「まあ、別にええけど」
目の前であいつがうれしそうに微笑んでいる。
去年の、福岡旅行に行った時だ。
自分より遥かに高いタワーに、なぜだかすごく感動したようで、
きらきらとした笑みを浮かべていた。
この笑顔をじっと見ていると、頭がぐらぐらしてきて、無性にうずくまりたくなって、思わず棒立ちで舌打ちを漏らした。
そこに、横から知らない男が声をかけてくる。
「この度はお悔やみ申し上げます」
「……」
「侑斗、挨拶しなさい」
数年振りに会った母が、いつの間に横にいたのか、俺の腕に触れる。仏像のような堅い顔が煩わしく、居ても立っても居られず、俺はその場から立ち去ることにした。
「侑斗!どこ行くんや」
「タバコ」
「あんた、こんな時にええ加減に」
「うっさいわババア」
反抗期、そう言われるのは癪だ。だって、こいつらと仲良い時なんて一度もなかった。今までも、これからも。今日だって、嫌な気持ちを抑えやってきたと言うのに、あの時とこいつらは何も変わっていない。ほんまに、ずっと気色悪い。
こいつらも。葬式に来てるやつらも。あいつを見送る気持ちも、悔しい気持ちもないやつらが、こぞって幽霊な顔をして俯いている。そんな顔して、何が楽しいのか。ああイライラする。気持ち悪すぎる。お前らが死ねば良かったんや。
飛び出した外は、室内に似つかわしくない、陽気な世界だった。能天気な太陽がつまらない俺を照らそうとする。それすらも、うざったらしい。
タバコをポケットから取り出し、壁沿いに腰を下ろす。なかなかライターが着火せず、痛くなるくらい横車を擦る。しかし付くことはなく、俺は苛立ってライターを放り投げる。
「もうええって、ほんまに」
あいつが死んでからずっと気分が悪い。解決することのないわだかまりが、ずっとずっと、不快で。
「お前、医者になる言うとったやろ、アホ」
頭が重くなって、地面に顔を向ける。ねずみ色のコンクリートが悲しそうに小さな染みを作っていた。
誰よりも頑張っていた俺の弟は、一昨日この世を去った。