「もう帰っちゃうの」
彼の柔らかな手が頬を擦る。口を尖らせて駄々をこねる彼の影には、まだ幼げが見える。
「家に来てもいいけど」
ぶっきらぼうに言葉を投げたのはいいものの、心の内は頻りに彼を求めていた。
「でも、それ………」
でも。だって。優柔不断な彼の口癖のレパートリーはいつも変わらない。
二人は未だ、肩を並べてその先の言葉を紡げずにいる。けれども、既にいつもの十字路にさしかかるところである。
「送ってやろうか」
沈黙を破るように、俯いて思考を張り巡らせている彼の頭上から声を掛ける。すぐに返事は返ってこない__今となっては先の軽率な台詞を悔いている己が、気まずそうにただ立っている深夜1時。
「あの、今日はおれの部屋じゃ、ダメかな」
脳天を突き抜けるその一声は、瞬時に自身に理解させるには強すぎた。手を引いて駆け出す彼。
今日こそ大人になれるのだろうか。
彼の黒髪交じりの銀髪がたのしげに揺れているのを、自分はただ後ろから眺め続けていた。
夢に飴を浮かべる
蝕みと獣
口の中で飼う蛆を鋭い歯で噛み砕く
蕩けるまで 何度も何度も何度も何度も
猛毒を耳に垂らして
気が狂うまで床に頭を打ちつける
昨日も今日も色がなかった
吐瀉物と艶やかに踊る
嘲るように 朽ち果てるように
何度も何度も何度も何度も何度も何度も ............
束の間の呼気
曇りガラスの温もりに触れれば
彼の姿をうつし出す
病気の珊瑚を見せる前に
彼の足音を奏でる
トタンの壁
チタンの床
破綻の夢
揺れるベッドには甘い絶望が詰まってる
余りものの愛 引き算の憂鬱
知らない国の歌を歌ったら
さめざめとひとり泣いて 私は家に帰りたい
ドリルで左脳に穴が空く
知らぬ存ぜぬ 架空の仇よ
指を1本切り落とす歪み
有毒と科学する
きな臭い香り
知らない人について行かないこと
愛でたいのは本当の自分だった
にこやかな笑顔で送り出して
その裏で 親指を隠すのが