とある魔法少女アニメの劇場版が来月公開される。
たかがアニメと侮るなかれ。子供向けアニメとは思えないアクションシーンの連続に、大人からも支持を受けている。
劇場版の宣伝の一環で、某コンビニチェーンで一番くじが販売されると知れ渡ったのは今から約一ヶ月前。
A賞は主人公である魔法少女のフィギュアはもちろんのこと、B賞、C賞にもそうそうたる顔ぶれが立体化されて並ぶ。
ここに熱狂的なそのアニメの一ファンの少女がいた。
主人公のツインテールに寄せ、自身もツインテールにするほどの主人公のファンで、放映五分前には正座して待つほどの筋金入り。
今回のくじも、おこづかいを前借りしてまでA賞を狙っていた。
少女は、走り出しそうな勢いでコンビニへ向かった。付添の母親が置いてけぼりになりそうなほど。
母娘がコンビニに赴いたのは、くじが発売されてから三日目。
いくら人気沸騰中のアニメとはいえ、たががアニメのくじ。二日三日では無くならないだろう、と少女の母親がたかをくくっていたのだ。
その見通しは甘かった。少女が意気揚々と向かった店先には、
『好評につき終了』
という店先に張り出された張り紙。
他の店にも行ってみたが、結果は同じだった。
今日で青いコンビニを何度目にしたことだろう。
母親はさすがに辟易してきたが、それより同じコンビニを転々とさまよう娘をかわいそうに思った。
そしてとうとう最後のコンビニの店に入る。すると母娘の苦労を知ってか知らずか、店員は「終了しました」とおざなりに頭を下げた。
この一帯を一周して、見事に全滅した。
母娘は天に見放されたような心地で店を出る。炎天下の下、ただただ費やした時間はいったい何だったのか。
「ごめんね、せめて私が初日に行こうって言ってれば……」
母親が半泣きの娘に謝罪すると、少女は激しく横に頭を振った。
代わりに今まで堪えていた涙を決壊させた。悲痛な叫び声を上げる。
「くじ買えなかったのも、ぜーんぶオタクのお兄さんたちのせいだー!」
「えーん!」と周囲に響き渡る少女の泣き声に、道を歩いていた一部の大人たちがビクッとした。
日を跨ぐ約一時間半前にして、ずたずたに疲れ切った身体をソファーに沈めた。
(やっと一日が終わる……)
足を上げて、膝を丸める。ドーナツ型の蛍光灯をぼんやり見上げていた。
(何もしてないのに、どうしてこんなにつかれるんだろ)
膝の間に顔を埋めたそのとき、ふいにばちばちっと火花が散るような音とともに、部屋全体が真っ暗になった。電気が切れたのだ。
でもだらけた体勢を変えず、そのまま縫い目がやぶれかぶれのソファーの上に座っていた。
このごろ一時的な停電が多い。原因が何かはわからないが、すぐ直るのでいったん放置してしまっている。
(これってやっぱどっかから漏電してるとか? ショートっていうの? やだよ、私の家から火がボッとか……ひえー)
思いつつ、行動に移さない。常に受け身で生きてきた自分の悪い癖だと分かっているけど……。
真っ暗のまま寝返りを打ったら、そばにあった箱ティッシュを尻で潰してしまった。
(なんか……潤いとか、ときめき? そういうキラキラしたものが足りないよね)
なんだかなあ、と思いつつひしゃげた箱を拾う。欲しいよー、キラキラ。
(だってさ。植物だって水と日光がなきゃ枯れるのに、人間が日々の潤いも輝きもなしにどうして生きてられるの?)
沈んでいれば気持ちいい沼をたゆたっているうちに、電気はついていた。
部屋内の明るさを取り戻したときには、何を強く切望していたのかも忘れた。
ルルルルル……。
「愛し合う二人の時計は止まるの」
「時のない世界に二人は行くのよ」
幸せの鳩が飛ぶ。All light!
数千字のデータ、同期保存失敗していたのが発覚して今ものすごいブルー。たぶん元の端末の上から空白のデータを上塗りしたからだと思う。
Google Driveだけに頼り切ってたらこりゃ駄目だ。
「そんな大切なデータだったらちゃんと端末内にも保存しておけ!中身はどうせしょうもない小説だろうがな!」っていう先人の声は覚えてたはずなんだけど、Google Driveが快適すぎて依存してしまう。この分だと私がまたブルーになる日も近い。
そもそもGoogle Drive含め、何かそこらへんにもやもやしてる膨大なスペースをひっくるめた総称をなんて呼ぶのかも分からない。Google Drive以外分からない。それを調べる努力すらしない。なので今のところ魔空間とか四次元ポケットとか呼んでる。安直。私は普段から一体どこに音楽とか画像とかを預けてるの?
Google Drive……というよりGoogleがもしハッキングでもされたら、Googleに頼り切ってるくせにGoogleをすみずみまで把握しきれてない私から死ぬ。
(見返してみたらGoogle Driveの登場率高すぎた。Google Driveって語感もいいけど、カタカナにして見たときのカッコよさもある。グーグルドライブ)
追記 消えてなかった!やっぱGoogleは偉大!それ以外は知らん!
なぜかお礼をなかなかしない友人がいた。
基本的に明るい性格。だが頑なに〝ありがとう〟といった感謝の類いを示さない。全体的にバランスの取れた彼女の、唯一不可解な点だった。
でも今日はバレンタイン。日頃の感謝を伝えるにはおあつらえ。
彼女への思いを込めたお菓子を手作りして贈った。彼女は非常に喜んでくれた。その場で食べて「おいしい」と顔を綻ばせてまでくれた。
そのとき、ずっと気になっていたことを。
お礼だけは頑なにしない理由を、会話の流れで不自然じゃない程度に、思い切って彼女に尋ねた。
「――なんで絶対ありがとうって言わないんですか?」
すると彼女の顔色が急に曇った。
私は調子に乗ってこんなことを尋ねたことを後悔した。だがそれも束の間、彼女は表情をぱっと明るくさせ、言った。
「前に、恋人に〝いつもありがとう〟って言ったら、その人、ストーカーに殺されたの。バレンタインデーの翌日だったかしら」
――だから、ありがとうとか感謝の言葉にはトラウマがあって。ガラにもないようなことを言ったのが悪かったのね。馬鹿みたいだけど、言霊って信じてるの。
そう笑いながら、彼女は私が作ったクッキーを一口かじった。彼女が嚥下するたび、私は呆然として、その喉に釘付けとなっていた。
(じゃあ私がいつも気軽に言ってるありがとうって言葉も、彼女にとっては傷に塩を塗りこめられてるようなものだった……?)
朝から気合を入れてラッピングしたクッキーだが、私はもはやそれを食べ物として見れなくなっていた。