『遠い日の記憶』
「あの頃はさ〜……」と語りだす、先輩の遠い日の記憶。
やりがいを感じたのは、入社してからいつまでですか。
『終わりにしよう』
テレビの音量は18にしてあり、他に聴こえる音は、子どもがままごと遊びをしているおもちゃが当たる音だけだったはずなんだ。
「終わりにしよう」
ままごと遊び、飽きたのかな。姉ちゃんとその友達の子どもを、美容院へ行ってくる間見ててほしいと頼まれて、今は俺を含め家には3人。
長い間付き合ってきたのに、突然の別れ。そんな声が聴こえたように感じて思わず子ども2人の様子をチラ見してしまった。
2人の手は動き続ける。
飽きてはいないらしい。
「どうして? 好きな人ができた?」
いや、やっぱりカップルの別れ話!
「好きな人ができたのは、そっちじゃないの?」
「なんでそんなこと言うの?」
「オレといても楽しくなさそう」
「仕事で忙しいのかもって思って、いろいろ話すのがまんしてるんだから」
「ほんとにそれだけ?」
「それだけよ。あたしユウくんのこと好きよ」
「オレも、カナちゃんが好き」
ままごと遊びの設定とはいえ、本名で呼び合うのって恥ずかしくない? リアル過ぎて見てられない。
『優越感、劣等感』
小学生の頃は、興味で話しかけていた。というより、わたしより話せない子がいることに、興味がわいていた。
何十年越しだろうね。流すように見ていたネットで気になる記事に目が止まった。
緊張で上手く話せないし、笑うことも難しい? もしかしたらって、記憶の中の女の子と、症状が重なっていった。
だけど、記憶の中の女の子は顔を真っ赤にしながらも、笑っていた。大人しい、控えめであったけど、リアクションは悪くなかった。イジられキャラとして成り立っていたのが救いだろうと、今なら思う。
大人しい、控えめ。そういうのは、わたしにもあったから、本当は話せるんじゃないの? そう思ってたから、興味がなくなったら話しかけるのを、やめた。
他者から見て、はっきりとした嫌がらせにはいかないものの、周囲の目が気になって話すのをやめたこと。
中途半端なこと、したな。
『目が覚めると』
無理に起きることなく、自然に目が覚めた。たぶん、アラームも鳴ってない。
スマホ、画面に表示されたロックを解除して、まだまだ早い時間帯に少し驚いた。
暑くなってきて寝苦しいのもあるかもしれないけど、仕事の疲れだ、そうすぐに思った。
一時期、ひきこもった。
感情のコントロールが難しくなった。
自分はどうしてこんなにも出来ないのかと責め続けた。
自分が壊れたことによる、日々が来る中で感じる、ちょっとした変化。
でもそれは、長期で見ると、充分すぎる変化だ。
疲れ、ストレスによる、浅い眠り。憶えてはないけど夢を見た。
仕事が一段落すると、夢は見なくなるから不思議だ。
壊れないほうがいいに決まってる。だけど、限界というか、脆いんだと。無理をしないようにそう考える瞬間が増えていく。
これ以上は壊れる、自分のなかで警告があったりもする。
どんなに自分を大切にと思っていても、少しの無理は要るんだよね〜。
再度目が覚めて、時間はアラームが鳴った頃。これ以上は遅刻する、気合いを入れて起きた次は、今日の最高気温と服装の熟考。
『日常』
これまでも食料品、日用品を買うのに来てるスーパーですが、あなたと来るのは初めてになりますね。
どちらがカゴを持つかで、一瞬、間ができた。
今晩は何にしますか? 頭に浮かんだそれは、台詞みたいだった。
ぎこちないまま、買い物は終わった。
そのまま、三件ほど過ぎたところにあるケーキ屋へ立ち寄る。扉を開けて、続けて入って来ないあなたに、ハッとしました。
「すみません……買い物の帰り道にあるんで、妻と食後のデザートねって買って帰ってたんです」
「謝らないでください。奥様の好きなケーキはどれですか?」
バケツをひっくり返した雨、もう少し迎えに行くのが早かったら、事故を避けられたかもしれないのに。
雨が降ると、あの時の場所へ行き、手を合わせた。
ずぶ濡れの、おかしな私に、傘をさしてくれたのは今隣にいるあなたでした。
「奥様から託されたんですかね? 夫を支えてほしいって」
「慣れるまで、相当かかそうです。すみません……」
「あたしと二人の生活って考えなくて大丈夫ですから〜」
妻は物静かな人でした。なんにでも笑っていましたが、あなた自身が嬉しいことを私はしたかった。
ケーキを買うなんて子どもみたいな扱いだろうか、そう思いながらも買って帰った。
どこのケーキ屋さんか、そこから静かではありましたが、会話は続き、いつからか日常になった。
あなたも、妻と同じでなんにでも笑う。
ひとつ違うなら、よく喋る人だ。
あなた自身が嬉しいことはなんでしょうか。
いつか日常になればと考えてますので、今後もよろしくお願い致します。