『この世界は』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
この世界に設定されたテーマには、吸い殻を路上にすてる目線の先のじいさん、人妻と関係を持った友人、テレビに写った戦時中の国、募金箱に映る貧しい子どもたち、夜の公園のベンチに横たわるマックの紙袋、等。
この世界の人間は理性ではなんとかしなければならないと考えているのに、それを本能で蓋をすることになっている。
この世界の睡眠制度は素晴らしい
寝ている間は現実逃避できる。大体1日の3分の1。ちゃんとした睡眠を取らないと精神的に不安定になってしまうことはデメリットだが、正しい睡眠を取れば3分の2の1日が素晴らしいものになる。
悪夢を見てしまうときもあるけど、現実では再現できない夢を見ることだってできる。。
寝てないときぐらいこの世界と向き合うのが有意義な生き方なんだろう。
ちゃんと寝てないから吸い殻捨てたり、不倫や戦争したり、貧しくなったり、マックの紙袋が孤独になったりする。
ちゃんと寝ろよ。
1つだけ正しいことを言えば、24時間寝てない私がこの世界で書いた文章は粗悪なものである。
【この世界は】
戦うか仲間になるかしかなくて
敵対したら戦うしか選択肢がなくなる
そんなこの世界、自分には狭すぎた
この世界は
酷く大きく、歴史の深い地球のこと
この世界は
そのごく表面に人間を住まわせている
この世界は
多数人間の共通認識の集合体
この世界は
ひとりの両腕の手の届く範囲
この世界は
わたしの箱庭
「この世界は」
生物は 生まれ落ち
さまざまな経験と
病によって
遺伝子を変化させ
子孫を残す
だから
この世界で生きるものには
すべてに役割がある
自ら命を断つこと
自らの欲のために
命を奪うことは
許されない
かの子
この世界は残酷だ。
誰かが死んでも時間は止まってくれないし止まらせてもくれない。
何もなかったみたいにいつも通りの日常が始まっていくのだ。
そんなこの世界が私は嫌いだ。
長い坂と階段を登り数年ぶりに来た二人の思い出の場所。
少し古くなったベンチに腰掛け深く息を吸い込む。
君がいない事以外あの頃と何も変わらない景色と匂い。
君のいない隣を見つめゆっくり瞼を閉じる。
優しすぎた君は残酷でも美しいのだと
この世界をひどく愛していた。
いつかは私も君が愛したこの世界を愛してみたいと思う。
ーこの世界はー
ヒトの網膜に見える波長(可視光)は、実は太陽から最も強く放射されている波長帯らしい。
実はその反対で、地球に届く最も強い波長帯に生物の眼が適応してきたのだと。
他の生命体が見ても、地球は青く輝かないのだろう。
だからこの世界は実は美しい。
それは自分たちが時間をかけて選択し、適合してきたより美しく、より居心地の良い世界。
しかしいつも見ているのは、そこにヒトの思惑やしがらみが染め上げた意味。
お題:この世界は
こどものころに聞かされた長い長い昔話を
生まれたこどもに話している
どんな顔して話していたんだろう
あたしに何を込めたんだろう
今のあたしときっと同じ気持ちなのかは
聞かないでおこうか
こどもが大人になるころには
またきみがあたしになっている
「おとぎ話」
「努力してる人に光が当たる世界であればいいな。」
努力しても努力しても一向に報われない私に
努力は報われない、と知ってしまった私に
だいすきだった先生がかけた言葉。
願った色の花は咲かせられなかったかもしれない。
それでも当時の経験は根を張り、葉を茂らせて、
違う色の美しい花を咲かせようとしているよ。
努力は必ず願った先に報われるわけじゃない。
でも腐らずにいれば、
どこかで何らかの形で必ず報われる。
先生、私強くなったよ。
もう先生に頼らなくても大丈夫。
先生みたいな先生になります。
今日終えて 明日は嘆くか? 夢見るか?
どうせ生くなら 前を見ようか
『この世界は』 2024.01.16
長いこと人間をやっていて、この世界は理不尽だの不条理だのという出来事や突発的に起こる災害に遭ったりするのを今まで相当数見てきた。
それでも世界をよりよいものにしたいと戦っている人や進めてる人がいる。今この時間にも。
たった1mmでもいい方向に進めたい。不安もあるけど自分にできることはないかといつも考えている。
偽善者とか綺麗事とか言う奴らもいるけど、やらないよりやった方がいいし、動かないよりは動いた方がいい。
みんな自分が思ってるほど無力じゃない。小さいことでもやれることがあるはず。
テーマ:この世界は
明日は阪神淡路大震災の日なんですよね…29年経ってもいろんな災害があって…当日は思いを馳せて黙祷します。
この世界は美しく醜悪だ。
一見この言葉を見ると矛盾している様にも思えるだろう。
けれど矛盾などしていない。
この世界は美しさ醜悪さを兼ね備えている。
それでこそこの世界なのだ。
なので、例えば美しさか醜悪さ何方かが欠けたとすれば
それはもう、この世界とは違う別の世界なのだ。
私達はこの美しさと醜悪さが交差する
この世界で今日も息をする
題名∶この世界は
この世界はどうやら、私中心で回っているわけではないらしい。
私がもっと小さい頃は、世界は自分が中心に回っているのだと思い込んでいた。
家族、先生、友達、街行く人々、近所の野良猫。生きているもの全ては、私という物語の中に出てくる一要素でしかなくて、全ての出来事は私の為に作用しているのだと、信じてやまなかった。
私は言わばこの世界の王だ。何をしてもこの世界で咎められる事など一切ない。と、何度自分勝手な行動で他人を傷つけてきたのだろう。
ある日、私の信じていた世界が崩れ落ちたとき、漸くこの世界の豊かさに気がついた。誰が中心でもない、生きるもの皆がそれぞれが主人公で、毎日を一生懸命生きているのだと。
一人ひとりが輝くこの世界はなんて美しいのだろう。
これは私の実体験である。
数年ほど前に北海道でブラックアウトという大規模停電が起こった。もちろん電気は使えない。私の家はオール電化だったが、家庭用コンロがあったのでなんとかなった。ご飯は乾麺やカップラーメンがあったのでなんとかなった。でもスマホも充電出来ないので暇つぶしに使うことができない。緊急の時のために充電を残しておかなければいけないからだ。そうなると時間が余ってしまう。昼はラジオを流しながら本を読むことができた。でも夕暮れが近づいてくると暗くなってくる。私は本を読むのをやめ、気分転換に外に出ることにした。外に出て空を見上げてみると、今までに見たことがないほど綺麗な星々、天の川がこんなにはっきり見えるなんて今までなかった。どこの家庭も電気が使えないため星と月以外の灯りは一切なく空が透きとおっていた。この時私は初めてこの世界に生まれて来てよかったと思った。
「この世界は」
この世界において、生きるということは、最も高尚な行為である。そうだろう?
息を吸って、吐いて、栄養を採って、排泄して、休息を取って、また息を吸う。こんなにも面倒で仕方の無いプロセスを人々ひいては全生物がしているのだ。生きているのだ。そうして毎日、記憶の1ページを綴っている。
しかしながら、全員が毎日当たり前にしている行為は、果たして高尚と言えるのだろうか?現代における日本語は、やや面倒くさい。京言葉のように、本来の言葉の用途とは逆に、皮肉を効かせて使うこともままある。
「とても高尚な趣味をお持ちですね」なんて言葉、果たして素直に受け止められるだろうか。私は性格がねじ曲がっているので、言葉の裏を探ってしまう。つまり素直に受け取ることはないだろう。受け取ることはないし、それはきっと、発することに関しても同じだ。
ここでもう一度言っておこう。
この世界において、生きるということは、最も高尚な行為である。そうだろう?
「この世界は」
この世界は広い
日本だけじゃなく
196カ国もある
色んな人がいて
色んな人と繋がり
結ばれていく
私は素晴らしいと思う
言語も違う人と繋がれるって事
恐ろしい。
何もかもを許容したかと思えば何もかもを否定する。
ただ漠然と我が身に起こった事を理解する。
順調に進めていた計画はいよいよ最終局面を迎えていた。
多少のイレギュラーやミスはあれど概ね順調でもはや失敗はありえないと計算が叩き出されていたにも関わらず。
ありえないと否定しながらやはりかと納得する。
この世界は我々を容認しつつ否定したのだ。
この世界は
No.8『この世界は』
生きることに疲れてしまう時がある。
もう止まってしまいたいって。
でも動画で綺麗な景色とか見ると
この世界にはこんなに綺麗なとこがあるんだ。
この景色を見ないで生きることをやめてしまうのはもったいない。
そう思って今日も生きる。
〝この世界は〟残酷だけど、美しい。
2024.1.15.˹月˼
もしあの時花を買おうなんて思わなかったら
きっと貴方には出会えていなかった
この世界は奇跡が重なって
貴方と出会えたけれど
別の世界でも貴方と出会えただろうか
運命はきっと思うよりずっとてきとうで
何千の出会いを用意してくださるのでしょうね
こんなてきとうな出会い方でいいのかと
笑ってしまいそうなものもあれば
ずっともっと過酷な出会いだってあるかも
なんてね
この世界は
『この世界は』
だれなんだ、まったく。学校の本に落書きをするなんて。
ぼくは筆箱からちっちゃくなった消しゴムを出して、図書室で借りていた本の落書きを消した。
でも鉛筆の落書きはまだいい方なんだ。なかには、ボールペンで書かれていて消せないものもある。そういう時はぼくにはどうすることもできないから、図書室の先生に気づいてもらえるようにメモを挟んで返却することにしている。
ぼくは背の順だと前から2番目で、残念ながら小さい方だ。
だけど毎日トレーニングを欠かさないから、力はともかく体力は同級生に負けてない。それに毎朝牛乳をたくさん飲んでるから、これから誰よりも身長が伸びていくはずだ。
ぼくはスポーツはそんなに得意じゃないけど、これだけはだれにも負けないということがある。
実はぼく、みんなの知らないところでいろんな良い事をしてるんだ。
朝、誰よりも早く学校に行って教室の机を並べて黒板消しをきれいにするし、校庭に乗り捨てられた一輪車をいつも置き場に戻しているのもぼくだし、だれもやりたがらない係も進んで引き受けている。
学校の中だけじゃなくて、街でお年寄りの荷物を持つのを手伝ったり、バスで席を譲ったり、道にゴミが落ちてたらぼくのゴミじゃなくても拾うことにしている。
でもそれを自慢したり、見せびらかしたりするのはなんかカッコ悪いって気がするんだ。ぼくは、あくまでも"さり気なく"を大事にしている。だれにも気づかれなくたっていい。むしろその方がカッコイイ。たぶん、だけどね。
でもたまに。本当にたまになんだけど、ぼくはだれかに言いたくなっちゃうんだ。
「この世界は、ぼくのこの手に守られてるんだ」ってね。
私が今いるこの世界は
色が無い空白の世界。
いや、『まだ』色が無いだけ。
まだ色が染まっていないだけ。
どんな色に染まるのかは
自分自身にしか分からない。
さぁ、真っ白なキャンバスに
描こう。
自分自身の人生を