風に棚曳火事の絶間より逃出る人の影の黒さよ」
「思ふゑはまた此頃も恐ろしやうしと見しよの大地震かな」
「百鋪や古き軒端は崩れても人の命の有ぞ目出たき」
――わりと生々しい表現もありますが、惨禍にくじけず狂歌で笑い飛ばしちまえ!みたいな気概を感じます。私もいつぞやの真冬の大地震の被害に遭いましたが、もう笑うしかなかったですね。
能登半島地震の被害に遭われた方々に、あらためてお見舞い申し上げます。
幼き日
親を困らす
ひなまつり
端午の節句は
お休みなのに…
お題☆ひなまつり
「ひなまつり」
今年も旦那が
ケーキを買ってくれた
44歳のひなまつり…
次は男の子が欲しかったのに…
そう言われて育てられた私
小さい頃、雛人形を見てると怒られた
これはお姉ちゃんのものだから…
雛人形…羨ましかった、ずっと
旦那に打ち明けてから今年で4回目
私だけの…私の為の…
ひなまつり(⸝⸝ ´艸`⸝⸝)⟡.·*.
仕事を楽しむ。でないと続かないよ。ほんまに、リラックスして楽しもう。
【ひなまつり】
ひな祭り、うちは特に祝うことはなかったからこれと言った思い出もエピソードも少ないな。
思い出したように祝われたこともあったけど、私はそこまで自分を女として認識してなかったからあんまり祝われてる気はしなかった。
強いて言うなら、いつだかデパートか何かに豪華な雛人形達がショーケースに飾られていた時があった。
廊下のところにとってつけたように置いてあって、そこに暖房が無かったのも相まってその薄い顔が寒々しく感じて、その時はとても春の祭りだと思えなかったんだよな。
「ひなまつり」
君と過ごしたひなまつり。
【#11】
ひなまつり
お雛様を飾るとほっこりする
ひなまつりのイメージ色はピンクかなぁ
おばさんになっても一年に一回この日はお祝いするよ
平飾りだったと思う。
お内裏様とお雛様がいて、台があって、桃と橘があって、あとは牛車と、なんて言うんだっけ、お膳みたいなの。それがあった。
綺麗なお顔してたって記憶はある。
保育園、小学校の頃はきちんと全部飾ってたと思う。
それが成長するに従ってだんだん手抜きになって、お内裏様とお雛様だけ並べて洋服ダンスの上に置いていたのが、最後には箱から出すことすらしなくなった。
あれから何年経ったのか。
箱はまだ押入れの奥にあると思う。
え? うん、ちょっと·····出すのは怖いかな。
END
「ひなまつり」
300字小説
春の弥生の善き日
子供の頃、友達の家のひなまつりが眩しかった。うちは父がそういう行事に金を使うのが嫌いで、母は女の子より男の子が欲しかったらしく、一度として、ひなまつりをしたことが無かった。三月が近くなるとコッソリ、友達の家をハシゴしてひな人形を見せて貰ったものだ。
「……可愛い! このぬいぐるみのひな人形、良いな」
もう何体目か、目についたひな人形を買う。大人になり実家を出てから、私は毎年、ひなまつりを祝っている。
たくさんのひな人形を飾り、ケーキにちらし寿司、はまぐりのお吸い物で昼間から飲んでしまう。
「大人なのにおかしいかな?」
『おかしくないわ。女の子のお祭りですもの』
部屋の片隅で鈴が鳴るような声がくすりと笑った。
お題「ひなまつり」
栄枯必衰。
この言葉が浮かんでくる。
娘や孫のために。
そういう想いを乗せて飾られた雛人形。
幾段にも飾られた正に豪華絢爛と呼ぶもの。
今や慎まやかな雛人形が家に飾られる。
そこにあるものに宿った心は昔より少なく感じる。
メンドウ、高いから、そんな余裕はないから…
何のためにするの?
そんな言葉が出てきてしまう行事。
昔は華やかだったんだよ、と言われる、衰退の証。
そんな寂しさを感じさせるもの。
昔の人の願いは何処に消えてしまったのだろう。
ふと、慎まやかな雛人形が問いかけてきた気がした。
『ひなまつり』
桃の節句と言えば、お雛様や雛壇だったり。俺は母子家庭で、小学生のころは鍵っ子。妹二人はいたけど、親が帰る迄は公営住宅の部屋で、絵を描いたり折り紙で遊ぶのが好きだった。ひな祭りの前には、折り紙で、お雛様カップルや右大臣左大臣、五人ばやし?なんかも作って、あられやひし餅も飾ったかな?
別に外で遊ぶ事が嫌いだった訳じゃない。外で遊んでいる最中に怪我をして、血だらけで帰宅した事もしばしば。その時代、アニメの影響で剣道が流行り、小学校の剣道サークルに入ったけど、数ヶ月位で辞めてしまった。けど良い思い出。
下手だけど、サッカーやバスケ、バレーボール、卓球なんかも好きだ。ただ、身長が身長だし、部屋でこもり過ぎたせいで体重増加、足手まといになる事が多かったけど。
ただ、その時に過ごした家族での桃の節句のあの楽しい一時は、今になっても忘れない。40年近く前になるか・・・。
人間は愚か者だ。後に何十年経って、大事なものに改めて気付く。
ちなみに、甘酒は今はノンアルの材料で作っているので、真冬の寒い時期に飲むと、温かいのと素朴な味でホッとする♪
それから20年後位かな。あるきっかけで、名古屋の食品メーカーで働き出した。その時に世話になった、ある派遣会社の方と、一つ上の同郷の先輩には本当に感謝してしている。
てか、愛知県&名古屋は今でも第二の故郷だと思っている。(当時西区に住んでて、ダイヤモンドシティとか稲生神社とか懐かしい♪)けど・・・その同郷の先輩(ノンケ)に激惚れしまったのがマズい。
二年後、結局その食品工場も辞め、金に困った挙げ句、今にいう闇サイトや半グレまがいの事にも手を出し、地元に帰り自己破産に至る。
ただ、今に後悔は無いのは、その時入れたエンブレムのタトゥーと、入れた彫師さんと出会えた事。これは、一生忘れない。なぜって?だって、信念があったから。それに、彫師さんイケメンだし面倒見良いし、気遣うし、正に理想の先輩の感じ。
その後5,6年経った頃また訪問し、今度は俺のデザインを元に龍(タトゥー調ですが)を彫ってもらいました♪
(なので、現在、胸〜背中〜肩〜両腕上墨入ってるので、お風呂屋さんやスーパー銭湯行けるかなと心配です、汗)
数年前に
「三月になったから」と
あのひとから贈られた
一体が手のひらサイズの
陶器の雛人形
素朴で温かな
陶器の優しい風合いに
あのひとの面影を
重ねながら
春の訪れを
感じながら
今年もまた
心豊かに
お雛様を飾ります
# ひなまつり
〝ひなまつり〟
スーパーで、買い物をしていると、
ひなまつりの歌が流れてきた。
ひなまつりといえばひなあられだが、
最近はひなあられを食べる機会もなくなってしまった。
大人になって買うのも恥ずかしいし、
姪っ子が来てくれないかな、なんて。
他力本願だけれどね。
〝たった一つの希望〟
キラ〜キラ〜、と音がなる。
ゲームのガチャを回す音。
もう何回目だろう。
確定演出が来ても、目当てのものは当たらない。
長いロードが来ることだけが、たった一つの希望だ。
「ひな祭り」
ひな人形を見て
怖いと思うのか 可愛いと思うのか 綺麗と思うのか
全部違う
凄く暖かくて 懐かしい匂いがしてきそうで落ち着く
🎎ひなまつり
雛、祭りとはよく言ったものだ。
所詮、弾かれ者
——私のような者など。
雛はやがてかえる。羽ばたける。
私はまだ、雛にすらあらず。
雛でありたいと思った時点で、そうではない者。
離れていく人々。
暖かみなど。
所詮、別れ。分岐。
祈りも消えた我が母国に、何を祭られようぞ。