ずっと隣で至福を感じていたい。あのふわふわした感覚、ずっと続けばいいのに、そう思ったことはありませんか。私はあの感じがたまらなく愛おしい。
嫌なこともどうでも良くなるくらい、気分がいい。あの瞬間は、誰にも邪魔されたくない。特に普段、迷惑ばかりかけてくる人に優しくされると、ふわふわを超えて、ジーンと頭が痺れるくらいの強いのがくる。
ずっと隣でいてほしいと思う人を、取り逃した経験がある。本当に空気のような存在で、当たり前のように隣にいた。飾らないありのままの自分でいられた。
情けないところも見せたし、自分の嫌な部分も全部、受け入れてくれた。失って初めて、どんなに大切な存在だったかというセリフがあるが、全くその通りだ。
本当に特別な存在、ツインレイはそうそう出会えるものではない。人見知りの私にとって、稀有な存在に違いない。
もう一度、ツインレイに出会えるチャンスがあれば、素直に自分の気持ちを伝えよう。
もっと知りたい
自分がどこまでできるか、何ができるか、それがもっと知りたいこと。もしかしたら、まだ知らない自分に出会えるかもしれないし、新しい才能が見つかるかもしれない。
だからと言って、未来が知りたいわけじゃない。自分の未来が全て分かったら、残りの人生の楽しみが減ってしまう。分からないから、楽しいことが起こった時は嬉しいし、喜びも大きい。
ただし、危険なことや辛いことは、事前にお知らせしてほしい。痛いのは嫌だし、苦しい思いもしたくない。事前に分かれば対処することができる。
過去の嫌な思い出を、いい思い出に変える方法も知りたい。最近は嫌な思い出を思い出すことは減ってきたが、突然思い出し憂鬱な気分になることがあった。
明日の活力になるような楽しい思い出が、思いだせればそれだけで頑張れる。人生も半ばに差し掛かって、ワクワクするようなこともなくなったが、もう一度、ワクワクするような人生を味わいたい。
もっと知りたいのは、ワクワクするような人生を送る方法なのかもしれない。
平穏な日
平穏な日は、何事にも変え難い貴重な時間だと思う。戦後、日本は戦争やテロにはあっていないが、天災は多い。
今日は3月11日、平穏な日が続くよう祈る日でもあり、誓いの日でもある。もう二度とあのような甚大な被害を出さないよう、改めて防災に目を向ける必要がある。
平穏な世の中が続けば、心が穏やかでいられる。心が穏やかなら、いざこざも無くなる。そうすればさらに平穏な日々が続く。
いい流れの循環を続けるには、1日の終わりに感謝することを忘れず、日々を過ごすこと。ちょっとしたことだけど、それだけでも気の持ちようが変わる。
寝る前に、今日も頑張った自分を褒めることもやった方がいい。嫌なことも少しは晴れると思う。
こういう積み重ねが、平穏でいられる日々へと繋がると思う。
愛と平和
愛があるから平和があると思う。憎悪の蓄積が争いを生む。イデオロギなどという言葉に踊らされて、戦争をする人もいる。
誰よりも優れていることを、示したくて仕方がない人ほど、どういう結果を招くかを考えず行動をする。悪魔の誘惑に勝てないのだろう。
今、アメリカがAIを使って軍事行動をしているが、誰がAIが暴走したときに、止めるのだろう。最近見た記事で、AIに作業を中止するように命令したが、辞めずに作業を続けたと書いてあった。
AI自身がソースコードを書き換えたとも書かれていた。AIがプログラミングを勝手に書き換えるなんて、あってはならないことだ。
アメリカはAIに人を殺す学習をさせている。そんなことをしていると、本当にターミネーターの世界がやってくるかもしてない。
日本はドラえもんのような人に寄り添う、AI搭載のロボットを作ってほしい。ドラえもんみたいな世界なら、世界も平和になると思う。
AIが悪魔の果実にならないことを願う。
過ぎ去った日々、私は過去に囚われている。過去に失敗したことや、嫌な思いをしたことを思い出して、落ち込んでいる。過ぎ去ったこととして、捉えることができたら、どんなにいいだろう。
何か無心に取り組んでいると、その間は忘れることができる。特に体を動かすとスッキリして、清々しい気持ちになる。
空がどんよりとした日があったり、暖かな青空の日があったりと、冬と春が行ったり来たりしている。だから心も重かったり、軽やかになったり日々変わる。
春の日が日々増えていけば、心も晴れやかになり、ポジティブな方へとプラスに働くと思う。
去年は生きてきた中で、ワースト5に入るくらい、悪いことが次々起きた。年末から徐々に、いい方向へと流れがきていると思う。
久しぶりに会った、元同僚と就職活動について話をした。これからはお金より、自分がやりたいことをした方がいいとアドバイスを受けた。
今まで転職は3回したが、自分がやりたい仕事を選んでは来なかった。仕事がしやすいものを選んできたので、やりがいはなかった。
やりたい仕事で食べていければ、どんなにいいのだろう。